39.黄金のいわく
翌日、三人と一匹は宿の一階にある食堂で集合した。
表通りから一本離れたところにあるその宿は、商人ギルド員が多く利用するところで、動物連れの客にも理解があった。ただし、ギルド員ではないので部屋代は割引なしの通常料金だ。旅費節約の為、クレリアとミンミ、エリーアスとラザの二組に分かれてそれぞれ一人部屋と二人部屋に寝たのだった。
「昨日は寝られた?」
今朝も完璧な身なりのエリーアスと、隠れていない顔半分で大きなあくびをしたラザにクレリアが尋ねてみると、揃って冴えない反応だった。
「いびきはかかない方のようです」
「お前もな。でも死んだように寝るよな」
「先に起きたからといって人を観察するんじゃない」
濃いめの紅茶のカップを片手にエリーアスは説教めいている。
「それでクレリア様、今日は情報集めをされますか?」
「はい。貴金属店の場所は宿の人から聞いたので、行ってみようと思います」
「分かりました。ですが私は今日は別行動をさせてください。昨日、旅費の計算をしたところ、頭数が増えた分もう少し備えておいた方がよさそうだったので、仕事の口を探してみます」
そこへラザが呑気に口を挟む。
「じゃあ俺はクレリアと一緒に行くよ。街ブラしようぜ」
「それはいいが、ミンミと一緒に御身をお守りするのが第一の役目だからな」
「怪しい奴が近寄ったらあんたみたいに徒手空拳でやってるよ~」
「まあ……何もできないよりはマシだろうな」
ラザのでたらめな構えは頼りなさそうだったが、エリーアスはそろそろラザの扱いを心得てきたようだ。
一同は朝食を食べ終えると解散して出かけた。
プラエスの人々は朝から物を運び込んだり馬車に詰めたり大忙しで働きまわっていた。開店準備中の店や、道端で経済について話し込む商人たちを通り過ぎながら、クレリアとラザとミンミは宿で聞いた貴金属店にやってきた。
細やかで煌めいている装飾品やメダルの数々が入っているガラスの箱の間を進んでカウンターへ向かう。出てきた老店主は二人の客と店の大きな窓の向こうから顔を覗かせているサバントに、片眼鏡から怪しむ視線を放った。
「いらっしゃい。何の御用で?」
「金糸について聞きたいことがあって来ました。これを見てください」
プラエスが涼しいので上着代わりに着たままだったレインコートの内側からおくるみを出した。その金糸の刺繍部分を見せる。
「この金糸がどこで作られたのかを知りたいんです」
「どこで、だって? まあ一応見てはみるがね……」
店主は大きな拡大鏡越しに刺繍を眺め始めたが、表情は渋いままだ。
「ふむ……色味も光沢も金っぽくはあるが。持ち上げてみると……軽いなぁ。磁石には……付かないか」
「偽物もあるのか?」
「未だ金糸の偽物が見つかったって話は聞かないね。そんな技術はまだないのかもしれないが」
それからもおくるみを検分した後、店主は顔を上げた。
「どこで作られたかって言われてもね、それはこの金糸を作った工房に聞いてみなきゃ分からんよ」
「そうですか……でもそれは分からないんです。この布は多分、十七年くらい前に作られたので」
店主は何か心当たりがあるような、微妙な顔になった。
「金といえば、ここから北にあるティト村には以前、金鉱山があったんだよ。三十年ほど前に閉山されたがね。それまではこの王国北部ってところはかなり栄えていたもんだ」
「へぇー、今よりも?」
ラザへ頷いて話を続ける。
「その鉱山はそれはそれは過酷な場所だったという。鉱夫たちは刑務所から連れてこられると、極寒の穴の中で薄着でつるはしを振るわされたんだと。けど、その分、減刑されるというから、鉱夫になりたがる囚人は多かった。その一方で、鉱山を所有していたティト村のゴルディング家は大層な金持ちになったんだ」
「それこそ成金だな?」
言った後で、ラザは何かに気づいたようだったが、クレリアは続きを促す。
「そのお金持ちの家がどうかしたのですか?」
「悪趣味だったって話さ。何にでも金をあしらっていたから、金ぴか一族と言われていた。いや、言わせていたのかね。その家に待望の跡取り息子が生まれると、金糸で飾り立てたおくるみに包んで見せびらかしたのよ」
「面白い話になってきたな」
ラザの仮面から目配せを受けて、クレリアも同感だった。
「ところがその直後、ゴルディング家の屋敷は不審火で燃えてしまった。それ以降は噂話だ。成金で気取り屋だったから誰かがやったんだという説や、一家は黄金に取り憑かれていてとうとうおかしくなったんだという説が立ったが、一つ確実なのは、家族全員が亡くなってしまったということだった」
うやむやにされたようでありながら、不安感を煽る結末だ。
「やっぱり面白くはないかも……。不幸だったのか、火をつけた犯人がいたのか、どっちにしても嫌な話ですね」
「そこがいい話なんじゃねぇ? 深い意味のこもった教訓話だろ? 多分」
「事件性が高すぎて物語に思えないよ」
店主が意見を交換し合う二人へ口を挟む。
「言いたかったのは、その布を見てゴルディング家を思い出したってことさ。これ以上は手伝えることはないね」
「分かりました。ありがとうございました」
クレリアはおくるみを片付けてラザとともに店を出た。
「次の目的地が決まったと思う」
その言葉にラザは頷き、ミンミも目をぱっちり開けた。
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