51.食卓会議

 夕食は予定通り始まった。重厚な一枚板でできているテーブルに集められた三人の前に都会風の見栄えのするコース料理が配膳された。


「食材はほとんど地元のものを使っている。お口に合うといいのだが」

「美味い……」


 ラザは仮面の下でぽつりと一言こぼしたきり、食べること以外に口を使わなくなった。ガエルは得意げに笑う。


「それは良かった。うちの料理人は王都から呼びつけた凄腕でね、私の唯一の楽しみをいつでも提供してくれる。本は読み終えたら溜まって始末に困るが、食い物は食べればなくなって部屋が片付き、次の料理を置く場所ができる。食は永遠に楽しめる趣味だよ」

「面白い考えですね」


 エリーアスはバター風味の川魚の身を音もなく切り分ける。彼も食が進んでいる。

 偽ガエルが何事もなかったかのように振る舞っている光景は不思議だったが、確かにどの料理も美味しいので、クレリアは黙って食べていた。

 そこへ、執事が食堂へ駆け込んできた。


「ガエル様! ちょっと……」


 耳打ちをされたガエルは慌てて席を立った。


「皆さんはそのままで。私はちょっと話をしてくるよ」


 そう言い残してバタバタと出ていく。クレリアたちは三人だけで食堂に残された。


「俺の部屋が狭すぎるんだよ!」


 顔を見合わせたなりラザが喋った。


「幅がベッドと同じくらいしかねぇの! 屋敷の手伝いの奴が宿から斧を持ってきてくれたけど、横向きにするとつっかえるんだよ。だから隅に立てかけたんだけど、万が一ベッドに倒れてきたら家宝に殴られるんだよね! それに最上階で不便だし寒いんだよ!」

「大人しいと思ったら、この数時間で愚痴を溜め込んでいたのか」

「二人とも部屋どこなんだよ? なんで俺たち、別々にされてるんだ?」

「私は二階にある普通の客室だった。クレリア様はいかがですか?」


 クレリアはラザの手前、申し訳ない気がして少し声が小さくなった。


「私……すごくいい部屋だよ。お風呂もついてるし……ミンミも気に入ってる」

「風呂!?」

「それならいいんです。あの当主がクレリア様まで冷遇していたらどうしてやろうかと思いましたが。それにしても、確かに我々は今までずっと引き離されていましたね。あの男、挙動不審でしたし何か怪しい気がします」


 エリーアスは、そこに答えがあるかのようにフォークに刺した野菜を見つめる。一方、ラザはつまらなさそうに頬杖を突いた。


「俺、なんで冷遇されてんの?」

「理由は斧だろう。有事の際にお前は斧を持って飛び出すだろうが、部屋が狭いともたついてしまう。逆に、お前が誰かに部屋へ攻め込まれたら、斧を振ることが難しくなる。狭い部屋や天井が低い部屋には武器の利用を制限させる効果があるのだ」

「……有事って、何? あのガエルって奴がなんでそこまで考える必要があるんだ?」

「それは分からない。今のはただの例え話だ」

「もしかして格好のせいか……?」


 プラエスで警吏に連れて行かれた件があったからだろう、ラザは自分を見下ろして首を傾げた。

 クレリアはふと思いつく。


「私とエリーアスが部屋を交換して、二人で部屋を使ったらどうかな?」


 二人は少々ぎょっとして目を上げた。


「……ベッドは一つ?」

「うん。でも広いから入ると思うよ」

「いや~……俺はいいよ。大丈夫。ありがと」

「お気遣いありがとうございます。ですが私も結構です」

「でも、ラザは寒いんでしょ? じゃあラザだけでも私の部屋に――」

「それはいけません」


 エリーアスが叩きつけるように言う。

 重々しい沈黙が訪れる。それを呼び込んだ者は目を伏せて首を横に振った。


「すみません。ですが緊急でしたので」

「う、うん……分かった」


 ラザは俯いていたが、よく見ると口元がニヤニヤと笑っている。それを一瞥したエリーアスは息をつき、ゴブレットに口をつけようとした。


「……ん?」


 カーテンが閉まっている窓の方を振り向く動きにつられてクレリアとラザもそうすると、外の遠くで人々がしきりに話している声がする。


「そういえばご当主様遅くね?」


 クレリアは立ち上がり、カーテンに隙間を作って外を覗いてみた。村には街灯がないが、人々が広場に集まっている様子はよく見えた。なぜなら皆がランタンを持っているからだ。

 ラザとエリーアスも後ろから窓を見る。


「なんか集まってるな」

「何かあったのかもしれません。話を聞いて来ます」

「私も行く」

「俺も」

「ならクレリア様はコートを着てきてください」


 クレリアは言われた通りに部屋へコートを取りに戻った。

 ミンミは留守番をしている間に餌皿を空にしていた。クレリアが戻ると喜んで寄ってくる。


「外に出てくるから、もう少しここにいて。寒いの嫌でしょ?」

「くぅ……」


 もう置いていかれまいとしてドアの前まで追いすがってきたが、クレリアがコートを持ったことから外出すると分かったのだろう、サバントなりの葛藤の表情を浮かべて二の足を踏む。だが、ドアが閉まる直前に、その隙間に鼻先を突っ込んできた。


「行くなら服と靴が要るよ」

「きゅん……」


 それも苦手らしいミンミは渋い顔をしたが、覚悟を決めたのか、服を着せて靴を履かせてやる間は抵抗しなかった。

 準備を終えたクレリアとミンミは急いで二人と合流した。二人は食堂の前におり、廊下の窓から外を窺っていた。村は騒然としている。


「お待たせしました」

「ミンミも行くのか? 雪降ってるぞ?」


 ラザの言う通り、窓辺に白く軽いものがちらついていた。ミンミは眉と思わしき辺りを寄せたが、逃げるつもりはないようだ。

 それと、クレリアはラザが斧を抱えていることにも気づく。


「それ持って行くの?」

「今が有事かと思って」


 その刃は布で覆われている。エリーアスは既に了承しているようで、それについては何も言わなかった。


「当主はまだ戻ってきません。村人たちの動きを見るに、どうやら森の方で何かが起きたようですね」

「村の人に聞いてみましょう」


 三人と一匹は、染みるような寒さを抱く新月の夜へ乗り出した。

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