47.黄金が消えた村
その反応へ、男性は訳知り顔に頷いて続ける。
「ありゃあ建て直したゴルディング家の屋敷さ。そ、あのゴルディング家なのさ。でも俺たちゃ何にも後ろ暗いことはないよ」
「まだ何も言ってませんよ」
エリーアスが宥めるように答えるが、聞こえたのか否か、男性は空のジョッキを女主人に満たしてもらい、一口呷った。
「この村までわざわざ来る都会のモンの目的はそれくらいだからな。みんな不思議がるんだよ。金はもう採れねぇのに、どうやってあんな立派なお屋敷を建て直したんだい、って」
「どうやったんですか?」
実際気になるのでクレリアは訊ねた。すると男性は赤ら顔でずいっと身を乗り出す。
「決まってるだろぃ。ゴルディング家のお坊ちゃんが帰ってきたんだよ。たぁんまり大金を持ってね」
「え……?」
「街で聞いてきたのね? そう、ガエル・ゴルディングは生まれてすぐに亡くなったと思われてたけど生きてたのよ」
女主人はカウンターの席に腰掛けてそう話した。
「三十年くらい前、ゴルディング家に跡取り息子のガエル様が生まれたんだけど。その直後から、家族に次々と色んな不幸が起こったの。病気とか怪我とか、人間関係の悪化とかね」
「当時みんな、自分らだけ贅沢した罰だって言ってたさ」
「そうやって不幸になった挙げ句に屋敷が火事になって、皆死んでしまったの。でも、実は赤ん坊のガエル様だけは、使用人が連れ出したお陰で生き延びていたんですって。そして三年ほど前にこの村に帰ってきたの。屋敷を建て直して余りあるお金を持ってね。さすが、『黄金に取り憑かれた』とまで言われてたゴルディング家の血筋だわね」
三人はすっかり食べる手が止まっていた。エリーアスが尋ねる。
「同じく三十年前に鉱山が閉鎖したのはなぜですか?」
「火事の後、金が急に消えちまったからよぉ」
「消えた?」
「まだ掘り出してないのに、石に化けちまったのか何なのか。急におまんまの食い上げよ。まあ、鉱夫やってたガラの悪い連中を村から追い出せたのは良かったけどな……」
男性は遠い目をする。不可解な出来事はさておき、色々と思い出があるらしい。
クレリアは口を開いた。
「そのガエルって人が、生まれた時に金糸を使ったおくるみに包まれてたって聞いたんですが、知ってますか?」
「あら、そんなことまで勉強してきたの?」
女主人は感心の声を上げた。
「じゃあ本当なんですね?」
「当時子どもだったけど覚えてるわ。ゴルディング夫妻は豪華絢爛な衣装で、赤ちゃんを抱えて村中を歩き回った。皆はお祝いの言葉を言っていたけど、本心は違ったわ」
男性が同意して頷く。
「みーんな、あの家のことが嫌いだった。金持ちなのに村が困っても助けなかったからな。雪で閉じ込められても、食料が足りねぇってなっても知らん顔。だから連中に不運が続いた時にはざまぁみろって思ったくらいさ」
「でもその点、ガエル様は違うのよ。共有の倉庫を作って、冬に備えて備蓄を作ってくれたり、街への道をいつも点検してくれているんだから」
「ま、趣味の悪さは親譲りみたいだけどなぁ」
二人の話には尊敬と軽蔑が複雑に混じり合っていた。そこからティト村の人々に根付くゴルディング家への並々ならぬ感情を察せられる。しかし、村の外で成長したガエルを見る目には、ゴルディング家への先入観があまり含まれていないようだ。
クレリアは自分の出自を探してここに辿り着いたが、もし自分が実際にゴルディング家に関係していたら複雑な気分になるだろう、と思った。
「もし余所モンがお坊ちゃんに『謁見』したいんなら、土産を持っていきな。そうしないと門前払いされるからな」
ひとしきり話した男性は一人酒に戻った。
三人は食事を終えた後、借りた二階の客室に大きな荷物を預けてから外へ出た。
「お喋りな人たちだったけど、色々聞けましたね」
「メシも美味かったし」
「観光客が珍しいのかもしれません。あの口ぶりからして、ここに来るのはガエル・ゴルディングの財力が目当ての者が多いのでしょう。……会ってみますか?」
「はい。村に戻ってくるまでのことを聞いてみたいです。どこに住んでいたのかとか、親族にどんな人がいたのか分かれば大きなヒントになるかもしれません」
「そうですね」
ラザも同意はしたが、逡巡の後に口を開いた。
「……盛り下げるつもりはないんだけど、正直、クレリアがゴルディングっていうがめつい連中に関係してるようには思えないんだよな。タイプが違うだろ」
「まあ、分かるが」
エリーアスは共感半分といった様子でそれ以上言うのを渋る。
だが二人が同じように感じているのはクレリアにとって安心できることだった。
「突然変異かもしれませんよ。ゴルディング家が裕福だった反動で、贅沢ぐらしに縁がなくて、お金も寄り付かない運命に生まれたのかも」
「そうなの?」
一笑い取るつもりが、微妙な反応だ。ラザの仮面の下から戸惑いの視線を向けられている気がする。
「お土産は持ったし、お屋敷に行きましょう」
「はい」
クレリアは気を取り直して主導した。ミンミも喉の奥で切なく鳴いて、靴を履いた四つの足で三人についていった。
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