34.回り道へ

 食堂で腹ごしらえをした後、一行は雑貨屋に行った。プラエスへ向かう迂回路を使うにはそうするのだと、ラザが言ったからだった。

 雑貨屋の店主はクレリアとエリーアスを見るのは今朝ぶりだったので、カウンターから顔を上げた。


「おや、また来たのかね……」


 すると眼鏡を押し上げた。


「もしかして、ダーシャさん家の坊主かい?」

「あぁ、俺のばあちゃんだけど」


 ラザはどこか照れくさそうに肩をすくめる。店主はその頭から爪先までを眺めて感心した声を出した。


「はぁ、随分大きくなったな。最後に見た時は、母親と一緒のところだった」

「ああ……」

「出かけるのかね? その格好で?」

「この二人と、あと表の犬と一緒に旅に出ることにしただけさ」


 それを聞いて店主は何度も頷く。


「若者はそれがいい。一生を村だけで過ごすもんじゃないと思ってたよ……。それで、何か入用かね?」


 店主は三人に向き直った。ラザが答える。


「プラエスに行く抜け道を使いたいんだ。って、皆ここに言ってから出かけるもんだって聞いて来たんだけど」

「抜け道はここらの者と向こうの者とで共同管理してるんだよ。中間地点に小屋があって、調理器具も揃ってる。寝袋はここで貸し出せるよ。洗濯も日干しも済んでるから綺麗さ。向こう側に醸造所があってね、寝袋はそこに返してくれればいい」

「ちゃんとした道なんですね。地図に載っていてもおかしくなさそうですが」

「この辺の者が買い出しに使うだけだからね」


 丸められた寝袋を戸棚から引き出しながら、店主はエリーアスへ答えた。


「そうだ、向こうへ行くならついでに注文書を醸造所に持って行っておくれよ」

「構いませんよ」


 三人は寝袋と酒の注文書を受け取ると、一泊分の食料品を店内で集め、またカウンターに戻った。


「そういや俺、金ないや」

「さっきも私が払った」

「なんか悪いな~。これからもよろしく」


 エリーアスはラザの呑気さをとうとう諦めたようだ。


「エリーアスさん、平気ですか?」


 クレリアが小声で尋ねると、彼は表情を軽くした。


「心配いりません。ミンミのためにもっと買ってやってもいいですよ」

「いいんですか? じゃあ、おやつも選んできます」


 クレリアが陳列棚の間に消えると、エリーアスは懐から硬貨の入っている小袋を静かに出して中身を確かめた。その姿をラザが眺めている。


「騎士様も大変だな」


 エリーアスは何か言いたげに振り返ったが、結局口を開かず、財布の中身へ目を戻した。

 準備が整い、三人と一匹はアルメンの脇道から森へ進んだ。

 空はすっかり太陽を取り戻しており、美しい木漏れ日を森にこぼしていた。土の小道はまだ湿っていたが、落ち葉が泥を覆っているのでミンミでも歩けた。


「それにしても、町に行くのはすげぇ久しぶりだったな。誰かが俺のことを覚えてるなんて思いもしなかったよ」


 ラザは感慨深そうだった。クレリアは尋ねた。


「お母さんはどうされたのですか?」

「どっか行った。村を出て働いてた親父と結婚したけど、親父は飲んだくれだったしい。で、死んじまった後、俺を連れて村に来たんだけど、全然馴染めなくて出ていっちまったんだ」

「大変だったな」


 エリーアスが慰めの言葉をかけたが、ラザは平然と返す。


「別に、家族なんてそんなもんなんだろ? 確執について色んな本で読んだぜ。父親と息子とか、母と娘とか、嫁と姑とか。エリーアスんちはどうなの?」

「私の家族は……チームだな。問題に対して協力し合って確実な解決を目指す。秀才が集まると強力なチームワークと力が生まれるのだ」


 ラザは感嘆した。


「すごい自信だな。お前んちもしかして貴族?」

「特別任務中だから答えられない」

「ほぼ答えてるじゃん」


 三人がのんびりと歩いている一方、ミンミは先へ走っていったり戻って来たりして、はしゃぎ回っていた。


「ああいう犬は毎日長時間の散歩が必要なはずですから、旅暮らしは案外性に合ってるかもしれませんね」


 そう言うと、エリーアスはそばに落ちていた枝を拾ってクレリアへ差し出した。


「投げてやってみてください。犬は物を拾う遊びが好きなものです」


 クレリアは受け取った枝の汚れを軽く払い、ミンミより少し遠くを狙って枝を放ってやった。ミンミはそれを目で追い、自分の頭上に差し掛かった時に飛び上がって口でとらえた。


「わあ、ミンミすごい!」


 ミンミは喜ぶ主人へ突進してきて尻尾を振った。クレリアは頭や首をたくさん撫でてやり、枝を受け取った。


「俺も投げていい?」

「はい」

「ありがと。俺、犬を飼ってみたかったんだよな。よし、いくぞミンミ!」


 ラザは受け取った枝を肩の高さから振り投げた。ミンミは首を捻り、頭上を通り過ぎていく枝を目だけで追う。


「あ?」

「気分じゃなかったようだな」

「くぅん?」


 とぼけて喉の奥で鳴くので、誰もが眉尻を下げた。するとミンミは枝を拾いに行くのだった。

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