48.片田舎の玉座

 ゴルディング家の真新しい屋敷は古いティト村では浮いている。紫色の屋根や金色の柵は、王都の高級住宅街であれば紛れるだろうが、北部の壮大な自然には釣り合っていなかった。

 飾り窓にはことごとくカーテンやレースが引いてあり人けがないが、玄関をノックする前に内側からドアが開いた。セーターを着た初老の男性が出てくる。


「何用でございましょう」

「突然来てすみません。ガエルさんはいらっしゃいますか?」


 男性は少女と若者、それから仮面の男と犬を、不審そうに眺めた。エリーアスが取り繕いにかかる。


「私たちはリアスを出発して歴史探訪の旅をしています。こちらのクレリアお嬢様が、ぜひ由緒あるゴルディング家のご当主にご挨拶を、と」


 リアスとは大陸西方にある学園都市である。クレリアは聖宮にいた頃、そこから文献の写しを送ってもらったことが何度かあった。


「そうでしたか。このような田舎にはるばるお越しになるとは、熱心な学生さんですね。ですがガエル様はお忙しいお方で、村の者以外には滅多にお会いになりません」

「お土産があります」


 クレリアは宿を出た時から持っていた包みを差し出した。

 執事らしき男性は無言で受け取ると、菓子店のロゴが印刷された包み紙を剥がして片方の眉を上げた。

 それは旅のお供にとプラエスで買ったチョコレート菓子だった。クレリアが自分の稼ぎの中からお金を出したのだ。

 だが、執事は露骨に落胆の表情を見せた。


「ご丁寧にどうもありがとうございます。ガエル様にお渡ししておきましょう」


 そう言って今にもドアを閉めるつもりのようだ。想定と違う流れになり困惑していると、エリーアスがまるで準備していたかのように何か小さな物を差し出した。


「こちらもお受け取りください」

「……ほう、これはこれは」


 執事の目を引いたそれは、エリーアスのバレッタだ。


「王都で手に入れた品です。赤い石は赤珊瑚、でしたね?」

「え? ……はい」


 目配せをされたクレリアは話に合わせて頷いた。内心は罪悪感があった。

 だが咄嗟の演技の甲斐あって、執事は一行を主人へ紹介する気になったようだ。


「きっとガエル様のお気に召すでしょう。どうぞお入りください」

「ありがとうございます……」


 皆は光晶灯のシャンデリアが掲げられている玄関ホールに入った。執事が主人に話を通しに行く間に、三人はこそこそと声を落として話す。


「なあ、さっきのは何だよ、エリーアス? チョコが何箱も買えそうなほど高そうに見えたけど?」

「あげてしまってよかったんですか?」

「入り込むためには仕方なかったでしょう。大丈夫ですよ」

「そうは言うけどよ。土産が必要、ってこういうことか……」

「くぅん……」


 ミンミの切ない鳴き声を聞いてクレリアは靴を履かせたままだったことを思い出した。靴を脱がせていると執事が戻ってきた。


「ガエル様がお呼びです。ご案内いたします」


 三人は何事もなかったかのように、ミンミは軽やかになった脚で、執事の後について屋敷の奥へ向かった。

 案内された部屋は玉座の間と言うべきものだった。モザイク模様の床や金銀で装飾された壁は王宮に負けず劣らず豪華な設えだ。王宮に比べれば狭いが、それでも馬車が二台並べる程度はある。

 背もたれの高い玉座にふんぞり返っているのは三十歳前後に見える男性だ。傍らの小さなテーブルに、チョコレートの箱と金色の髪飾りが置いてあった。


「ようこそ、旅のお嬢さん。それに紳士方。私がゴルディング家の当主ガエルだ」

「私はクレリアといいます。こちらはエリーアス、ラザ、それとミンミです」

「ははは!」


 突然、ガエルは高らかに笑った。


「いや、失礼。大道芸人みたいだと思ってね。その犬、旅暮らしにしては上等な犬種だが、何か芸はできないのか?」

「芸? えーと」


 思わずミンミと顔を見合わせる。瞬発力のない反応にガエルは少々鼻白んだようだ。


「まあいい。土産を受け取ったぞ。なかなかの心遣いだ、気に入った。さて、長旅でお疲れだろう。お茶でもしようじゃないか?」


 ガエルは返事を待たずに玉座を立って、ついてこいという手振りをした。

 案内されたのは屋敷の最上階と思われる部屋だ。大きな窓が森より高い位置にあるので白い山並みを隈なく望める。景色は寒々としているが、大きな暖炉のお陰で防寒具は要らなくなった。

 窓の前に大きなテーブルが用意されてある。執事と使用人たちがやってきて、三人とミンミの防寒具を預かったり、座る席を指示したりする。全員が着席すると、テーブルに軽食やお菓子が配膳されて、本格的なお茶会が始まった。

 思いがけない展開になり三人は困惑する。そんな客人たちの反応にガエルは満足そうだ。


「驚いたか? こんな片田舎の地主が都会の貴族のようにもてなすとは思わなかっただろう?」

「はい……でも、どうしてここまでしてくれるのですか? 私たち、ただの学生なのに」

「なんと謙虚なお嬢さんだ。目付役が二人いるのも納得だ。だが、控えめじゃあ商売の世界では生きていけないよ」

「商売?」


 三人は互いの認識に齟齬があるとすぐに気付いた。


「ガエル様にとって、お客を選別することは商売相手を選ぶことと同じというわけですね」

「高い土産を持ってこれる相手とだけ付き合ってるから金持ちってことか」


 ガエルも自分が何者を相手にしているか、やっと分かったようだ。


「本当にただの学生だったのか? 一体何のためにここに?」

「ガエルさんに聞きたいことがあるんです。この家のことや、ガエルさん自身のことです」


 クレリアがそう答えると、ガエルはなぜか顔をこわばらせた。

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