52.廃鉱
村から森へ向かう人々はロープやシャベル、農具などを持ち出して急いでいた。それを見送る人々がいたのでエリーアスが声をかけた。
「何があったんですか?」
「昔の鉱山が落盤して、何人か閉じ込められたらしいんです」
その女性はまだ十歳くらいの子どもを抱き寄せながら答えた。
「三十年前に閉山したという金鉱山のことですか?」
「そうです。あなたたちはガエル様のお客さんですね? じゃあ聞いていませんか? 鉱山を再開するっていう話」
「いいえ、私たちは何も。ですが金はもう採れないはずでは? 消えた、と聞きましたが」
「ええ、そうなんです。でもガエル様はその話を信じてくれなくて、とにかく掘ってみろ、と。それで最近、何人かが調査隊として昔の坑道に入っていたんです」
ガエルは村の産業を復活させるつもりなのだろう。村人に信用されるためか、それとも自分の富を増やすためかは分からないが。
それはともかく、クレリアは手をこまねいて事態の収束を待っていようとは思わなかった。
「手伝いに行きましょう」
「ええ」
「いいぜ。俺が人畜無害だって、当主に分からせてやる」
ラザが斧を担いで意気込む姿を、女性にしがみつく子どもが呆然と見上げた。
女性の隣で老人が話を聞いており、ランタンを差し出してくる。
「廃鉱は森を抜けたところにあります。これをお持ちなさい」
「ありがとうございます」
三人の先頭にいるエリーアスがそれを受け取った。
村の外れには森へ続く小道があり、先に救助へ向かった人が持つ明かりがゆらゆらと揺れて道標になっている。一行はそれを追うように、急ぎ足で森を抜けた。
廃鉱の入り口である坑道の前は沢山の明かりと焚き火とで照らされていた。人々は馬も使って坑道の中から岩を一つずつ取り出している。
「――もっと急げ! 死人が出たら私の鉱山に汚点がついてしまうだろう!」
救助作業へガエルが檄を飛ばしていた。そばにいる執事がこちらに気づいてガエルへ知らせる。
「あぁ、旅人の皆さん。夜分遅くに騒がしくして申し訳ないね」
「ここで事故があったって聞いて来ました。何か手伝えますか?」
「では今すぐ坑道に詰まっている岩の山をどかしてくれるかな? できないだろう? やれやれ」
本当に参っている様子で、両手を挙げて天を仰ぐ。代わりに執事が説明した。
「中に四人閉じ込められていて、今は脱出口を作ろうとしているところです。ですがこの調子では何日かかるか分かりません。しかも鉱山の中はこの季節でも凍えるほど寒いのです」
閉じ込められた者たちに残された時間は少ないようだ。エリーアスが提案する。
「救援物資を送って耐久時間を稼げませんか?」
「おっしゃるとおりですが、そのための隙間がまだ出来ていなくて――」
「穴が開いたぞ!」
坑道の方から歓声と叫びが聞こえてきた。早速丸めた毛布などが持ち込まれていく。
冷気が吹き出してきたのが分かったのか、ミンミが鼻を上向けて空気のにおいを嗅いだ。すると、突然坑道へ向かって一目散に走り出した。
「あ、ミンミ!」
ミンミが人々の間をすり抜けて坑道へ入っていくのを追って、クレリアも中へ入った。ランタンで目一杯照らされている狭い通路の向こうに、一見壁に見えるほど大量の石と土の塊が詰まっている。ミンミは天井際の小さな穴を目指して落盤の山を登ろうとしていた。
「この犬は何してるんだ?」
救助作業に当たっていた人々は突然現れたサバントをどかそうと手を伸ばす。だがミンミはそれをかわして穴へ近づいていった。
穴からは冷え切った向こう側の空気が吹いている。だが閉じ込められた人々が動いている気配はなく、小さな闇は不気味に静まり返っている。
ミンミはその穴に顔を突っ込むと、やかましく吠え始めた。クレリアは人をかき分けてやっとミンミの尻尾に追いついた。
「邪魔しちゃ駄目だよミンミ」
背伸びをして、岩の上で突っ張っているミンミの足にやっと指を届かせるが、ミンミは気にもせず吠えまくる。長い反響音で坑道の奥深さが分かる。
いい加減に人々が焦れてきた、その時だった。
クレリアはミンミの声が二重に聞こえた、と思ったのも束の間、膨らんだ岩と土の山に体を押しのけられた。
「わ……!?」
誰かが体に腕を回して後ろへ下がらせてくれなかったら、そのまま土石に埋もれていただろう。
山は一瞬のうちに崩れて坑道のこちら側に広がった。クレリアが地響きが収まってから体を起こして周りを見てみると、逃げ遅れた者たちも同じように岩と岩の間から顔をのぞかせていた。皆、かろうじで岩に押しつぶされずに済んだようだ。
「あ、あれ……? なんでこんなことに?」
「おい皆、大丈夫か?」
今まで山があった方向から、四人がこちらを見下ろしている。閉じ込められていたはずの人々だ。
他の人々はその元気そうな姿を見て立ち上がった。
「それはこっちの台詞だろうが! 一体何が起こったんだ?」
「分からない。急に岩が崩れたんだ」
「まるで奇跡だ。無事で良かった!」
村人たちは撤収の準備を始めた。
未だ呆然としているクレリアの元へミンミが飛び込んでくる。
「ミンミ!」
「をふ」
クレリアはミンミの勝手な行動を叱ろうと思ったが、何事もなかったかのようなきょとんとした顔を見て、本当にそうすべきなのか迷った。
クレリアの頭に以前のことが思い出されていた。プラエスに行く前の迂回路の小屋で起きたことだ。小屋を揺らす熊へ、ミンミはひたすら遠吠えをしていた。まるで何かに取り憑かれたように……。
「クレリア様! ご無事ですか!?」
振り返ると、出ていく村人たちをかわしながらやって来るエリーアスとラザが見えた。と言っても、ラザは斧がつっかえたのか入り口で足止めを食っていた。
一人でやってきたエリーアスが目の前で片膝を折る。
「お怪我は!?」
「大丈夫です。一人で行ってごめんなさい」
「いえ……でも今回限りですよ」
ミンミを心配して追いかけたにしてはクレリアが冷静なのが想定外だったのだろう、諭す言葉は短かった。
立ち上がって外へ向かう。その時にクレリアは妙に坑道の奥が気になって振り返った。
闇に閉ざされていて何も見えなかった、が。
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