40.役割分担
クレリアたちが宿に戻ると、エリーアスは既に帰っていたので、一行はまた食堂のテーブルに着いて成果を報告し合うことにした。
「――ティトの金鉱山ですか。聞いたことがあります。減刑を求めて鉱夫になった囚人は多かったですが、鉱山から生きて出るにはシンスのご加護が必要だと言われていたとか。それで、そのゴルディング家について調べるおつもりですね?」
「その家の没落が三十年前なら私の生まれとは時期がずれますが、金糸で飾ったおくるみを持っていたというのが気になります」
「王国中を几帳面に回られるのだろうと思っていました。ですがその前に、その村はここから掛かりますし寒冷地ですから、もう少し備えがほしいですね」
「お仕事はありましたか?」
エリーアスはメモを出そうとした。そこへラザが言う。
「でもエリーアスはさぁ、仕事でクレリアと一緒にいるんだろ? 金は貰えるんじゃねぇの?」
「出立の際に受け取った分はあるが、それ以降は目立たないように金銭のやり取りはしないことになっている。極秘の支援は緊急時のみの決まりだ」
「じゃあ、あんたも何かすんの?」
「もちろん」
クレリアの頭の中にパン屋、靴屋、配達員などと色んな職業が浮かぶ。
「エリーアスさん、何が似合うかな」
「残念ながら候補は三つだけです」
察したのか苦笑すると、今度こそメモをテーブルに置いて二人に見せた。
メモには三つの仕事の内容と日給が書きつけられてある。
「一つは喫茶店の仕事で、日中の台所や客の世話を担当します。二つ目は配達の仕事です。物品を店や個人宅に届けるので少し体力が要るかと。三つ目は倉庫の警備の仕事で、給与は多いですが夜勤なので大変でしょう」
説明を聞いてラザは納得声を出した。
「お前、クレリアに何をやらせるかもう決めてるんだろ? で、残りの二つを俺たちのどっちがやるかって話をするつもりだな?」
「話が早いな。クレリア様、私は喫茶店に女性の臨時店員を紹介すると言ってきました。勝手ながら、その店は忙しすぎず、小綺麗で安全性もあると感じましたので」
クレリアは素直に頷いた。
「エリーアスさんがそう思うならそうします。喫茶店のお仕事も面白そうです」
「ありがとうございます。次は我々の方だが……」
「俺はどっちでもいいぜ。徹夜で本読むこともあるし、夜更かしは得意」
「なら仕事場の見学がてら、その場で決めるとしよう。クレリア様も、喫茶店に挨拶をしに行きましょう」
「はい」
三人と一匹は再び出かけた。まずはクレリアの勤務先候補である喫茶店へ向かった。
その店はプラエスの住宅街に近く、人通りの落ち着いている場所にあった。煉瓦の壁と黒檀のドアが格式高い印象を与える。
ミンミは表で待たせ、三人は金色のドアノブを引いて中へ入った。中では、店主が着飾っている婦人とカウンター越しに話しているところだった。
「オーナー、候補の子が来ましたよ」
店主が婦人に小声で言った。すると婦人はこちらを見るなり、小さな丸椅子を回転させて、その上に載せている大きな体を乗り出してエリーアスを見つめ始めた。
「おやまぁ、なんて色男。あなたが働きなさいよ」
エリーアスは面食らった。
「私ですか?」
「あなたよあなた。女の子を採用するって聞いてたけど、んもう馬鹿ねぇ、こんな男を放っておくなんて。あなた名前は?」
「いえ、私は他にやることがありますので……」
「防御が堅いところもいいじゃないの。お手当弾んでもいいわよ?」
クレリアはそれを聞いて賛同した。
「エリーアスさん、喫茶店員も似合うと思いますよ。それに沢山稼げるいい機会じゃないでしょうか?」
「そうそう、せっかく大歓迎してくれてるんだからさぁ」
ラザは面白半分といった様子だ。このやり取りにオーナーだという婦人が目を光らせる。
「エリーアスと仰るのね? 名前まで素敵じゃないの! きっと女性客が喜ぶわねぇ。心付けもたっぷり貰えるかもしれないわよ」
「しかし……他はどうするつもりですか?」
他の職場のことを言っているのだが、二人は顔を見合わせると首を傾げた。
「どうにかなりますよ」
「そうそう」
味方のいないエリーアスはすっかりオーナーに気圧され、葛藤の末に金銭的理由を取ったのだろう、とうとう諦めた。
「分かりました……私がここで働きましょう」
「よっしゃ! あら失礼、おほほ。では明日からお願いね」
クレリアとラザは少々不服そうなエリーアスを連れて店を出た。
「全く。実際、どうするつもりなんですか? クレリア様のために他の仕事を見つけましょうか?」
「大丈夫ですよ。私だって夜更かしは何度もしたことありますから」
聖宮で研究に明け暮れていた時は何度も朝日が目に染みたものだ。エリーアスはため息をつきそうだったが。
「二人とも夜更かしの経験談は結構ですが、警備というのは起きてさえいればいいものではなくて、集中力も必要なんです。ただ座って起きているのとは訳が違うんですよ。何かが起きるかもしれない退屈な夜に立ちっぱなしだったり、歩き回ったりしなければいけないんです」
それこそエリーアスの経験談らしく聞こえた。さすがにクレリアも少し現実的な問題を感じたが、怯えて黙るほどではない。
「喫茶店もきっと大変ですよ。お客さんが話しかけてきたり、飲み物をこぼしたりするんです。でもお客さんを私だと思って接しないといけませんよ」
エリーアスは深刻な顔になってしまった。ラザはいよいよ笑い声を上げた。
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