42.夢の再現
日没後。早めの夕食を済ませたクレリアとミンミは、エリーアスとラザの送迎付きで倉庫へ向かった。
郊外に佇む倉庫はその形が夕闇に紛れており、ひと気もないので、昼間とは違って近寄りがたい印象がある。だが、こういうものだろうとクレリアは鷹揚に構えることにした。
「じゃあ行ってきます」
「頑張れよー」
「お気をつけて。ミンミ、しっかりな」
「をふ」
ミンミは短い返事をした。二人に見届けられながら、クレリアたちは倉庫の大きなドアの隙間から中へ入った。
中は目が丸くなるほど広大だ。長い板や磨き上げられた丸太などの建築資材が整然と並んでおり、その間に光晶灯が点々と備えられている光景が延々と続いている。好奇心をかきたてられるのだろう、ミンミが尻尾を振る。
そこへ、倉庫の隅に置いてある箱のような小屋のドアが開いて、カウハネンがこちらへやって来た。
「やあ、こんばんは。時間通りですね、感心感心。ご飯は食べてきましたか?」
「はい。大丈夫です」
「じゃあさっそく倉庫内を案内しましょう。まあ、気負わないでください。正直、いざという時にだけでもいてくれさえすればいいんですよ。だからその時以外は寝てても構わないくらいで。まあそれは冗談ですけどね」
カウハネンは機嫌よく話しながら歩き始めた。クレリアたちも一緒に煉瓦の山の並びを通り抜ける。
「でも本当にそんなものでしてね。歩き回ったり、目を凝らしたりする必要はありません。さあ、こちらです……」
倉庫のさらに奥へ案内される。荷物だらけの棚が壁のようにそびえ立つ景色に変わってきた頃、目の前が突然開けて、大きなテントが現れた。そこでカウハネンが引き締まった表情で振り返る。
「この中に商品の生き物がいます。一つ絶対に約束してくれますか? この中で見たもののことは、誰にも話さない、と」
「はい、約束します」
「ではどうぞ……」
クレリアはテントの入口をくぐった。
天井から幌布が下げられており、そこに裏側にある物の影が映っている。等間隔に並んでいる細い棒の中に動物の形が収まっている。その生き物は檻の中に入れられているようだ。
最初は、蹄が床をコツコツと歩く音から馬だと思った。だがよく見ると、細長い頭から細い棒が斜めに突き出ているし、身じろぎして角度が変わると、胴体辺りがとても太くなったり伸びたりする。何かが背中にくっついているのだ。それが動く度に、布の向こうから衣擦れのような柔らかな音が聞こえる。
「中に入って見てみてごらんなさい」
カウハネンが囁く。クレリアは静かに、ミンミと一緒に布をめくって向こう側へ足を踏み入れた。
そこには、真っ白な馬のようでありながら、一本の捻れながら鋭く尖った角と、大きな一対の翼を持った生き物がいた。クレリアは美しいとも、異形とも言えるその姿に目を釘付けにされた。
カウハネンは布の外から言う。
「ユニコーンという生き物を知っていますか? 角のある馬です。翼のある馬はペガサスですが、あれは有翼のユニコーンの再現ですよ」
「本で読んだことがあります。どちらも架空の生物ですよね……それを再現、って?」
「どこかの錬金術師先生の作品だそうです。なんでも、色んな生き物の設計図をかけ合わせたのだとか。詳しいことはわかりませんが、科学が幻想を克服したようですよ」
大きな黒い瞳がこちらを見つめる。警戒はしていないが、正体を見透かそうと探る目つきだ。
「再現されているのは姿だけではありません。少女を好み、それ以外には攻撃的だという性格も備えています。女装した男じゃあ駄目でね……。まさに伝説が現実になったのです」
「そんな扱いづらい生き物を、その錬金術師はなぜ作ったのですか?」
「え? なぜって、さぁ、知りませんが。でもユニコーンは浪漫ですよ。夢の現実化ですよ。科学とはそういうものでしょう?」
クレリアにはよく分からなかった。確かに見た目は美しいが、倉庫の作業員たちが怪我だらけだったことを考えると、世界に厄介なものが一つ増えたようにしか思えなかった。ミンミがユニコーンの顔を見上げて喉でクゥンと高く鳴く。
「まあそういうわけで、買い手は既に付いているので、今はこの中継地点から運び出す準備を進めているところです。ここまでは本当に苦労しましたよ。輸送に付き合ってくれる女の子がうまいこと調達できませんでね……昼間は大人しいんですが、月夜が来ると興奮するんで、暴れる度に傷がつきやしないかと気が気じゃありませんでした。鎮静剤を使った時もあって……。でも今夜からは心配ありませんな」
「私は何をすればいいんですか?」
「そいつの目の届くところにいてやってください。私は明日に備えて休みますが、後で誰かに夜食を持ってこさせます。では、よろしくお願いしますよ」
カウハネンの足音が遠ざかって、クレリアはユニコーンとふたりきりにされた心持ちになった。
テントの隅に檻へ向けられているソファがある。柔らかい座面と背もたれに身を任せ、目の前の生き物を眺めながら少し考え事をした。
「これは私たちと同じ生き物なのかな。それとも……何なのかな」
ミンミは足元の絨毯に伏せて顎を腕に乗せた。まるで思案に暮れているようにも見えた。
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