10月1日 杖の格差






 六十三番目の候補者のため用意された家宅。

 その裏庭で、三日ぶりにワンドを取り、静かに佇む蔵人。


「(寄越せ)」


 サークルから刻印へと魔力を吸い上げ、杖に流し込み、術式を励起。

 植えたばかりの花の種に、しっかりと矛先を定める。


「ッ……」


 塀の向こうから響く喧騒すら聞こえなくなるほど深く沈み込んだ意識。

 過度な集中によって、冷や汗が頬を伝う。


 魔力の浸透を阻害する細胞分裂が活発な根付きの花は、切り花よりも操作の難易度が高い。種子に対しても同じことが言える。

 延いて複数種を一斉に操るとなれば、術式出力の許容誤差は針穴にも等しい。


 ──だが。覚醒から数日を挟んだことで、蔵人の刻印は完全に肉体へと定着した。


 左掌に浮かぶ菱形模様。

 マリアリィの背中を覆う翼と比べれば貯蓄量など雀の涙も大概だが、ようやく確かな形を得た、まぎれも無い魔法使いの証。


 前回までは漠然と全身に伝わせる感覚だったイメージを刻印への一点集中に切り替えたことで格段にスムーズとなった魔力の流れ。

 以前は半分近かった変換ロスも、ひと回り多く熱量を保ったまま昇華させられている。


「咲け」


 杖先で足元を突き、それを合図にアウトプットされる魔法。

 無数の新芽が黒土を押し除け、瞬く間に葉となり花となり、みるみると伸びて行く。


「〈花柱はなばしら〉」


 同種同士で螺旋状に絡み合い、蔵人を取り囲むように形成される五本の花の柱。

 述べ五秒ほどの末、術式に注いだ魔力が尽き、その全てが成長を終え、静まり返る。


 暫し息を整えた後、蔵人は周囲を見渡し、自身が世界に与えた不自然の成果を検めた。


「(……薔薇は駄目か。使えれば拘束や攻撃に便利だったが)」


 鮮やかだった色彩を失い、カラカラに乾涸び、屑となって崩れ落ちる一本。

 失敗と言うより、花そのものが魔力の毒素と急速過ぎる成長の負荷に耐えかねた模様。


「(鈴蘭とダチュラは、育ちが遅いな)」


 散花こそ免れたものの、思い描いた大きさまで届かなかった二本。

 出力は適切だったため、単純に魔法行使が短時間過ぎて魔力量が不足していた様子。


「(逆に夾竹桃きょうちくとうは育ちが良過ぎる)」


 均等な螺旋を編まず、頂点も二メートルを超えてしまった一本。

 次は少し抑えれば、もっと綺麗に纏められるだろう。


「(差し当たり過不足なかったのは、こいつだけか……)」


 きっかり蔵人の身長と同じ高さで止まり、茎葉が整然と編み込まれた一本。

 その円柱を織り成すのは、美しい紫色の、しかし自然界でも屈指の毒性を孕んだ花。


「(……まあ、雑草よりは役に立つか)」






「庭にある花の柱は全て毒だ」

「かしこまりました。手入れの際は用心いたします」


 魔造メイドに上着を預け、テーブルへと着く蔵人。

 ハーブティーとローズジャム付きのスコーンが、ほぼ音を立てずに並べられた。


わたくしは浴室掃除と洗濯をしておりますので、御用件がありましたら、お呼び下さい」

「ああ」


 一礼と共に立ち去る背中を尻目、スプーンでジャムを掬い、そのまま舐める。

 特別甘味が好物というワケでもない蔵人だが、魔法の発動には高い集中力が必要で脳を酷使するため、糖分が欲しくなるのだろう。


「(……どうするか)」


 ひと心地ついたところで、先程の光景を反芻しながら蔵人は思案に暮れる。


 四日後に執り行われる初戦の会場は当日案内。

 つまり予め何かしらの仕込みを行うことも叶わず、身ひとつで臨まなければならない。


 その上、手持ちの術式カードは著しく攻撃性に欠け、しかも杖を所有する制約のひとつとして魔法以外による加害行為も不可能という枷付きの有様。


「(打てる手も多少、あるにはあるが)」


 咄嗟の状況下で魔法行使に費やせる猶予を五秒程度と仮定し、マリアリィから貰い受けた花の種を用いての確認作業。

 それにより、か細くも確かな光明を見出した蔵人だったが……。


「(相手が悪い。正確には相手のが悪い)」


 蔵人の初戦の相手は六十四番。楽土ラクド継承戦における最後の候補者。

 早い話、選定の間で蔵人が選ばなかった杖を持つ魔法使い。


「(残り物には福、か。マリアリィめ、上手いことを言いやがる)」


 対戦表に記されていた術式の名は『火』。

 太古の人類に文明の第一歩を与えた道具であり、同時に生態系の最上段へと導いた原初の兵器を操るチカラ。


 内包する杖の奇天烈な外観を差し引いてもなお、最後まで誰にも選ばれなかったことが不思議なほど強力かつ用途の広い術式。

 無難に扱うだけでも、他六十三種の半数以上は完封してしまえるだろう。


 ──語るに及ばず、花魔法との相性は最悪に等しい。


「(ひとまず十枚落ち、といったところか)」


 一応、対抗策は既に蔵人の脳内へと浮かんではいる。

 けれど、そこに持ち込むまでの段取りを組むのは、なんとも骨が折れそうだった。


「(せめて一度、実物を見ておきたいが)」


 悩ましいことに、サークルから魔力を引き出せるのはサークル内に居る間だけ。

 マリアリィのスタンスを考えれば、継承戦の際には双方が対等の条件で立ち合えるよう取り計らう筈であり、つまりそれはサークルの外でもサークルの魔力を使う手段があるという結論に繋がるも、残念ながら今の蔵人はその方法を知らない。


 迂闊に相手のサークルへと乗り出せば、場合によっては文字通りの大火傷。

 ただでさえ怪我人の身だと言うのに、これ以上のハンデを負うのは愚策。


「(……ともあれ、今日明日は調整と確認に専念だな)」


 そう呟き、思考に一旦結論をつけた蔵人はハーブティーを口に含む。

 雑味の無い、とても丁寧に淹れられたものだった。





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