9月35日 楽土継承戦・開催宣言
「傷口に触れさせていただきます」
「ああ」
丁寧に巻かれた包帯を外し、ガーゼで傷を拭き、新しい包帯へと取り替える。
「お加減は」
「……まあまあだ」
もうしばらくあれば完全に癒えるだろうと、包帯を撫でつつ蔵人は予想する。
「茶を」
「かしこまりました」
が、流石にまだ喋ると痛む。その上、右腕も本調子では動かせない。
故に自分の口数が少なくとも何ひとつ不満を漏らさず、忠実に家事全般をこなしてくれる魔造メイドの存在は、今の蔵人にとって実のところ有難かった。
「……おい」
「はい」
そんな思案の最中、ふと思い至った疑問を投げ掛ける。
「お前、名は」
「ありません」
マリアリィは、あまり被造物への名付けをしないのだと。
言われてみれば、この世界も住民達の命名だったな、と思い出す蔵人。
「現存する魔造メイドは
「……そうか」
天上の三連太陽が一時間かけて灯火を消し、以降は星明かりが瞬き始める。
「?」
そんな夜半、何をする気も湧かず、しかし眠る気にもならず、内容など分かりもしない白い本を流し読んでいた蔵人。
しかし、ふと違和感を覚え、寝そべっていた身を起こすと、その瞬間は訪れた。
〔──こんばんは、諸君。まずは、このような夜分の通達になってしまったことを深くお詫びさせて欲しい〕
鼓膜ではなく、脳へと直接響いているような声。
妙な感覚に多少の気持ち悪さを覚えつつ、紡がれる言葉に意識を傾ける。
〔私は
平時とは違う、荘厳を帯びた語り口。
言葉だけで、統治者という肩書きに恥じぬ波動を魂へと染み込ませる、上位者の風格。
〔現在時刻をもって、六十四人の継承候補者が出揃った〕
ちらと時計を見遣れば、二十一時過ぎ。
今回の候補者探しも、なかなかに苦戦した模様。
〔
ともあれ──いよいよ、本懐。
〔では早速ルール説明と行こう。と言っても、難しいことは何も無い〕
少し語調を軽くし、空気を和らげるマリアリィ。
言葉尻に合わせて指を鳴らすような音が鳴り、蔵人の視界に今見えているものとは別の映像が流れ込む。
〔候補者諸君には、かねてから伝えてあった通り、
六十四の
〔選定方法は至ってシンプル。一対一の勝ち抜き戦〕
続けて
〔これが初戦の組み合わせだ〕
一 『無』 ガルシア・ベル
二 『時』
三 『電』
四 『磁』
五 『光』 ニア・サリバン
六 『壊』
七 『渇』 カロス・ケラー
八 『止』
九 『土』
十 『削』
十一 『金』
十二 『虫』
十三 『水』
十四 『鳥』
十五 『黴』 ショコラ・ヤダヴァ
十六 『幻』 ハリー・ノア
十七 『魚』
十八 『穿』 トーマス・マッケンジー
十九 『遮』
二十 『重』
二十一『溶』 アビゲイル・タッカー
二十二『鉛』
二十三『運』
二十四『腐』
二十五『奪』 ニール・ワッツ
二十六『塩』
二十七『砂』 サンドラ・スチュワート
二十八『石』
二十九『圧』
三十 『人』 カリーナ・オーウェン
三十一『銀』
三十二『風』
三十三『引』
三十四『斥』 メイナード・ルブラン
三十五『断』 アレクシス・セルゲイ
三十六『泥』
三十七『罅』
三十八『振』
三十九『油』
四十 『錆』 サシャ・ステイン
四十一『鉄』
四十二『獣』
四十三『朽』 マイ・フランク
四十四『音』
四十五『煤』
四十六『毒』
四十七『糸』
四十八『紙』 ヒューバート・メトカーフ
四十九『凍』
五十 『肉』
五十一『爆』
五十二『弾』
五十三『歪』
五十四『血』 イヴァナ・マクスウェル
五十五『眠』
五十六『回』
五十七『愛』
五十八『怖』
五十九『酒』
六十 『縮』 パトリック・ダーリン
六十一『木』
六十二『骨』
六十三『花』
六十四『火』
〔決着の判断基準は、相手の戦闘手段を奪うか、敗北を認めさせるかの二点……殺してしまった場合は、その双方を満たしたものと判断する〕
緒戦では条件の近い者同士が当たるようにするための計らいか、綺麗に横並びとなった候補者達の番号。
ほぼ末尾に己の名を見付けた蔵人が、いくらか表情を険しめる。
〔勝者は敗者の
組み合わせ表の最後には、初戦の日取りも記されていた。
新暦百年、十月五日──今から五日後の、十三時。
場所については、当日案内。
〔魔法使い同士が衝突するこの戦いは、勝つにしろ敗けるにしろ、少なからず苦痛を伴うものとなるだろう〕
だから、と一拍の間が挟まる。
〔もし棄権を望む者が居るなら、当日までに伝えて欲しい。私はキミ達の自由意思を尊重すると約束しよう〕
その言葉を最後、元通りとなる視界。
気持ちの悪い耳鳴りも、段々と薄れ始める。
〔それでは諸君。どうか後悔の無い選択を〕
静けさが戻った室内にて、蔵人は身じろぎもせず、じっと天井を見上げる。
「タイマン、か」
いくつか蔵人が想定していた中で、一番無いと思っていたもの。
統治者の選定方法とするには、およそ合理性が感じられぬ手段。
「…………」
だが、しかし。
そんな懐疑など、頭の隅に追いやって。
「────くはッ」
胸中から溢れかえる愉悦のまま。
蔵人は、嗤った。
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