49.生存者は語る
恐る恐るといった手つきでスコーンを取り、割った断面に慎重にジャムを乗せる。
「このジャムは森で採れた木の実を使っている。春と夏に収穫して、秋と冬に備えて樽いっぱいのジャムに加工するのだよ。ここは秋からもう寒いからな。道には雪が積もる。だが動物はよく肥えているから狩猟には向いている。貴族は狩りを遊びにするが、この村にとっては冬を乗り越えるために必要な最後の準備だ。冬はほとんど何も得られないから貯蓄と輸入に頼るほかない。体力があって、道を雪から掘り出せればの話だ。だから食べることが大事なのだ」
呆気に取られる客たちにはばからず、ガエルはまくし立てた口にスコーンを押し込んだ。機をうかがってエリーアスが相槌を打つ。
「領主のように働いていらっしゃるのですね」
「ゴルディング家は昔からそうだった。鉱山が開いていた頃から常に村の中心だったのだ」
気分が変わりやすそうな相手が席に着いているうちにと思い、クレリアは本題を切り出した。
「最初にこのお家の三十年前のことをプラエスで聞きました。さっきは、村の人からガエルさんが三年前に帰ってきたことを聞きました。ガエルさんは三十年前に生まれたゴルディング家の跡継ぎなんですよね?」
単なる確認のつもりだったが、ガエルの顔つきは心外そうになる。
「勿論そうだとも。血の繋がりもない他人がわざわざこの村を思い、身を捧げることがあろうか? 私が帰郷した三年前まで、この村は三十年前の悲劇の灰がまだ温かいのではないかと錯覚するほどに活気がなかった。皆を勇気づけて村をここまで建て直したのはこの私だ」
「分かりました……。じゃあ、質問します。ゴルディング家に、ガエルさんより後に生まれた子はいませんでしたか? 十七年くらい前に」
「……なんだって?」
ガエルは囁いた。
「ど、どうしてそう思う?」
「私は今、自分の両親や、生まれに関係することを探しています。手がかりは金糸で刺繍されたおくるみです。それで、ガエルさんも生まれた時に似たようなおくるみに包まれてたと聞いたので、ここに来たんです」
しばしガエルの中で思考が駆け巡ったようだ。硬直していた顔面がやっと動いて、こぼれたのは安堵の笑みだった。
「あぁ、あぁ。そういうことか。確かに私は生まれた時に豪華な、なんだ、おくるみ? で巻かれたらしい。赤ん坊だったから当時の記憶はないがな。だが知っての通り、我が家の私以外の者は私が生まれた年に亡くなってしまったから、兄弟姉妹はいないのだ。私は使用人の助けで生き延びたが、亡き家族が傍若無人だったせいか親戚が見つからなくてね。赤の他人の家で育ったから、いとこはとこの類がいるかは分からないのだよ」
「そうですか……」
人々から聞いた話以上の情報はないようだ。深堀りするなら、ガエルを逃がしたという使用人をあたるとよさそうだが……。
「ちなみに、何が刺繍されてあったんだ? あなたのおくるみには?」
「魔除けのための幼名です」
「ほう、魔除け、か……なるほど」
ガエルは頷きながら親しげに微笑んだ。
「私のとは違うようだな。私のは模様だった。逃げ延びた折に、それが私の唯一の持ち物であり身分の証明になったのだ。それは今も持っているのか?」
「はい、持ち歩いてますが……」
「なんと健気な人だ。どうにかしてお役に立ちたかったが……そうだ! 皆さん、今夜はうちに泊まるといい。あの小さくてやかましい宿屋よりは快適なはずだ。どうかな?」
三人は顔を見合わせた。ラザはケーキを食べながら小さく肩をすくめ、エリーアスも曖昧な顔をする。だが決定はクレリアに一任するつもりのようだ。
確かにガエルの独善的な性質は気になるが、クレリアはもっとガエルから話を聞けそうだと感じていた。彼は何かを隠しているような気がするからだ。それが自分とは関係がないならそれでいい。その時は、やるだけのことはやったと納得して、ここを旅立つだけだ。
「ありがとうございます。泊まらせていただきます」
「結構! おい、部屋を用意しろ」
ガエルは機嫌よく手を叩き、部屋の隅に控えていた執事に指図した。
三人は自分たちだけになる機会が得られないまま、それぞれ別の部屋に案内された。既に取っていた宿に置いてきた荷物は屋敷の者が持ってきてくれたし、払った代金はガエルが補填してくれるという親切ぶりだ。
しかもクレリアの部屋はとても豪華だった。元々は屋敷の主人の妻のために作られた部屋だろう。家具は優美なデザインで統一されており、大きな窓にはベルベットのカーテンがかかっている。使われたことがなさそうな雰囲気だが、暖炉の前でミンミは遠慮なく絨毯に寝転がっている。
「いいのかなぁ」
それを眺めながらソファで一休みしていると、ドアから軽快なノックの音が聞こえてきた。
「クレリアさん? 私です」
ガエルの声だ。クレリアは一応アームロックを掛けてからドアを開けた。隙間から人当たりのいい表情が覗く。
「はい」
「寛いでいるところ邪魔して申し訳ない。実はあなたに是非見せたいものがあるんだ。今からどうかな?」
「見せたいもの?」
「例の私のくるみ布団、おくるみだ。あなたが探しているものとは違うだろうが、折角ここまで来たのだから一目見ておくといいんじゃないかと思ってな」
「いいんですか? それなら私のものと比較できて助かります」
クレリアの足元にするりと何かが軽く触れた。いつの間にか起きていたミンミが身を寄せている。
「悪いがそいつは連れていけない。宝物庫は善良な人間以外、立入禁止なんだ。ははは」
「分かりました。ミンミ、ちょっと留守番ね」
青い瞳が何かを言いたげに見上げてくるが、クレリアは小さな頭を撫でて宥めた。アームロックを外して再び開けたドアをガエルが押さえる。
「なに、夕食には間に合うよ」
ガエルは片頬で笑った。
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