第三章 金糸を辿って

33.片方の糸端

 丘からアルメンが見える頃には通り雨はほとんど止み、遠くに青空が見えるほどだった。クレリアはミンミの濡れたベストを脱がせてやった。


「今のうちに聞いておくけど、結局クレリアは聖女なんだよな?」


 ラザの質問へクレリアは曖昧に首を傾げて見せた。他に誰もいないとはいえ肯定してよいわけではなかったからだが、ラザはそれで分かったようだった。


「んで、エリーアスは何?」

「私はクレリア様を見守るよう遣わされた近衛騎士だ」


 エリーアスは声を落として答えた。


「なんかすごそうだな」

「私たちの正体は極秘だ。お前にも秘密を守ってもらうぞ」

「いいよー」


 安請け合いに見えたが、クレリアは、多分エリーアスも、彼は口の軽い方ではないだろうと思った。


「それでこれからどこ行くんだ?」

「お前から提案はないのか?」

「え、俺?」


 ラザは少し考えると唸った。


「あぁ、家を燃やした奴のことか? 確かに気になるが、今からじゃどうせ追いつけないだろ。それに、あんたら二人を連れて王都に行って『王室の使者さん知りませんか』って探し回るわけにはいかないんだろ?」

「分かってきたようだな」


 仮面の下に感情の分からない僅かな笑みが浮かぶ。


「怒ったり恨んだりし続けるのは疲れるからな。代わりに、世の中のどっかにそいつの墓が用意されてるって考えるのさ。どんな卑怯者でもいつかは死ぬ。俺はそれでいいんだ。……ってことで、あんたたちについてくよ」


 最後の方をはにかんで済ませてしまったが、クレリアは今の話を面白いと思った。


「では、クレリア様の用事を進めましょうか?」

「はい。そうしましょう」


 一行は丘を下り続けた。すると、アルメンの道に入る辺りで町人たちと出くわした。かれらは先程まで丘の向こうにもうもうと上がっていた煙を見たのだろう、村へ向かおうとしているところらしい。一向に気づくと声をかけてきた。


「火事はもう収まったのか?」

「大丈夫、俺んちが全焼しただけで済んだから」

「そ、そうか。森は燃えなかったんだな」


 人々は大工を手配しようという話し合いを続けた。一行はその脇を通り過ぎて、食堂へ入って席に着いた。


「結局、噂を聞いて来たここはハズレでしたが、他の手がかりがありません。それで考えたのですが、おくるみをもっと調べてみようと思うんです。つまり、布や金糸についてをです」


 クレリアの提案に二人から異論はなかった。


「布の織り方や金糸の産地を調べるということですか?」

「そうです。途方もない気がしますけど」

「布のことは分かりませんが、金は扱える者が法律で厳しく制限されていますから、しらみつぶしに調べることになっても、王国中の織物工房を訪ねるのに比べれば大したことはないでしょう」

「もっと絞り込めねぇの? 赤ん坊を包む布に金を使うなんて成金っぽいと思うんだけど、クレリアは金持ちんのお嬢様だったりしない?」


 言葉を選ばないラザへ、横から険しい一瞥が飛んだが、クレリアは気にしなかった。


「もしそうだったとしても、秘術の才能があるかどうかも確かめずに修道院に置き去りにしたんですから、何かがあったんでしょう。もう無いかもしれません」

「ふーん……そうか。地道に探すしかないんだな」

「でも、地道なのって面白くないですか?」


 二人の目が不理解を物語ったが、クレリアはそれも、笑って気にしなかった。聖宮の司祭たちですら、クレリアが何日も研究に没頭していると感心していたものだ。世の中において自分は変わっている方らしい、と少しは気づいていた。


「じゃあ、次は金糸について調べることにしましょう。まずは近くの金製品を売ってるお店を訪ねて、おくるみの金糸について何か知っているかを聞き込みます」

「分かりました。ただ、貴金属店などがありそうな最も近い街はウェールキだと思いますが、戻るにはまだ早いかと。まだ行ったことのないウェールキの西へどうにか抜けられればと思いますが……」


 エリーアスが話す間にクレリアは地図をテーブルに広げた。しかし大聖堂のある街、ウェールキより西へ向かうには、どうしても一旦ウェールキに戻る他に道がないように見える。

 そこへラザが言った。


「プラエスに行く道があるぜ。ここらへんの森を崖に沿って迂回して、山の向こうに続いてる」


 クレリアは地図のアルメン周辺をよく見てみた。プラエスという大きな街は今いるアルメンのほぼ北、森と山に隔てられた向こう側にある。迂回する道は森を西側から回り込んでいる街道だけだ。


「地図には書いてないけど……」

「舗装された道じゃないからな。でも途中に誰でも休める小屋があって、一泊二日歩けばプラエスに着くらしい」

「ふ、二日……」


 長い道のりを考えると声が上ずった。エリーアスも渋い顔をする。


「お前はその道を使ったことがないようだが、安全なのか?」

「村の人も使ってるしヘーキさ。それに、何やらかしたか知らねーけどウェールキには戻りたくないんだろ? プラエスからならウェールキに近づかずに西の方へ出られるぜ」


 ラザは爪の短い指で地図を示した。プラエスから街道が二本伸びており、一つはウェールキと、もう一つは西のまだ見ぬ土地と繋がっている。


「確かにな……」

「迷うなよ。キャンプだぜ? 焚き火で自炊だぜ?」


 エリーアスは渋々といった様子だが、ラザは何かを期待しているらしい。クレリアはというと、好奇心が勝った。


「それって、楽しそうですね」

「だよな! マシュマロ焼こうぜ!」

「をん!」


 テーブルの下から鼻先を突き出したミンミも同調する。

 三者が笑い合う光景を眺めたエリーアスは、少々呆れた笑みを浮かべた。


「まあ、いい案かもしれないな」

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