45.準備万端
二日後の夕方、最後の勤務を終えたエリーアスが宿に戻ってきた。クレリアとラザはロビーで出迎えた。
「おつかれ~」
ラザは仮面と白いコートの普段着で気楽そうに手を振る。エリーアスは喫茶店のエプロンを外し、二人がいるテーブルに着いた。
「その制服はどうしたんですか?」
「オーナーが、似合うからとくださいました」
エリーアスは疲れた様子で、長い髪を留めていたバレッタを外した。黒髪に似合う金色で、大粒の赤い石が一つあしらわれている。それをシャツの胸ポケットに入れた。
「はい、似合ってます。喫茶店は大人気だったらしいですね。近くのお店でお昼を食べてたら女の人たちが噂してましたよ」
「カッコイイ店員さんがいるんだってー! ってな」
「確かに繁盛しましたよ。それにしても、クレリア様と昼餉とは優雅なものだな、ラザ」
ラザは得意げにはにかんだ。彼は荷物を配達する仕事を二日でクビにされていた。クレリアはその理由を思い出して笑った。
「散歩しすぎて辞めさせられるって面白いよ」
「だってデカい街って面白くてさ。色んな家があったり、玄関から出てくる人も色々だったり、花が植えてある階段があったり……あーあ、楽しい仕事だったのになぁ」
「好奇心が猫並みだな」
初めて話を聞いた時と同じくエリーアスは呆れた。
「でもお陰で街に詳しいから、私と一緒に散歩してくれたのはいい気晴らしになりました」
「まーね。もうこの街は俺の庭だぜ」
「それなら結構。さて、旅費の計算をしましょうか」
三人は一旦、男性たちの部屋に集合してお金の計算をした。
足元でミンミが暇そうにくつろいでいるテーブルの上に、貨幣の二つの山が作られる。エリーアスが金額が少ない方を指す。
「これはプラエスに到着した時から持っている金です。生活費を払ってもまだ少し残りました。なので、プラエスで稼いだ分は……」
と、明らかな大金の方を指差す。
「まるごと貯蓄となりました。二つを合わせた旅費は……」
手帳に書きつけて見せられた大きな数字に、クレリアもラザも表情が軽くなった。
「あと十日はここに泊まれそうですね」
「クレリアの稼ぎがでかかったよな。まあ俺も頑張ったけど」
「エリーアスさんもたくさん働いてくれました」
「皆で成し遂げたことです。それで、明日の進路は以前決めた通りですね?」
クレリアは頷いた。
「ここから北にあるティト村に行きます」
二人は異論なかった。
何かを思いついたらしいラザが指を鳴らす。
「じゃあさ、今夜は慰労会ってことでちょっと豪勢にいかねぇ?」
「いいかも。でも、そんな余裕あるかな」
ちらりと財務担当者を窺うと、彼は苦笑した。
「仕方ない。いい店へ案内してくれるならな」
「お前がどう思うかは知らないけど、俺たちが気になってる店ならあるんだ。な?」
ラザに振り向かれてクレリアは頷いた。それから足元へ声をかける。
「ミンミ、出かける準備しよう」
眠そうに伏せていた耳がすぐに立ち上がった。
針葉樹の森の中、雪の薄化粧をした屋敷があった。
金色にメッキされた鉄柵に一頭の馬が横付けされている。手綱が結ばれていないことから、乗っていた人物が慌てて屋敷へ入っていったことが察せられる。
部屋の暖炉が煌々と燃えていたが、カウハネンの顔色は心的理由で青ざめていた。
「――私のユニコーンが死んだだと? なぜ?」
部屋の主は分厚いソファの中で豪奢なゴブレットを握りしめた。はめこまれてある宝石が炎の赤色を映す。
「輸送中に事故がございまして。脚を怪我したので、仕方なく、馬と同じように……」
「……仕方なく、でユニコーンの嘶きを聞く唯一無二の機会を私から奪ったというのか?」
「申し訳ございません。しかし姿だけでもと思い、死骸はプラエスにて保管しております」
「当たり前だ!」
顧客はソファの肘置きにゴブレットの底を叩きつけて威圧した。中身の赤ワインが辺りに跳ねる。
「私にカネを払わせたいなら、すぐに剥製を作りにかかれ!」
カウハネンはつんのめりながら部屋を出ていった。
部屋の主がソファから立ち上がると、部屋の隅に控えていた使用人が雑巾を持ってワインのシミの掃除に掛かる。主の男はテーブルのボトルを掴んでゴブレットの中身を注ぎ足した。
「翼のあるユニコーンは、不可能を可能にした存在。すなわち我が希望の象徴だ。是非ともこの雪国を駆け回らせたかった……。だが落胆してなるものか。ここは私の国。私の思い通りにならないことは、一つとしてあってはならないのだ……」
そう自分へ言い聞かせ、ゴブレットを呷った。
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