10月12日 出力差
「二回戦の結果を見たのだわ。どちらかの棄権による決着、ではなかった」
切れ長な
「だけど惺は戦うことを選んだりしないのだわ。絶対に」
擦り合わされる両掌の骨刃が、寒々しい高音を鳴り渡らせる。
「だろうな」
「ッ……」
あっさりと肯定する蔵人に向ける視線を一層尖らせ、奥歯を噛み締める
草履の爪先に重心が偏り、今にも飛びかかりかねない精神状態。
「貴方、惺に何をしたの」
「本人に聞け。長々喋ると顔の傷が痛む」
「何度も聞いた。けど曖昧に誤魔化すばかりで答えない。彼はああ見えて頑固だから、その口を割る方法を
だろうな、と今度は胸の内でのみ返す蔵人。
簡単に自分の意志を曲げるような人間が、あれだけの責め苦を受けても頑なに無抵抗を貫くなど有り得ない、と。
「仲睦まじいようで何よりだ。吐き気がする」
「答えなさい」
すり足で一歩分にじり寄り、骨刃の切っ尖を突き付ける
対する蔵人は、面倒臭そうに懐から花の種をバラ撒き──杖先で足元を突いた。
「〈
空中で芽吹き、
イバラの槍が、矢の如き速度でもって、六方から正確無比に
「シィッ!!」
しかし
危なげなく打ち落とし、斬り払った。
「(速いな。そして洗練されている。明らかに武道家、それも戦い慣れた奴の動きだ)」
術式の性能云々と言うより運動神経や反応速度、動体視力……単純に戦闘技能が高い。
もし初戦で惺と
「……なんのつもり」
「愛しの彼氏に俺がやったことを、身をもって体験させてやろうと思っただけだ」
蔵人から淡々と告げられた
「いつまでも眠たい綺麗事を並べるもので、俺も少しムキになってな」
急激な成長の過負荷と魔力の毒素で塵に還ったイバラの破片を拾い、握り潰す蔵人。
「三十六ヶ所。あの締まりの無い身体に、風穴を空けてやったよ」
「──お前ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッッ!!」
裂帛。突進。
バネの如し瞬発力で間合いを詰め、
だが──その軌道上には、先程の
「〈
再び蔵人が杖先で足元を突くと同時、猛然と生い茂る数百株のトリカブト。
出力向上により強化され、名も
「ぐっ……う、くっ……!?」
「残念だったな。俺と条件が同じなら容易く抜け出せただろうに」
四人分の
双方の間には、数字で表しがたい実力差ならぬ出力差が隔たっている。
杖を所持するための制約として魔法以外でのあらゆる加害行為が無効化される候補者にとって、それは致命的な格差だった。
「下手に抵抗しない方がいい。死なれでもしたら後片付けが面倒だ」
別の箇所から骨刃を作り出せる魔力は残っていないのか、拘束された両腕を振りほどこうと暴れる
着物姿のため直接肌を縛り上げている部分こそ少ないが、小さな擦り傷であっても直接体内にトリカブトの毒が入り込めば、命に関わる事態となりかねない。
「(さて、捕獲は済んだ。どうするか)」
魔法で操る花を介して
蛍のアックスピストルといい、惺のループタイといい、後発組の杖はイロモノばかりだと思いつつ、浮かんだ妙案に手を叩く。
「裸に剥いて路地裏にでも放り投げてやろう。そう言えば、この世界の法整備は一体どうなっているのだろうな?」
言うが早いか、蔵人は再三杖先で足元を突く。
新たに伸びたトリカブトの茎葉が、器用に着物の帯や襟へと絡み付く。
けれど──脱がせ始める前に、その全ての動きが停止した。
「──何をやってるんだ、君達っ!!」
人気の無い路端に響く、蔵人と
向上した出力にまだ蔵人の感覚が追いついておらず、調整の甘かった
自由の身となった
「
やや息を切らせながら
語るに及ばず惺である。似通った術式を持つ蔵人が魔法を使ったことで存在を察知し、同時に荒事の匂いも嗅ぎ付け、押っ取り刀でやって来た模様。
「……助かったのだわ惺。でも離れていて、危ないから」
「え!? ま、ちょ、待って、待ってよ
不覚こそ取ったものの、それによって頭の血が下り、冷静に身構え直す
「(心身を仕切り直されたか。二度目の捕獲は難しそうだな)」
半歩退きつつ、頭の端で思考する蔵人。
そして。視線を惺へと流す。
「く、蔵人くん! なんでここに、じゃなくて、兎に角二人とも落ち着こう! ね!?」
慌てふためき、諍いの空気を宥めるべく
「……お前……」
そんな惺の振る舞いを、蔵人は眇めた左目で見遣った後、何かを言おうとしてか口を開きかけ──ひとつ大きな溜息を吐くだけに留め、踵を返した。
「興が冷めた。馬鹿は死んでも治らんらしい」
そのまま蔵人は、数度繰り返された惺の呼び止めにも応じることなく歩き去って行く。
殺気立っていた
「
蔵人が場を後にし、残された惺が
骨刃を収めた
「あいつの口から惺に酷いことをしたと聞かされて、斬ろうとしたのだわ」
もっとも、貴方が来てくれなければ危うく返り討ちだったけれど。
そう言葉を続けた
「……そっか。僕のために怒ってくれたのは嬉しいけど、あれはリンボでの出来事で、実際もうなんともないし──」
「でも
目上の者達から全てを強制される人生を送っていた
故にこそ、
結果的にという形ではあるが、それを邪魔立てした蔵人に対する感情は、決して快いものとは言えない。
あまつさえ対話を望む惺の意向を無碍にした挙句、過剰に痛めつけたとあっては、憎悪を抱いたとしても無理からぬ話だろう。
「あんな奴が
拳を真っ白に握り締め、吐き捨てる
一方の惺は、そんな
「
「ッ、いくらなんでも貴方は甘過ぎるのだわ! もしアイツが継承戦に勝ち残りでもしたら、この世界はどうなるか──」
「
繰り返し名を呼ばれ、再び頭に血が上りかけていた
「蔵人くんは、悪い人じゃないよ」
それは単なる希望的観測とは異なる、確証を孕んだ口振りだった。
「
痛みの伴う記憶であるにも拘らず、蔵人との継承戦を思い返す惺の表情に、非難や恨みの色は一切見られない。
「蔵人くんには、余裕が無いだけなんだよ。最初に会った時の
むしろ、ひどく同情的で、憐れむようでさえあった。
「……なら、尚更にタチが悪いのだわ」
「ははっ」
惺と出会った当初の自分を引き合いにされては敵わず、渋面を作る
対する惺は軽く笑った後、眉を落とし、俯いた。
「だからこそ膝を突き合わせたかったけど……どうにも僕は嫌われてしまったみたいだ。たぶん、蔵人くんが僕との対話に応じてくれることは無いと思う」
まさしくその言葉通り、七家惺では下院蔵人の心奥に触れることは出来ない。
あまりにも、似過ぎているから。
「心配だよ」
本心からそう告げる惺を尻目、様々な感情を胸の内で燻らせ、その全てを飲み込む
代わりに小さく咳払いし、やや強引に場の空気を切り替えた。
「惺。今日は
「……いいの? ありがとう、喜んで御馳走になるよ」
そんな
「ただし揚げ物は無しなのだわ。少しコレステロールを抑えなさいな。これ以上ウエストが太くなったら、健康に差し障るのだわ」
「はは……はい、気を付けます……」
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