19.敬意
警吏隊は船をそのまま捜査本部にするつもりのようだ。広い食堂へ容疑者たちが連れて行かれる一方で、クレリアは小部屋へ案内され、そこで女性警吏を加えて三人でテーブルに着いた。
「調書を取らせていただきます。お名前は?」
「クレリアです」
「……クレリアさん。ご職業は?」
「職業、といえるものはないですが……」
女性警吏は困惑していた。
「オークションの出品リストに『聖女アレッシア』とあるのですが……あなたですか?」
クレリアはハッとして首を横に振った。
「そう言われましたが、私は本物じゃありません。私はただの……旅をしてる秘術師です。色々あって、ここに連れてこられただけです」
「では、その色々の部分を話してくれますか?」
「はい……」
クレリアは馬車に乗っていた時から今までのことを簡単に話した。それがあまりに簡潔なので、警吏たちは目を丸くした。
「えーと、三人組に馬車からさらわれた、と? そのアジトが平原の崖の下にあったんですね」
「はい」
「それからマダム・カサブランカと名乗る人物の経営する館へ売られたんですね」
「はい」
「労働条件が酷かったようですね」
「多分」
「そしてライムライト伯爵と名乗る人物によって、ここへ連れてこられた、と……」
「そうです」
警吏たちは顔を見合わせた後、勝利を確信した目になった。
「数々の事件に関する重要なお話だったと思います。ご協力ありがとうございました。ところで、今夜はどうされますか? 近くにお知り合いは?」
「知り合いはいません。お金もないし、ここがどこなのかも分かりません」
「ここはフィデレですよ。でしたら、うちの詰め所はいかがですか? ホテルのようにはいきませんが、寝床はご用意できますよ」
「とても助かります。お願いします」
今日は大変な一日だった。色んな人に遭遇し、散々連れ回され、何かが起こり……全てを失った。不安でいっぱいで、焦燥感もあるが、休めるというならすぐにでも休みたい。
警吏たちの後に付いて出口へ向かう途中、広い取調室となっている食堂の前を通りかかった。ちょうどライムライト伯爵が連れて来られたところで、彼はみっともない様子で抵抗していた。
「今まで黙認していたくせになぜ急に取り締まるんです? 点数稼ぎにしても露骨ですねっ」
「新しい国王陛下が即位する時にお前たちのような不埒な輩が町をうろついていては、お目汚しになるからな」
「私たちのような上澄みを捕まえたところで何も変わりませんよ!」
その後に連行されてきたのはあの老紳士だった。クレリアがそうと気づく前からこちらを見ており、寄り添う付き人を介して声をかけてきた。
「あなたも私たちと同じように、新たな王のための生贄になったんですよ。あなたが寛大だったステファン陛下を死なせたからです」
「早く連れて行け」
老紳士は前後を警吏に固められて足早に連れて行かれた。
クレリアの動揺を見抜いたように、女性警吏が眉をしかめる。
「ああいう人は部下を盾にしてすぐ逃げるんですよ。声に出して言ったのは自分ではない、って。卑怯者です」
老紳士を見たクレリアは思い出したことがあった。
「どこかにサバントがいませんでしたか?」
「サバント? 一匹外に逃げたと聞いてますね。客のペットか出品物かは分かりませんが」
「そうですか……」
逃げたその一匹があのクリーム色のサバントであればいいとクレリアは願った。主人から逃げ出してしまえばいい、と。
警吏隊の詰め所の仮眠室で一夜を凌いだ次の日。朝食の席に呼ばれたので休憩室へ行ってみると、椅子の上に見覚えのある背負い鞄が置いてあった。
「これ、私の荷物……」
「見つかりましたよ。中身が揃っているかは分かりませんが」
鞄の中を見てみると、食料品は消えていたが、服や財布などは残っていた。
おくるみもだ。クレリアはそれを手に取ると、自分でも驚くほど、心の底から安堵した。誰も知らない自分の過去と繋がっているこの品物が、重要な宝物だと気づいた瞬間だった。
「大事なものは無事でしたか?」
「……はい。お陰様で」
おくるみをまた服の間に挟み込んでいると、財布が妙に重いことに気がついた。開けて見てみると、最後に見た時に比べて明らかに金額が増えている。
「あの、こんなに入ってなかったはずなんですが」
「そうですか? 取り返したままの状態ですよ」
などと言う警吏たちをよく見るとそわそわしていた。なんと言っていいか分からず、疑問の目を向けていると、とうとう一人が白状する。
「他人の財布の金を善意で増やして、一体なんの罪に当たるって言うんです?」
「そりゃ、スリ入れだろ」
警吏たちは笑った。まだ曖昧な顔をしているクレリアへ、昨日の男性警吏が言った。
「旅をしていらっしゃると聞いたので、先立つものが必要かと。でも他意はありません。これはただの、若い旅人への寄付です」
彼らはクレリアを透かして『元聖女アレッシア』を見ていた。だが居心地の悪いものではなかった。
なぜなら敬意を感じたからだ。妹や娘ほどの年頃の少女が国王に仕え、最期を看取った。その役割や仕事に対する純粋な尊敬の念が彼らから伝わってきたからだった。
だからクレリアはこの寄付へ心から頭を下げた。
「ありがとうございます」
警吏たちは少々まごつきながらも笑顔で礼を受け止めた。
クレリアは朝食を食べながら目的地への行き方を教えてもらった後、準備を整えて詰め所を出発した。
このフィデレから改めて北の山手にあるアルメンを目指すなら、まずはやはりウェールキという街へ向かうべきなので、馬車に乗るとよいという。早速、乗り場へ向かった。
その途中、郵便配達局に寄った。『ライラック』の名前で小銭を何枚か預け、館のミモザ宛ての手紙を出すためだ。食事代を預けた旨と、お礼と別れの挨拶だった。
用事が済むと、再び乗り場へ歩き始めた。
すると、後ろから柔らかくて軽い足音が付いてきていることに気づいた。振り返って、思わず声を上げた。
「あっ。今までどこにいたの?」
「をんっ」
あのサバントが返事のように一声吠えた。クリーム色の長い尻尾をフサフサと揺らし、何か言いたげに上目遣いで見つめてくる。
「もしかして、一緒に来たいの?」
「くぅん」
目を潤ませて心を揺さぶってくるが、そうされなくてもクレリアは心を決めていた。微笑んで手招きすると、サバントは千切れんばかりに尻尾を振った。
「行こう」
をん! とサバントは高らかに返事をして、旅を再出発させた新たな主人へ軽やかに追いついた。
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