10月9日 皿上の前菜






 火球が惺を襲う間際、蔵人達の死角になっていたソファの裏側から飛び出した人影。


「言ったの。にのまえは何度も言ったのだわ、惺。この戦いに参加しているのは貴方みたいな人ばかりじゃない、と」


 素早い動きで火球を、半分ほど燃え残ったテーブルの上に立つ。


「ついでににのまえはこうも言ったのだわ。むしろ貴方みたいな人の方が少数派なのよ、と」


 楽土ラクドでは極めて珍しい和装を纏った、古風な身なり。

 黒髪を尼そぎにした、まさしく市松人形が如き風体の、けれど蔵人と大して身の丈が変わらぬほど長躯な女性。


 その右手には、ちょうど腕半分ほどの長さを持った棒状の白い武器。

 ただし握っているのではなく、掌を突き破る形で直接伸びていた。


「──初めましてなのだわ、多数派の野蛮人共。にのまえの名前は竜宮りゅうぐうにのまえ。ご覧の通り『骨を操る術式』を使うのだわ」


 惺が拘束を抜け出すまでの時間稼ぎにか、あえて異形の右手を見せびらかすように振る舞い、丁重な名乗りを上げるにのまえ

 そして目論見通り、その間に惺は花の根を振りほどき、自由の身となった。


「……ハッ」


 唐突に現れた、正しくは最初から隠れていた闖入者。

 彼女の姿を左目へと捉えた蔵人は、少しだけ口の端を持ち上げる。


「なんだ。ちゃんと保険は用意してたのか」


 相変わらず抑揚の乏しい、しかし先程までよりも機嫌の良さそうな声音。

 一方の惺は、彼の杖である胸元のループタイを握り締め、にのまえの背後へと回った。


「あ、ありがとう、助かったよ……けどにのまえさん、なんでここに……?」

御前マリアリィに頼んでこっそり同行したのだわ。何事も無ければ、隠れたまま済ませるつもりだったのだけれど」


 四者四様に立ち位置を調整し、自然と形作られる二対二の構図。

 そこでにのまえの持つ武器の正体に気付いた蛍が、顔を歪めた。


「てめぇ、ソレまさか自分の骨かよ!? んなもん得物にするとか、どーゆー神経してやがんだ気色悪りぃ!」

「なんとでも言いなさい。にのまえ自身の骨を使った方が魔力的なコスパが良いのだわ」


 刃のように鋭く研がれた尺骨。

 更に注意深く検めると小刻みな振動も帯びており、それによって火球を払った模様。


「にしたってそんな、見てるこっちが痛くなるような使い方しなくても……チッ、まあいいさ。可燃ゴミが二個に増えたところで何も変わらねぇ、よ!」


 先に放った二発よりも大きく速い、三射目の火球。

 再びにのまえが払い散らすも、勢いを殺し切れず火の粉を浴び、後退させられた。


「……ここは諦めて退くのだわ、惺」

「で、でも……!」


 にのまえの諫言に食い下がろうとする惺だが、眼前へと突き付けられた骨の刃を見て、二の句を詰まらせる。


「たった二回受けただけでコレよ。刻印の魔力しか使えない筈なのに、この火力……あの女、どうして花魔法なんかに敗けたのかしら」


 刃先から四割ほどが炭化し、半ば崩れかけた骨。

 加えて、初戦を棄権したためリンボに行く機会が無かったにのまえの刻印は、ここに居る誰よりも小さい。


サークルを失くした今のにのまえに替え刃は何度も作れないし、ここの環境は触媒を用意していない惺にとって不利過ぎるのだわ」


 何より、と間を挟んでから、にのまえが蔵人を視線で射る。


「そっちに惺の提案を呑む気は無い。でしょう?」

「ああ」


 言葉短く、ノータイムでの肯定。

 とりつく島も無い態度に、惺が歯噛みする。


「もう一度言うのだわ。撤退しなさい、惺」

「…………うん」


 重々しい首肯。

 が。既に第四射の用意を済ませた蛍に、大人しく彼等を帰すつもりなど無い。


「誰が逃すかよダボハゼどもがッ! 二人仲良くバーベキューになりやがれ!!」


 現状の練度で火打石フリントの火花から一度に生み出せる最大火力を四分割した四つの火球。

 加えて、圧縮成形と遠隔操作の同時発動が出来るようになったのか、それぞれ別々の軌跡を描き、四方向から牙を剥く──筈だった。


御前マリアリィ

「はいはい」


 蔵人達の背後で小気味良く鳴り渡ったフィンガースナップと合わせて、惺とにのまえの姿が、跡形も無く掻き消えなければ。






 蛍が浮島の土台に燃え移った火を消す傍ら、蔵人がマリアリィを見遣った。


「何の真似だ」


 確かに、候補者同士のをマリアリィは推奨していない。

 していないが、本番前の小競り合いも駆け引きの一環と捉えているため、楽土ラクドの人民に危害が及ばない範囲でなら強引に止めることもしない。


 にも拘らずの、明らかな横槍。

 蔵人としては結果だけ見たなら程良い塩梅、むしろなくらいの落とし所だったが、今後似たような流れとなる度に邪魔立てされては厄介。

 手出しした理由くらいは問いたださなければ、気持ちの良い話ではなかった。


「えっと……もし交渉が決裂したら、即刻シズクのサークルまで送り返すよう頼まれてて……だから怒らないでくれると嬉しいなーって」


 前もっての依頼。あらかじめの保険。


「……そうか。まんざらバカでもなかったってワケだ」


 納得の行く答えだったらしく、眉間のシワを解く蔵人。

 怒られずに済んでホッとしたのか、マリアリィが胸を撫で下ろす。


 そのタイミングで火消しを終えた蛍が、自分への糾弾を懸念してか、蔵人に釘を刺す。


「オイ! 仕留め損なったのはアタシのせいじゃねーからな!?」

「分かっている」


 リンボで精神体が負ったダメージは肉体に反映されないが、現実世界で肉体に刻まれたダメージは精神体へと反映されるのは、蔵人自身の右目と右腕で証明済み。

 ここで惺に痛手を負わせていれば、明日の本番は幾分蔵人に有利となっただろう。

 

 だが蔵人にとって、それは精々「上手く行けば儲け物」程度の駄目元。失敗したなら、最早どうでも良い話。


 肝心な本命──惺が魔法を行使する瞬間を直に見る、という目的は達せられた。

 この皿まで足を運んだ労力の対価としては、お釣りが来るくらいの収穫だった。


「(現物まで置いて行ってくれるとはな)」


 歪な変形と半焼により、ほぼ原形を失ったテーブル。

 蔵人は燃え残った木片へと触れ、そこに残るを読み取る。


「(やはり花魔法とは似て非なる)」


 致命的な知識不足ゆえ、術式の枢要を紐解くことは今の蔵人には到底不可能。

 しかしアウトプットされた結果から、ある程度の性質を感覚的に掴むことは出来る。


「……俺達もギルボアまで帰してくれ。用は済んだ」


 手についた消し炭を払い、踵を返す蔵人。

 首肯で了承を示したマリアリィが、指を鳴らす前に、ひとつ問う。


「勝算のほどは?」

「さあな」


 あとは明日引き当てるリンボの地形と、惺の出方次第。


「……だがまあ、ここまでされたんだ」


 最後に一瞥、背後の焼け跡を眇める蔵人。


「向こうも少しは、やる気を出すだろうさ」





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る