41.怪しい話
次に向かったのは運送会社だ。倉庫と車庫を兼ねた大きな建物に、馬と人と荷物とが集まっている。
取り次いでもらって事務所に入ると、エリーアスが話したという社員は、ラザを紹介された途端に採用を決めた。
「体幹強そうだねぇ。いいよ、明日から来ておくれ」
「うっす」
忙しいからか、すれ違った人も誰もラザの格好を気に留めなかった。これが都会というものだろうか。ここなら自分の素性を気にする人はいないかもしれない、とクレリアは思った。
最後に夜間警備のある倉庫へ向かうことにした。
「事情を話して、一応クレリア様を紹介しますが、私は絶対におすすめしませんよ」
エリーアスは再三釘を差しつつ案内した。
先程の運送会社より街から離れている所にその倉庫はあった。屋根は見上げるほど高く、その出入り口は馬車が二、三台すれ違えそうなほど大きい。
「家が庭ごと入りそうだな。ここは何を扱ってんだ?」
「建築資材などの大きな物だと聞いている。誰か人を探そう」
倉庫の横手へ入ると、空の馬車の周りに何人かが屯っているのが見えた。近づくと、彼らは気づいたが声をかけてこなかった。
「警備の仕事のことで今朝来た者です」
「ああ……カウハネンさんを呼んできます」
そう言って一人が倉庫へ入っていった。クレリアは、皆がどこかしらに擦り傷があったり、包帯を巻いたりしていることに気づいた。
「皆さんの怪我はどうしたんですか?」
不自然な沈黙の後、彼らは顔を見合わせて誤魔化し笑いを浮かべる。
「そりゃ、重い荷物を運んでいたら怪我もするよ」
「これ、どうぞ」
クレリアはレインコートの内ポケットから絆創膏の束を出して彼らに差し出した。
アルメンでレインコートのついでに買っておいたものだった。本当は秘術を使って治してしまいたかったが、それで我慢しておいた。彼らは思いがけない親切を受けて、肩透かしを食った顔でそれを受け取った。
「あ、ありがとう」
「エリーアスさん? やあ、お待たせしました」
振り返ると、豪奢な厚手のベストを着た樽腹の男性がにこやかにこちらへやって来るところだった。エリーアスが単刀直入に言う。
「カウハネンさん。すみませんが、今朝の話通りにはいかなくなりました。私もこの友人もここでは働けません」
エリーアスはラザを目線で示した。カウハネンは嫌な顔はしなかった。
「というと、ご紹介していただける腕の立つ見張りはいない、と」
「こちらの友人はやる気はありますが」
と、次はクレリアを手で示す。するとカウハネンの目が一瞬光った、とクレリアは思った。
「ほう。お嬢さん、それに……そっちのサバントは?」
「ミンミは夜は寝ちゃうと思います」
「いやいや、それはいいんですよ。今ピンと来ましてね、訳は言えませんが、うら若きお嬢さんと鼻が利く動物の方が、より見張り役に相応しいんです。いえ、何もおかしな仕事じゃございませんよ」
カウハネンは訝しんだエリーアスと首を傾げたラザへ弁明したがる。
「友人に何かあった時は、今の言葉を思い出すことにしましょう」
「いえいえいえ、エリーアスさん。では言いますよ? ここだけの話、実は今、取り扱いに慎重にならざるを得ない商品をここに保管しているんです。繊細な性格ですから、そばで見張るなら男性より女性の方が向いているんですよ……」
「生き物ぉ?」
ラザの指摘へカウハネンは大げさに頷く。エリーアスは呆れていた。
「それでそこの彼らは怪我だらけというわけですね。大事な友人を危険な生き物に近づけるわけにはいきません。申し訳ないがこの話はなかったことに――」
「日給これだけ出しましょうぞ」
と、カウハネンは一行の鼻先に五本の指を広げて押し付ける。皆は少し仰け反った。
「今朝提示された額の二倍ですか?」
「そうです。こうなったら必死なワタクシめをお笑いになっても結構。今回の取引はそれだけ重要なんです。なんとしても成功させないといけません! どうか、人助けも兼ねてると思って!」
カウハネンはエリーアスにほとんど頭を下げていた。事の決定権は結局のところクレリア本人ではなくその保護者らしき人物にあると踏んだらしい。クレリアはそれが何となく悔しかった。
「エリーアスさん。ここで一気に稼いでおけばしばらく楽ができるじゃないですか」
「だからといって怪しい夜勤をしなくても、クレリア様なら他に安全な仕事がありますよ」
「まあそれはお前の担当になったけどな……」
「他に言う事は無いのか!」
ラザへ鋭く囁く。
「あぁ? じゃあ……俺かこいつが女装するってのはどう?」
エリーアスが頭を抱えかけた一方、カウハネンはぎょっとしていた。
「な、お、面白いことをおっしゃいますなぁ。面白い発想だ! はっはっは……。では、決まりで?」
一行は互いに顔を見合わせて最後の確認をし、クレリアが頷いた。
「はい」
「あぁよかった。よろしくお願いしますよ、お嬢さん……ええと?」
「クレリアと言います」
「クレリアさん。それにミンミちゃん。いいコンビだ! では、早速今夜から来てください」
ミンミは返事のように尻尾を振った。
一行は宿への帰路を辿った。エリーアスの顔には疲労が見えている。クレリアは少し申し訳なくなった。
「私のことを考えてくれているのは分かります。でも私の旅ですから、自分が一番頑張りたいんです」
「それもそうでしょう。大丈夫ですよ。ですが送り迎えはさせてください」
「はい」
クレリアは微笑んで頷いた。
「保護者だなぁ」
ラザが呑気に呟いた。
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