10月3日 花片を喰らう蛍火






「人のサークルで何をしている」

「あァん!?」


 昼時だと言うのに、すっかり通行人が捌けてしまった広場。

 随分と歩きやすくなった道を往き、蛍から少し距離を取る位置で立ち止まる蔵人。


「あ! アメのお兄ちゃん!」

「またアメちょーだい!」

「アメー!」


 見知った顔に標的を変え、駆け寄って来る悪童達。


 蔵人は懐から今日の分の小遣いを引っ張り出すと、マリアリィが居る方へ放り投げた。


「「「わー!」」」

「欲望と本能のまま行動し過ぎだよキミ達」


 撒き餌を投じられた魚群の如く硬貨を追いかけ、その先でマリアリィに捕まる三人。


 併せて、二人の魔法使いが対面する。


「……てめぇが下院蔵人か」


 斜に構え、蔵人を上から下まで無遠慮に見回す蛍。

 やがてその視線は、右顔を覆う包帯で固定された。


「はん、戦う前から怪我人じゃねーかよ。ハムスターにでも引っ掻かれたか?」

「似たようなものだ」


 蛍が三歩だけ蔵人に近付き、肩に担いでいたアックスピストルを、だらりと下ろす。


「ま、出て来たんなら話は早えぇ。今すぐアタシに、てめぇのサークルを献上しな」


 既にギルボア北区という、蔵人を凌ぐ好条件の土地をサークルとして持っているにも拘らず、それだけでは足りないとばかりに要求する蛍。


「街のってのが気持ちわりーんだよ。初日から気になって仕方ねぇ」


 赤いメッシュ入りの前髪をかき上げ、不満を吐露し、低く唸り声を零す。


「まーじストレスだぜ。ストレスは肌にクる。アタシの玉肌が荒れちまう前に寄越しな」


 要は己の精神衛生を保つため、今すぐ街が丸ごと陣地に欲しいらしい。

 近くに居た両親へと子供達を引き渡したマリアリィが、曖昧に苦笑する。


「てめぇだって分かってるだろ? 花だかなんだか知らねーが、そんな下らねー魔法じゃアタシに敵うワケねーってよ。継承戦とやらの当日まで引っ張るだけ無駄だ無駄」


 ローマン・コンクリートの舗装路を、ふらふらと揺れる斧の刃先が掠める。

 その際に生じた火花が、小火となって弾けた。


「とーぜんタダとは言わねーよ? 大人しく明け渡せばデートくらいしてやっからさ。やり合ったって結果は見えてんだ、悪い条件じゃねーだろ?」


 左目だけで蛍を見据えつつ、ひとまず彼女が喋り終わるまで黙っていた蔵人は、話が途切れて数拍の間を挟んだ後、深く静かに溜息を吐き出した。


「物事の下る下らないは捉え方次第だ」

「あ?」

「お前の魔法がどれだけ強く、俺の魔法がどれだけ弱かろうと、それだけで勝敗が決定付けられるワケではない」


 ワンドの先で、コツコツと足元を叩く蔵人。


「人間とは最も醜悪な生き物だ。人間が持つ最も強い感情は悪意だ。このちっぽけな頭蓋の中から世界さえ滅ぼすような兵器だって生み出せる。そんな存在が魔法などというオモチャを手にすれば、それがどんな代物であれ命を奪うくらい容易い」


 あえて鼻で笑うように、口舌を紡ぐ。


「いかにも軽そうなお前の脳みそでは、こんな簡単なことも理解が難しいか?」

「──よし分かった。もうオネガイはしねぇ」


 一段、蛍の声のトーンが下がる。


「ちょっとイイ男だったから、折角ガラにも無く穏便に済ませてやろうと思ったのによ」


 六角形の銃口が、蔵人の正中線を捉える。


「恨むなら──痛い目見なきゃ立場も弁えられねぇ、バカな自分を恨むんだな!」






 蛍がアックスピストルの引き金を絞ると同時、打ち下ろされたハンマー先端の火打石フリントから真っ赤な火花が散る。


「発破ァッ!」


 その僅かな火種を術式によって何百倍にも膨れ上がらせ、発射される拳大の火球。

 蔵人が横っ飛びにそれを躱すと、直進した火球はマリアリィが広場に張り巡らせた空気の壁と衝突し、かき消えた。


「はいはい、見物するなら前の子達は座って座って。あ、そこ、お金を賭けないの」

「ハッ、なんだよ居たのかソーシュ。賭けるんだったらアタシにしときなァッ!!」


 そこで初めてマリアリィの存在に気付くも、止めに入る様子が無いと判断したのか口角を吊り上げ、アックスピストルを振り下ろす蛍。

 舗装路を跳ね返った刃先が新たな火花を作り、薙ぎ払うような火炎が蔵人に迫る。


「……?」


 その光景に薄く怪訝な表情を浮かべつつ、蔵人は懐から小袋を出し、中身をバラ撒く。


 数百粒の、花の種。


「〈花盾はなたて〉」


 セメントのヒビ割れに潜り込んで根を張り、炎の軌道を塞ぐ形で伸びて行く鈴蘭。


 だがしかし。盾として用いるには、あまりに脆過ぎた。


「ハハハハッ、てめぇホントにバカだな! わざわざ燃やすもんを寄越しやがって!」

「(……やはり今ひとつ使い辛い)」


 着火するや否や瞬く間に燃え広がり、焼け落ちる鈴蘭の生垣。

 反面、燃料を得た炎は、一層に火勢を増す。


「このまま囲んで熱中症になるまで炙って──」

「〈花檻はなおり〉」


 辛うじて燃え尽きる前に結実まで育ち切り、数十倍に増えた種。

 僅かに保てば構わない心算で多量の魔力を注ぎ込み、半ば枯れながらも蛍の四方を覆うドームとなり、彼女を閉じ込めた。


「なんだァ!? 鬱陶しい、焼き尽くせ!」


 蔵人に矛先を向けていた炎が翻り、檻を焼き払いに向かう。

 その隙に蔵人は空気の壁際まで退き、すぐ向こう側に居るマリアリィと背中越しで視線を合わせた。


「どうなっている」


 短く問うたのは、蛍の魔法の異常な威力について。


 サークル外に居る今の蛍は、術式に注ぐ魔力の全てを自身の刻印から賄わなければならない。

 仮に同じことを蔵人が実行するならば、小さな花を数株咲かせるのが精一杯だろう。


 それを、たった一撃なら兎も角、二度も三度も魔法らしい魔法を使っている。

 少なくとも蔵人が持つ知識と情報の限りでは、得心が通らない話。


 問いを向けられたマリアリィは、フードの奥で眼鏡を掛け直すと、説明を始めた。


「あの子の使う魔法……『火を操る術式』は、私が用意した六十四種の中でも屈指の攻撃力と、三指に連なる魔力変換効率を持ってる」


 燃焼という極めて単純かつ強大な化学反応の操作。

 十の魔力を注いでも魔法へと昇華される頃には六割か七割程度まで減衰する蔵人の術式とは違い、蛍は十割に近いままでの行使が可能。

 何かに着火すればとしての後押しも受けられることから、派手な外見とは裏腹に燃費の良さも頭ひとつ抜けている。

 加えて、火炎は魔力が含む毒素の影響を受けないため、出力調整も大雑把で構わない。

 

「それと、こっちの理由も大きいんだけど……」


 言葉の最中にマリアリィが指差したのは、花檻はなおりを焼き切って抜け出てきた蛍の刻印。

 へそ下に浮かび上がる、幾つも織り重なった格子模様。


「あの子、魔力との親和性が物凄く高いんだ。たったで刻印が定着した上に成長速度も滅茶苦茶でさ。純粋な魔法使いとしての才能は、たぶん候補者の中でもダントツだよ」

「そうか」


 刻印の大きさと色味の濃さは、蓄積されている魔力量の目安。

 概ね自分の七倍か八倍だろうと目算しつつ、蔵人は再び前に出た。


 燃えてしまった鈴蘭が遺した種をひと掴み拾い上げ、一足一刀の間合いまで肉薄する。

 ここまで接近すれば、蛍も大火力は扱えない筈だという目論見。


「舐めんなァッ!」


 一喝した蛍がアックスピストルを構え、銃口を起点に熱を収束させる。

 程なく形成されたのは、バーナーのように細く鋭い炎の切っ尖。


「遅い」


 が、それを作るための一瞬を突かれ、蔵人に先制を許してしまう。

 手中の種が、蛍へと直接浴びせられた。


「〈花縛はなしばり〉」


 空中で萌芽を遂げ、茎葉を伸ばし、五体を縛り上げる鈴蘭。

 アックスピストルを振りかぶったまま動きを止められた蛍が、苛立たしげに呻いた。


「てん、めぇっ」

「勝負ありだな。大人しく引き上げるなら、拘束を解いて──」


 響き渡る炸裂音と、衝撃波。

 杖の先端に凝縮された炎が、二人を諸共に巻き込み、爆ぜる。


「ッが……!?」

「バカが! 自分を焼かねーようにするくらい、出来るに決まってんだろーが!!」


 熱風に吹き飛ばされ、舗装路を転がる蔵人。

 暫し平衡感覚を失い、立ち上がろうと身を起こした瞬間──拘束を抜けた蛍に、こめかみへと銃口を突き付けられた。


「これが本当の勝負ありってな。そら見ろ、やっぱり下らねぇ」

「ッ……」


 雑な一撃で、あっさりと形成逆転。

 飛ばされる際に杖を手放してしまい、最早蔵人には反撃の手段すら残されていない。


「ゲームセット。ま、カワイソーだから火傷くらいで許してやるよ」


 勝ち誇るように薄ら笑い、絞られる引き金。

 打ち下ろされたハンマー先端の火打石フリントが、火花を散らす。


「…………あぁ?」


 けれど。銃口から噴き出る筈の火炎が、いつまで経っても熾らない。

 蛍が不審げに眉をひそめる中、蔵人は予想通りだと言わんばかり、鼻で笑った。


「魔力切れだ。算数の勉強からやり直せ」






 蛍がマリアリィの説明不足に対する文句を散々吐き散らかして帰った後、いつも通りの賑やかな往来が再開される目抜き通り広場。

 通行人の幾らかは、つい先程に間近としたばかりである候補者同士の前哨戦について、興奮冷めやらぬ様子で話し合っていた。


「ああいうタイプの娯楽には乏しいからね。悪く思わないであげて」

「そうか」


 ともすればサーカス扱いの空気を苦笑混じり擁護するマリアリィに、いつも通りの素っ気ない態度で返す蔵人。

 別段、気を悪くしたワケではない模様。


「それにしても、よくあの子の魔力残量を把握してたね?」

「そんなもの知らん」

「え」


 あの状況で銃口を向けられようと眉ひとつ動かさなかったため、てっきり安全を確信していたのだと思っていたマリアリィが、目を点にする。


「さっきのは本当に瀬戸際だった」

「えぇ……じゃあ、もしあの子に、もう一発分だけでも魔力が残ってたら……」

「重傷で本番に臨む羽目になったな」


 まるで他人事のように、どうでもよさそうに、淡々と蔵人は告げる。


「元々まともに当たれば百にひとつも勝てん相手だ。ああなるのが当然だろう」


 ──だが、と蔵人の声色が少し変わる。


「収穫はあった。布石も打った」


 先程は使わなかった花の種が詰まった小袋を、掌の上で弄ぶ。


「次やる時は、十にひとつくらいなら勝てそうだ」





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