25.近衛騎士エリーアス
クレリアは、他に思いつかなかったので、泊まっている宿に彼を案内した。
表に野次馬をしに出ていた宿の主人は、クレリアが彼を連れて来ると急いで受付へ戻り、部屋の鍵を渡してきた。
「あんたが聖堂自警団をやっつけちまったのか? やるね」
嬉しそうにする主人へ、彼は微笑だけを返した。
二人と一匹は狭い部屋に入り、クレリアはマントを脱いで、それぞれベッドの縁や机のガタつく椅子、そして床に座った。かなり窮屈さを感じる。
「助けてくれてありがとうございました」
クレリアの礼を、彼は恭しい態度で受け止めた。
「痛み入ります。私は近衛隊の騎士エリーアス・ファルハーレンと申します。あなたが聖宮におられた時、警備の任に就いていました」
「聖宮の騎士……」
エリーアスは頷いた。
近衛隊は王宮と聖宮を守っている、この国で最も格が高い兵隊だ。中でも聖宮を守備する者は選び抜かれた精鋭であり、聖宮では武器が禁止されているため己の拳のみを使うと言われている。
クレリアはかれらの姿を遠くに見たことはあっても、やり取りすることはなかったため、エリーアスに見覚えはなかった。
「実は、あなたを見守るようにという特命を受けて、聖宮を出られた時からずっと後を追っておりました」
クレリアは目を瞠った。
「全然気づかなかった……どうしてですか?」
「あなたが元聖女であり、王国最高の秘術師であられるからです。聖女様が聖宮をお離れになったことを世間がどう受け止めるのかは、聖堂自警団の言い分が端的に説明していましたね。私に特命を下された方は、あのような出来事に備えてあなたの旅路を守る者が必要だと考えられたのです」
そう言うと、少々申し訳無さそうに眉尻を下げた。
「ですが、あなたが命の危機に陥った時にのみ助けるようにと命じられていましたから、本当は今回も姿を出すつもりはなかったのです。ただ、例の競売までの一連の出来事がありましたから、もう見ていられずに、つい」
ずっと見ていたならあの時やその時に助けてくれてもよかったのに、などとクレリアは内心で思ったのだが、彼にも事情があるのだと理解し、溜飲を下げた。
「もしかして、あの船のことを通報したのって……?」
「ええ、私です。警吏隊にあなたを丁重に保護させるためには説得が必要でしたが」
説得、という言葉には含みが込められているようだ。そこにクレリアは心配を抱いた。
「近衛隊の人が私の前に現れるのって、追放刑の禁則事項をすごく破ってませんか?」
「なので、身分を証明するものは一切持っていません。それでも先程はバレましたが……。ですが表面上は、今の私はただの旅人です」
旅人にしては衣服や装備が綺麗すぎるが、にも関わらず今まで完璧な尾行ができていたのだから、彼の能力にとっては些細なことだろう。
聖堂自警団を相手取った時の身のこなしも合わせて、彼の身元を証明している。それに、ミンミが彼の足元ですっかりくつろいでいる。
信用する相手をもうひとり増やしてもいいのかもしれない。
「それじゃあ、これからどうするのですか?」
窓の外から人々の声が聞こえてきた。住人たちが、聖堂へ戻っていく自警団に詰め寄っているようだ。エリーアスは窓の方を一瞥して答えた。
「街のことは市民がどうにかするでしょう。あなたはご自分の目的地へお進みください」
「それを知っているんですね。私、旅費が貯まるまでお仕事をしなきゃいけないんです」
「聖女だと知られているまま、その仕事を続けるのですか?」
エリーアスはクレリアが肩から掛けている、配達物の入っている白い鞄に視線をやる。
「出歩けば、あなたが望まなくても街に混乱が生じかねないかと。こうなった以上、早急にこの街は出た方がいいでしょう。旅費は多少は預かってきましたから、ご心配いりません」
クレリアは白い鞄の手を置いて迷った。責任を持って混乱の中で仕事を完遂するか、秘密の支援に頼るかを。
このまま街にいれば元の正体を取り沙汰されて騒ぎが増すかもしれない。そうなると追放刑の禁則事項に従って処罰されかねない。そのリスクを負ってまで仕事をやり遂げようとするのは、自己満足なのかもしれない。
だが、やりかけの仕事を放ってでも進めたいほど急ぐ旅でもない。確かにここまで来れば目的地はもうすぐだが……。
「くぅん?」
喉を鳴らしたミンミを見おろすと、その青い目は既に答えを決めている気がした。
それで心が決まった。
もう一度自分の決定を内心で確かめた後、クレリアはミンミの頭を撫でた。
「分かりました。自分の目的地に急ぎます」
エリーアスは頷いた。
「では、これからは同行させていただきます。よろしくお願いします、クレリア様」
「よろしくお願いします、エリーアスさん。この子はミンミです」
彼は律儀に目を向けた。
「よろしく頼む」
「をん」
人間っぽさのある短い返事へ、エリーアスは楽しげに微笑んだ。
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