46.暖炉の炎

 三人と一匹は防寒具に身を包み、除雪された土の道を進んでいた。古い針葉樹の森の向こうに真っ白な山が見え、大陸の北の果てを感じさせる。


「寒いなー! 進むごとに寒くなるな!」


 言葉とは裏腹にラザは楽しげだ。コートの下にキルトを重ね着しただけで、冷たそうな仮面を脱ぎもしない。

 対してミンミは犬用の羽毛を詰めたジャケットと革の靴で完全防備だ。少々動きづらそうで、それが気分を盛り下げている要因のようだが、なんとか人間たちの後をついてきている。

 その飼い主であるクレリアは、耳当て付きの毛糸の帽子の下で鼻や頬を赤らめながらも、初めての王国北部の景色にやはり胸を躍らせていた。


「冬じゃなくても雪が降るんですね。プラエスで皆の分の装備を揃えて正解でしたね」

「犬用の服もあったのは驚いたな」

「この辺の別荘地に来る観光客向けだろう。冬は犬ぞりが活用されるそうだが、そういう犬種には毛皮があるからな」


 エリーアスの格好は大して変わっていないように見える。あらゆる状況に対応できるマントと手脚の防具が冷気を弾いているのだろう。


「あ。あれかな?」


 木々の上に人家の暖炉を思わせる煙の筋が見えた。やがて森が拓けて、鋭角の屋根を戴く家並みが現れる。ここがティト村だ。

 建物はどれも古そうだが、丁寧に修復し続けてきたもの特有の美しさがある。それらが囲む広場で、小さな子どもは毛玉のように毛皮の厚い犬と遊んだり、大人は雪と川魚を詰めた桶を運んだり、老人は井戸端で話したりと、人々が生き生きと暮らしていた。

 エリーアスが小さく唸る。


「随分と活気がありますね。金鉱山は三十年前に閉山したという話ですが」

「それに、見てください」


 クレリアは村の奥を指差した。いかにも新築の、洒落た屋敷が建っているのだ。


「あんなお屋敷を建てるくらいお金があるみたいです」


 そこへ、近くの家の表で薪木を割っていた男性がやってきた。


「観光かい?」

「そんなところです。歩いてきたので飲み物がほしいのですが、どこか休憩できる場所はありますか?」


 一行の毒気の無さに加えて、エリーアスの感じの良い対応のお陰もあるだろう。男性は持ったままだった手斧をズボンのベルトに挟んだ。


「小さい宿屋があるよ。皆そこで飲み食いするんだ。名物は鹿肉シチュー。食ってみな」

「うわ、急に腹減ってきた」

「ところでそれ、何だい?」


 男性はラザが担いでいる、布を巻き付けた長大な物を指摘した。

 もちろん斧なのだが、一行はそんな余計な事実を言うつもりはなかった。

 ラザはユニコーンの騒動を治めるのに協力したことを評価されて、プラエスの警吏隊から武器を携帯することへの仮の免状を貰っていた。だが、だからといって斧が安心、安全になるわけではない。というわけで、返却される際に刃を覆っておくように指導され、この状態になっていた。


「これ? ただのキャンプ用品」

「長旅なんです。ここでは使いませんよ」


 ラザとエリーアスのでまかせを男性は追及しなかった。一行はその人にお礼を告げて、言われた宿屋に入った。

 一階は食堂になっている。昼食時が終わった直後だからか、お客は中央の暖炉のそばにほろ酔いの中年男性が座っているきりだ。建物は二階建てで、吹き抜けから見えるドアが客室なのだろう。


「いらっしゃい。好きなところに座って」


 カウンターで雑誌を広げていた女性が顔を上げて声をかけた。ミンミを見ても何も言わないので、三人は中年男性に少し遠慮して暖炉を隔てた反対側の、しかしちゃんと暖かい席に着いた。

 宿の女主人らしい風体の女性は、暖炉の縁に置いていたポットから三杯のお茶と、クレリアが持ち歩くミンミ専用の深皿に水を入れて一行に出してくれた。


「荷物が多いのね。どこから来たの?」

「今日はプラエスからです。観光がてら、歴史を学ぶ旅をしています」

「というと学生さん?」

「学びに従事しているという意味では、お嬢様は学生です。私たちはその護衛をしています」


 エリーアスは自分たちの『設定』を説明した。自分たちの素性を誤魔化すための当たり障りのない嘘を、プラエスを出る時に考えておいたのだ。実際、旅の舵取りはクレリアがしているのだから嘘も方便だ。

 これは成功し、女主人は納得してくれたようだった。


「なあ、名物のシチューがあるって聞いたんだけど」

「はいはい。名物というか、うちのメニューはそれくらいだからね。パンとチーズもいかが?」

「もちろん」


 暖炉のお陰で、暖かい食べ物がテーブルに届くまでたった数分だった。大きな肉が入っている濃い色のシチューと、たっぷりのチーズがとろけている厚切りのパンが否応なく食欲をそそる。

 クレリアはそれらに手を付ける前に、ミンミの深皿を空けて犬用食料を入れてやった。


「んー、美味い」

「肉に臭みがなくて、いい味だな」


 先に舌鼓を打つ二人の感想に異存なしだった。顔をほころばせて頬張る様子に女主人も満足げだ。

 そこへ、暖炉の向こう側の男性が席を変えて声をかけてきた。


「あんたらぁ、あの屋敷を探りに来たんだろ?」


 三人は思わず目を上げた。

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