10月2日 来訪






「やあクロード。調子はどうかな?」


 昨日今日と続けて刻印の魔力が尽きるまで魔法を行使し、その疲労回復の退屈凌ぎに白い本の文面を眺めていた蔵人。

 そんな中、魔造メイドから来客を伝えられて一階の応接間へと赴けば、そこには初戦前日まで最後の候補者の側に付いている筈のマリアリィの姿があった。


「何故居る」

「実は昨日の昼頃「話が長くて鬱陶しい!」って追い出されてね」


 開催宣言が一昨日の夜半であったことを踏まえると、半日ほどで放逐された計算。

 六十四番は、随分と剛毅な気質らしい。


「それで時間ができたから、他の候補者諸君を見回ってたんだ。キミでラスト」

「そうか」

「ついでだし、このまま初戦前日くらいまで居させて貰っても構わないかな? キミだけ一日短くしちゃったこと、結構気にしてたんだよ」

「好きにしろ」


 相変わらずの調子で返した後、ふと思案する様子を見せた蔵人。


「なら、アイツは回収するのか」

「え? ああ、魔造メイド?」


 スケジュール遅延の穴埋めにと渡された使用人。

 それを本来の形で補填するなら、そういう流れになっても理屈としては通る。

 相応の時間と労力を費やし造り上げたものとなれば、尚のこと。


「一度──」


 マリアリィが口を開いた直後、がしゃん、と鳴り渡る甲高い音。

 二人が振り返ると、話題の張本人の足元に茶菓子と割れた皿の破片が散らばっていた。


「申し訳ありません。すぐに片付けて、代わりを用意いたします」


 そろそろ一週間になる楽土ラクドでの暮らしの中で初めて見た、魔造メイドの失態。

 怪訝そうに彼女を見る蔵人だが、やがてマリアリィへと向き直り、先を促す。


「一度あげたものを返せとは言わないよ。要らないなら話は別だけど」

「そうか」


 しばし挟まる沈黙。

 取り替えたばかりの真新しい包帯に触れながら、蔵人は言葉を続けた。


「だったら、貰っておく」






「私、開催宣言と合わせて、初戦の組み合わせも告知したじゃない?」

「ああ」

「数人の子達から、フルネームを出したことを物凄く怒られてさ……」

「だろうな」


 恐らく羅列の中に紛れても人目を寄せる、個性的な名前の面々だろう。

 忌まわしき過去のしがらみを振り切った異世界にて、その呪縛を再び突き付けられたとなれば、青筋を立てるのも無理からぬ話。


「──先程は大変失礼を。改めて、お茶をお持ちしました」


 手早く掃除と後始末を済ませ、新しいティーセットを運んで来た魔造メイド。

 茶菓子に好物でも入っていたのか、マリアリィが嬉しそうに口元を綻ばせる。


「ありがとう壱號」

「申し訳ありませんマイスター。呼称の訂正をお願い致します」

「うん?」


 思いもよらなかった返しに、首を傾げるマリアリィ。


「四十時間三十八分前、クロード様より『レティシア』の名を与えていただきました。以後、そのようにお呼び下さい」


 ぱちぱちと目を瞬かせながら、蔵人へと向かうフード奥の双眸。


「名前付けたの? 愛着を持ってくれてるのは良いことだけど、なんか意外だな。そういうタイプだったんだ」

「人前で壱號と呼ぶ俺の身にもなれ」

「あー」


 腑に落ちた様子でマリアリィが手を叩く傍ら、配膳する魔造メイド──レティシアを見遣る蔵人。


 片方だけの視線の先には、黒基調の衣服とは対照的な白皙の指先。

 レティシアの皮膚は柔らかくも頑丈に仕立てられているため、陶器やガラスの破片に触れた程度で傷付くことは無い。


 それを検めた後、蔵人は椅子の背もたれに身を傾け、静かに息を吐くのであった。






「わー。これはなんとも綺麗な菱形。定規で線を引いたみたいだ」


 蔵人の掌に浮かぶ刻印を撫でながら、角度を変えて観察するマリアリィ。


「昔、刻印の形で性格診断するのが流行ってね。角形は神経質とか、丸形は大雑把とか。キミの時代で言うところの血液型占いや星座占いに近いかな」

「そうか」


 占いの類いには関心が薄いらしく、どうでもよさそうに返す蔵人。

 もっとも彼の場合、大抵この調子だが。


「にしても掌とは珍しい。大抵は胴体のどこかに出るんだよ。私みたいに背中とか、心臓の上とか、へそ周りとか」

「胴以外だと不都合でもあるのか」

「別に何も。むしろ便利なんじゃない?」


 刻印は魔法の起点。それが浮かび上がる手を狙うべき方向へとかざせば、標的を定めるイメージも随分やりやすいだろう。


「そういう意味合いだと、眼球が一番だね。視線がそのまま照準になる」


 まあ結局のところは慣れなんだけどさ、と笑うマリアリィ。

 そこで一旦会話が途切れ、今度は蔵人が話題を切り出す。

 昨日以降から、ちょうど彼女に尋ねておきたいことがあったのだ。


サークルの外で、サークルの魔力はどうやって使う」

「それは無理だよ」


 過去に同じ問いを何度も受けていたのか、ほぼ間を置かず返る答え。

 だがしかし、そうなると連鎖的に別の疑問が生ずる。


「なら俺達は、どうやって戦う」

「うん、当然そこは気になるよね」


 片方が圧倒的不利を被るか、或いは双方のサークル外での相対となるのか。

 どちらにせよ、喉に小骨が刺さるような話である。


「継承戦の舞台は、実在する場所じゃないんだ」


 マリアリィが指を鳴らすと、カップから立ち上る湯気が不自然に揺らめき始める。


「キミ達の精神だけを肉体から分離させて、に送る」


 やがて丸盆を模り、デフォルメされた二人のヒトガタが、その上に乗って戦い始めた。


「つまり五感を完全再現したVRか、超リアルな夢か……どっちもだいぶ違うけど、兎にも角にも肉体はサークルの中に留まったままだから、共々に十分な魔力リソースありで対戦に臨めるワケさ。勿論、魔法に必要な触媒も、ちゃんと持ち込めるよ」

「……そうか」


 疑問は一応氷解するも、アテが外れたとばかり眉間にシワを寄せる蔵人。

 やはり事前に他候補者と接触するのはリスクが大きいか、と思惑を切って捨てた。






 しかし翌日──その機会は、意外な形で訪れることとなる。





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