35.焚き火を囲んで
森の昼は短く、数時間経つと日差しが感じられなくなった。本格的に暗くなる前に、一行はランタンに火を入れて足元を照らした。
「そろそろ小屋が見えてもいいはずですが、少しのんびりしすぎたようですね」
「腹減ったな」
他に明かりが見えたのはそれから十数分後だった。道の先で突如四角い光が点いたので、小屋に辿り着いたことと、先客がいることを同時に知った。
近づくと、物音で気づいたのだろう、中から中年の男性が出迎えた。
「こんばんは。あなた方もお泊りになりますか?」
「ええ。空いているといいんですが」
男性は先頭にいたエリーアスから視線を全体へ向けてみて、初めてラザが大きな斧を持っていることに気づいたらしい。硬直してしまったので、エリーアスがすかさず言った。
「怪しい者ではありません。私たちは旅をしているところなんです」
「ああ、いや、失礼。私はアルメンで薬剤師をしているんです。そちらの方の格好がいかにも伝説の執行人だったので、驚いてしまいました」
「実際そうだけど。俺、第十一代執行人のラザ。いやあ、格好だけで分かるくらい俺んちって有名なんだなー」
男性がより驚いてしまったので、次はクレリアが取り繕った。
「処刑しに行くんじゃなくて、私たちと一緒に旅をしているだけです」
「あぁ、そうなんですね? まあ今どき斧は使わないでしょうからね、ははは。あ、私はスヴェンと申します」
「クレリアといいます。この人がエリーアスさんで、こっちがミンミです」
「皆さん、一晩よろしくお願いしますね」
三人は小屋に入った。真ん中にテーブルがある居間があり、一階と、吹き抜けになっている二階に小さな寝室が並んでいる。
クレリアとミンミの部屋は二階の階段から最も遠い部屋に決まった。寝室といっても何もないただの個室だ。窓はあるが、木々が眺望を塞いでいる。
隣の部屋にはエリーアス、ラザと続く。スヴェンは一階の部屋に入った。全員は荷物を置いた後、土間から外へ焚き火台を出して夕食の用意をするため火を熾した。食材はそれぞれが持ってきたものを使う。料理はスヴェンが中心となって作り、クレリアも手伝った。
「皆さんはアルメンを通って来られたんでしょう?」
「あ、そうそう。村で火事があったぜ」
「え! 怪我人は?」
「いなかった。雨で火も消えたし」
「そうですか……。そういうことは思ってもいない時に起こるものですね」
スヴェンは軽い雑談のつもりで話題を振ったのだろう。一旦止まった作業の手を再び動かした。そこへエリーアスが口を開く。
「あなたは今日、プラエスからここまで歩いてこられたんですよね? 私たちの他に誰か見ませんでしたか?」
「というと、この抜け道に入ってからですか? いいえ、見てませんよ」
「なるほど。本当にアルメン周辺の人しか使わない道なんですね」
相手が少々不思議そうな目つきになると、エリーアスは会話を切った。
エリーアスは王室の使者の足取りを探ろうとしたようだ。その人物が放火したことを話さなかったのは、ラザのためかもしれない。
その後は何でも入れたシチューを囲んで和やかに過ごした。ミンミも犬用食料と干し肉を食べて満足そうな顔だ。
人間たちは食後にお茶を淹れ、クレリアとラザは大きなマシュマロを枝に刺して焼いた。
「焦げちゃった」
すぐに表面が燃えるのでいい塩梅に焦げ目をつけるのは至難の業だ。仕方なくクレリアは黒焦げのマシュマロを食べた。
「あれ……美味しいかもしれません」
「焦げがうまいなんてそんなわけ」
ラザも焦げを食べた。とろけるような甘みと苦味のない香ばしさが口いっぱいに広がる。
「うまいわ」
二人はこの発見に頷き合った。
エリーアスはスヴェンからお茶のカップをもらったついでに尋ねる。
「プラエスはどうでしたか?」
「特段変わりないですよ。この間の嵐の影響で荷物が遅れていたくらいです。王都の方は色々と大変みたいですけれど。今日の新聞は読みました?」
「ええ、宿でざっと目を通しました」
「次の聖女様は見つかっていないし、フレデリック王子は即位を拒んでいらっしゃるというし。それに元聖女のアレッシア様らしき人が街にいたとか……なんだか分かりませんね」
クレリアは二人の会話に聞き耳を立てていた。
世間の人はまだ元聖女アレッシアが追放刑になったことを知らないようだ。宰相は公表する機会を窺っているのかもしれない。アレッシアの罪と罰を人々に理解させるための絶好の機会を。
クレリアは、自分が罰せられた原因は、王を救えなかったからだと思っていた。もし救えていたら、前代未聞の秘術を行使したことは問題にならなかったかもしれない、と。
だが、死が色んな意味で全てを終わらせることについての話をラザから聞いた時、問題はやっぱり秘術なのかもしれないと思い直すようになった。
死を欺くことは不自然だと院長は言っていた。考えてみれば、他人の死とは、実は人生にあって当然のものだ。
つまり、蘇生術は王以外にとっては、王の死という出来事を自分から奪うものだったのかもしれない。その違和感が、宰相がクレリアを追い詰めた理由にあるのだろうか。
とはいえ、蘇生術も宰相も今となっては遠い存在だ。クレリアは先へ進んでいる。王都のことは気にしないようになりたかった。
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