38.時代の作法

 警吏隊の詰め所はプラエスの門の手前にあったので、二人と一匹はそこまで戻った。詰め所に連行されていくラザの後ろ姿が見えたので、急いで後を追って中へ入り、窓口に話しかけた。


「私たちは今連れて来られた男の友人です。ご容赦いただけませんか」

「あー……」


 窓口の警吏は奥の取調室にラザと、押収された斧をちらりと一瞥する。


「さすがにあのでかい斧は見逃せませんよ。事情聴取しますからお待ち下さい」

「それって罪になるってことですか?」

「まああの様子だと注意で済むでしょう」


 クレリアは気を揉んだが、今は待つしかできないようだ。待合室を示されたので、そこの長椅子に座った。


「心配ないと思いますよ。奴が余計なことを言わなければ、ですが」

「どうしてラザは連れて行かれちゃったんですか?」

「武器等携帯法という法律があります。百年以上前はまだ戦後で、誰でも剣を提げて出歩いて構わなかったのですが、時代の変化に合わせて十数年前に制定されました。一般人が持ち歩ける武器等には大きさの制限があり、それ以上の物は許可証が必要になります。ただし、家や店などで防犯目的に所持する場合、屋内にて管理できるならこの限りでは――」


 二人は取調室からラザと警吏が出てきたのを見て立ち上がった。


「お連れの人たちですか? 彼、自分が処刑人の家系であの斧は家宝だって言うんだけど……」

「その話は本当です。お墓が沢山ある村から来たんです」

「はあ。まあ、この街にしばらくいるんでしょう? その間あの斧は預かっておくから、街を出る時に保管証と引き換えてください。今必要なものを作ってきますので」

「はい」


 警吏はラザを残して待合室を出ていった。ラザは不安と不満が半々といった表情だ。


「俺って前科者になったの?」

「そうではないが、今後気をつけないとそうなるかもな。家宝でも規定違反の武器だから、許可証を作るべきだろう。ただ、それには妥当な理由が必要だが……」

「理由? 持ち主の俺がしっかり者ってだけじゃ足りないのか?」


 エリーアスは頷いた。


「例えば護衛が剣を持つことを許されるのは、重要人物を守護する仕事があるからだ。他にも、山に入る時には野生動物から身を守る必要を考えてクロスボウや短剣を持つことが許される」


 そこでクレリアは言った。


「私を理由にしたらどうでしょうか? 一度さらわれたことがあるし、昨日は熊に襲われましたし」

「さらわれたことがあるのぉ!?」


 ラザの声が待合室中に響いた。エリーアスが渋い顔をする。


「うるさいぞ、ラザ。クレリア様、機転の効くのは頼もしいですが、そうはっきり仰らなくてもいいんですよ」

「ってことは本当に誘拐されたことがあんの? じゃあ俺と俺の家宝が必要だよなぁ?」


 クレリアはラザへ頷いた。そこへ警吏が保管証という小さな紙を持って戻ってきたので、早速ラザが尋ねた。


「なあ、俺って皆の用心棒なんだよね。この可愛い子を守らないといけないし、昨日の夜は熊が出て怖い思いをしたんだ。そういう大変なときにはでっかい斧が必要なんだよ! だから許可証ってやつを作ってほしいんだけど?」

「うーん。王宮の近衛兵じゃあるまいし、でかい斧じゃなくてもいいでしょうよ」

「大きさの問題ですか? 近衛兵とは違って彼は家宝を持ち歩きたいだけなんですよ」


 一蹴されたラザをエリーアスもさすがに擁護したいようだ。これには警吏も簡単には答えられなかった。


「そう言われてもね……本人が言うような歴史的な家系で正当な家宝だと証明できれば、何かできるかもしれないですが。その斧が、その、何人処刑してきたのかとかね」


 気味悪そうにする警吏の言葉にラザは少し考えたが、証明の手立てはない様子だった。


「記録は多分、家と一緒に燃えちまったし……。じゃあ許可証がもらえるまではどうすりゃいいの?」

「街に入ったら真っ直ぐ警吏隊の詰め所に行って、保管してもらうんですね」

「もし必要になったら返してもらいに行くのかよ?」

「あれを街中で振り回さなきゃいけない事態になったら、まず警吏隊が対処しますよ」


 それはそうだ、と言わんばかりにエリーアスが頷いている。

 結局、ラザの斧は一時預かりとなり、一行は詰め所から出された。


「そう落ち込むな。持って歩くより失くす確立が低くなったかもしれないぞ」

「手が落ち着かねぇよ。体の横に腕をぶら下げて歩くってなんか間抜けじゃねぇか?」

「宿を取りに行こうよ」


 街の人通りの多さが相変わらず凄いので、クレリアは二人を促した。

 クレリアは今更ながら少し不思議に思った。よく考えてみれば、ラザの斧は数々の人の首を撥ねてきた代物だ。自分の首もその歴史の一部になりかけたのだから、もっと怖がってもいいはずなのだが、ラザの人柄が事実を和らげて見せているようだ。

 エリーアスは聖宮の近衛兵でありながら手助けをしてくれるし、ミンミはいつもそばにいる。

 つくづく頼れる二人と一匹だと内心嬉しいのだった。

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