10月12日 イベリス






 惺との継承戦にしたことで、彼のサークルだった地──楽土ラクド第二の街イベリスを得た蔵人。


 しかしギルボアとイベリスを繋ぐ街道をはじめ、あらゆる経路は未だ他者のサークル

 必然、飛び地である双方を行き来するだけでも相応のリスクが伴い、結局はギルボアに閉じ籠る選択がベターとなってしまう状態。


 先日蔵人が受け取った文書には、それを良しと思わなかったマリアリィが投じた解決策の詳細が記されていた。


 楽土ラクド全域、都合六十四ヶ所。

 集められた候補者の数だけ築かれた、点と点を繋ぐ空間転移装置。


 俗っぽい呼び方をするならば、いわゆるファストトラベル機能である。






「(ここか)」


 ギルボア南部。蔵人が最初に与えられたサークルの端、延いては街の片隅。

 人通りの無い空き地に鎮座する、大きく『LXⅢ63』と刻まれた、仰々しい鉄扉。


 その脇には、磨き込まれた黒曜石製のコンソール。

 蔵人がワンドを軽く触れさせると、周囲の魔力を吸い上げて起動し、表面に1からLXⅣ64までの数列が表示される。


「(妙に既視感のあるデザインだと思ったが、あれか。オートロックマンションのエントランスでも参考にしたのか)」


 数列は大半が暗転しており、それらを押しても反応は無い。

 起動させた者のサークル間でのみ、道を繋げることが可能な模様。


「(イベリスの中心街は……確か六十一番だったな)」


 四つのみ点灯した数字のひとつにカーソルを合わせ、決定キーを押す蔵人。

 すると鉄扉から奇妙な駆動音が鳴り響き、やがて独りでに開き始める。


 開け放たれた扉の向こうに広がるのは、明らかにギルボアとは異なる街並み。


「(……あらかじめの厳密な座標指定に加え、繋ぎ合わせる二点に同一規格の扉を設置することで計算式を簡略化しているんだろうが、それでも空間転移なんて滅茶苦茶な出力結果を自動術式で完結させるとは)」


 魔法を生み出す根幹である術式には、発動の度に魔法使い自身が魔力の注入、周辺環境情報の数値化、出力調整などをマニュアル操作で行う手動術式と、術式内に組み込まれた演算装置がそれら一切を代行する自動術式との二種類に大別される。


 演算装置が周囲から必要分の魔力を取り込む動力源の役割も担っている自動術式は、誰でも手軽に、それこそ使にも扱えるのが大きな特徴だが、ひとつの術式に組み込める装置の数には上限があり、一定以上に複雑な魔法の掌握は出来ない上、入力される数値も画一的なものとなり、著しく汎用性を欠く。

 毎回全く同じ出力結果を求める場合は非常に役立つが、少しでも融通を利かせたければ手動で各種入力を行わなければならない。


 そして空間に干渉する術式ともなると、通常であれば必要な魔力量も計算量も、演算装置で賄える領域など超えている。

 この扉を自動術式で稼働させることが適っている事実は、そのままマリアリィの術式構築能力の高さを表しているのだ。


「(頭の中にスパコンでも積んでるのかよ)」


 なお、蔵人達が持つ杖は術式という特殊な枠組に位置する。

 魔法使いの刻印と演算装置の間に魔力の通り道パイプを形成し、術式の動力源として術者を組み込むことで出力調整のみ手動操作で行う方式を作り、多少なり魔法の汎用性を向上させるというもの。

 ただし刻印の魔力を杖以外へと流せなくなるため、本来あまり使われない手法である。


 閑話休題。


「(仮に俺が同じものをゼロから作ろうと考えたら、一体何十年かかるやら……)」


 魔法は一日にしてならず。

 気の遠くなるような話に「自分には関係無いことか」と鼻で笑った後、蔵人は開け放たれた扉を潜り抜けるのだった。






 楽土ラクド南部の、東部との境界線近辺に建つ街イベリス。

 およそ三万の人口と、この世界最大の鉱山を擁する、ギルボアに次ぐ第二の人里。


「(……ここは、どのあたりだ)」


 雑踏の片隅で立ち止まり、周りの景色と脳内の地図を照らし合わせる蔵人。


 すると、死角である右側から何かと衝突し、たたらを踏まされた。


「うぉっ!? おい、気を付けやがれ! 道の真ん中で突っ立ってたら危ねぇだろ!」


 体勢を立て直した蔵人が振り返ってみれば、そこには鉱夫と思しき風体の若い男。

 早足だった男は威勢良く蔵人を怒鳴り付けるも、彼の右顔を覆う包帯に気付くや否や、申し訳なさそうに目尻を落とした。


「っと……す、すまん、見えてなかったのか。怪我は大丈夫か?」

「……ああ」


 短く返答し、すげなく踵を返そうとする蔵人。

 が、続けて何かに気付いたらしい男が、訝しげな視線を送る。


「ん? んん? ……アンタ、もしかしてか?」


 ネクタイを取り払い、首元を開けたブラックスーツという、楽土ラクドでは物珍しい格好。

 加えて、候補者の顔と名前は住民に公表されている。更に言えば既に二回戦が終了し、人数も十六人にまで減った今、初めて訪れる街でたまたま近くに居た通りすがりが蔵人の顔を知っていても、なんら不思議は無い。


「確か六十三番の……そう、カイン・クロード! 名簿で六十二番ニノマエちゃんと六十四番のエロい姉ちゃんの間に挟まってたから、よく覚えてるよ!」

「……そうか」


 嫌な覚え方をされたものだ、と薄く眉根を寄せる蔵人。

 もっとも人嫌いな蔵人の場合、どんな風に他人から認識されていたところで、大なり小なり不快に思うだけなのだが。






「ああ、そう、そうだ。シズクの旦那、アンタに敗けちまったんだっけか。まあ、あの人は優し過ぎて戦いに向いてなさそうだったもんなぁ」


 蔵人が道を尋ねたところ、案内を買って出た男について歩くことしばし。

 ロクな相槌も返していないというのに構わず喋り倒す男のマシンガントークに、判断を誤ったかと後悔する蔵人。


「旦那は残念だったが、やっぱり俺としちゃ美人の姉ちゃんが次の宗主様になって欲しいぜ。ルカちゃんか、アビゲイルちゃんか、ナツメちゃんか……あ、ナツメちゃんも二回戦で敗けちまったんだった」


 同時に、受け取る言葉が増えるに連れ、蔵人は不審を募らせていた。


 この継承戦を余興か何かと捉えているとしか思えない、男の言動に。


 まるで。


「誰が次期宗主でも構わないような口振りだな」

「へ……? いやいや、流石に誰でもいいとは思ってねぇよ! 酒場のボジィあたりが宗主になっちまったら楽土ラクドはオシマイだ!」


 ぶんぶん手と首を振り、否定する男。

 続けて、いくらか真面目ぶった顔つきとなり、胸懐を述べる。


「けどよ。アンタ含めて、どの候補者も宗主様が直々に選んだんだぜ? なら、その中の誰が後継者になったって悪いことは起きねぇさ」


 マリアリィに対する全幅の信頼と信奉が表れた私見。

 明日も今日と変わらぬ平和が訪れるのだと、微塵も疑わず信じているのだろう口舌。


「…………そうか」


 ひとまず得心は通ったのか、また黙り込む蔵人。


 けれども、気に入る返答ではなかったらしく……眉間のシワが、少し深くなっていた。






「あとはこの道を真っ直ぐ行けば着くぜ! シズクの旦那によろしく言っといてくれ!」


 長く伸びた一本道を指差した後、駆け足で去って行く男。

 かなり急ぎの様子を見るに、用事を押して蔵人の案内に手を挙げた模様。


「……チッ」


 そんな無償の親切心に対し、無性に苛立ちを感じた蔵人は、小さく舌打ちを鳴らす。


 次いで、指し示された道──その先に感じる、自分の掌握下には無い魔力の気配に、ゆっくりと目を細めた。


「(……こんな所まで何をしに来たって言うんだ、俺は)」


 おもむろに立ち止まり、自問する蔵人。


 そして。それに対する自答を導き出すよりも先に、思考を切った。


「止まりなさい」


 蔵人が独りになるタイミングを待っていた、背後から浴びせられる制止の声。

 少し前から尾けて来ていた、もうひとつの魔力の気配。


「既に止まっている」

「言葉遊びに付き合う気分じゃないのだわ」


 毛先を真っ直ぐ整えた尼そぎの黒髪、ひと目で高価と分かる着物。

 険しい表情で蔵人をねめつける、まるで市松人形のような風体の女。


「竜宮にのまえ、だったか。何の用だ」

「そっくりそのまま、質問を返すのだわ」


 草履の靴底がローマン・コンクリートに擦れる音が、静かに鳴り渡る。


「貴方が何故、ここに居るの」

「最早イベリスは俺のサークルだ。居て何が悪い」


 ぴりぴりと蔵人の肌に刺さる、強い怒気。


「……じゃあ、質問を変えるのだわ」


 振りかざしたにのまえの両掌を突き破って飛び出す、鋭利に研ぎ上がった尺骨。

 骨を操る術式によって成形された、彼女の武器。


「貴方。惺に、何をしたの」





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