43.夢の続き

 黒雲が渦巻く不気味な空の下、クレリアは玉座に腰掛けていた。

 視線を下げると、艷やかな真っ黒い肘掛けの上で自分の腕が青白く見える。闇を形にしたようなその大きな玉座は、王都を望む崖にあった。

 そこからは王宮と聖宮に迫る火球の群れがよく見えた。雲を割って炎の筋を伸ばしながら、しかしその威容を見せつけるようにゆっくりと落下している。

 王都は静かだった。皆もう逃げたのか、あるいは諦めの静けさなのか。クレリアは体を動かせなかった。



 どこかから呼ばれて目が覚めた。


「――クレリアさん、退勤時間ですよ。クレリアさん」

「ん……?」


 いつの間にかソファの上で寝ていたようだ。檻の中のユニコーンも今は足を畳んで眠っている。

 幌布が外の明るさを少し透かしている。何か嫌な夢を見ていた気がして、気分はあまり良くなかったが、ミンミを起こしてカウハネンが待っているテントの外へ出た。倉庫の出入り口から差し込んでいる朝日が目に染みる。


「ご苦労様です。昨日の分ですよ。じゃ、また今夜来てください」

「はい。お疲れ様でした」


 銀色や銅色の硬貨をカウハネンから受け取り、表に出ると、エリーアスとラザが来ていた。


「お疲れ様です」


 二人とも朝に強い方だが、ラザは何か言おうとした途端に欠伸が出ていた。


「来てくれてありがとうございます」

「危険なことはありませんでしたか?」

「平気でした。気づいたら寝てました」


 それを聞いてラザが唸る。


「ってことは、その生き物は雄だな。女のそばで大人しくなる生き物といえば雄猫だ。エリーアス言ってたよな。なんだっけ? 巨大な猫科の……」

「虎。南国の猛獣です。その生物には黒い縞がありましたか?」


 クレリアは違う意味で首を横に振った。


「言っちゃいけないんです。でも……違います」


 語尾は歩き出しながら囁いた。これで二人の次なる予想は五里霧中となってしまったようだ。

 その日の昼間は寝て過ごし、日が沈んだ後、また夕食を早めに済ませて倉庫へ向かった。見送りの二人と分かれて中へ入ると、カウハネンがテントの前で待っていた。


「明日の夜、運び出すことに決まりましたよ。しばらく天気もいいようだし、道も空いているようですからね。クレリアさんの仕事は早くも明日が最後でしょう」


 仕事が片付きそうだからだろう、機嫌が良さそうだ。クレリアは給料が約束通り貰えるならそれで良かった。ただ、気になることはあった。


「あの子は買われた先でどうなるんですか?」

「ん? そりゃあ、ペットになるんでしょうね。まさか農耕具を牽かせたりなんて重労働はさせないでしょう。では、また見張りをお願いします。あなたのお陰か、今日の昼間は普段より落ち着いていたんですよ」


 クレリアとミンミがテントの奥へ入ると、ユニコーンはふたりに気づいて顔を傾け、檻の隙間から視線を通してきた。見張りのためのソファに座ると、純粋無垢な目がこちらを観察してくる。きっと先程の話を小耳に挟んだのだろう、と思った。


「この子は、道を選べるのかな……」


 足元に座ったミンミの頭を撫でるのを、ユニコーンは興味深そうに、そして羨ましそうに眺めていた。



 朝が来て、宿に戻って寝たクレリアは、昨夜と同じ夢を見た。

 火球が降る恐ろしい空模様を、不快な玉座から眺めていた。

 だが、続く展開は昨夜とは違った。そこへ白いユニコーンが現れたのだ。大きな翼を広げて軽やかに空を駆けてきて、玉座の間に着地し、膝を折ってくれる。

 クレリアがその背に跨ると、ユニコーンは崖から飛び立って黒い空の切れ目へ向かった。そうやって嫌な場所から救い出してくれたのだ。

 しかし悪夢からクレリアを引き上げたのは、現実世界で聞こえる驚きの声や悲鳴だった。

 起き上がってすぐに眩しいガラス窓の外を覗いてみると、宿の前の道で人々が表通りの方を窺っている。遠くから馬のいななきが聞こえるので、暴れ馬が出たのだろうか。

 すると、道の先の曲がり角に白い姿が駆け込んできた。


「……え!?」


 ユニコーンの姿を見てクレリアは完全に目が覚めた。ユニコーンは人々を無視して走っていたが、窓辺のクレリアに気付くと減速して宿屋の前で減速した。

 クレリアは急いで簡単に身なりを整えた。宿の表へ飛び出すと、そこで円を描くようにうろうろしていたユニコーンは、脚を折って自分の背中を差し出してきた。


「ど、どうして……?」


 まるで夢の内容の再現なので、クレリアは不気味さと困惑で立ち竦んだ。その間に、追ってきたミンミがクレリアを追い越してユニコーンの背中に飛び乗る。


「をん!」


 楽しそうに尻尾を振る。まるで友達に出会えたように。

 すると、ユニコーンは動けないクレリアの服を食んで引っ張った。


「ちょっと待……」

「いたぞ! あそこだー!」


 表通りから追手の大声が聞こえた。馬に乗った警吏隊だ。

 ユニコーンはそれを横目で見ると一層クレリアを背中へ近づけようとした。服をちぎりかねないその様子には必死なものがある。


「どこか行きたいところがあるの?」


 問いかけたところで答える相手ではない。だがそういうことにして、ユニコーンの気の済むようにさせてやったら、事態は収束するかもしれない。

 怪我人が出るよりは、とクレリアは自分に言い訳をして真っ白な背中にまたがった。

 途端にユニコーンは身を起こして直線を走り出した。追手を撒くために、広げた翼に風を掴むために。

 クレリアはミンミを支えながら白い首に必死にしがみついた。膝に翼の根本の動きを感じる。何度も浮遊感があり、風が耳元で唸り、体の下でユニコーンが躍動している。

 やがて動きが落ち着いて、いつの間にかつむっていた目を開く。思わず感嘆の声が出た。


「うわぁ……」


 空がとても広かった。視点が屋根より高いところにあるからだ。

 ユニコーンは今や、雲と街の間を駆けていた。

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