11 ミドカブキー




扉のベルが鳴った。


西村川が店内を見ると痩せた小さな男の子が立っていた。

その子は薄い緑色の病衣を着て、

片手には戦隊物だろうか緑色のソフビ人形を握っていた。


「いらっしゃいませ。」


と西村川は彼に近寄り腰を下ろして微笑みかけた。

男の子ははっとした顔をする。


「あの、ここってどこ?」


彼はぽかんとした顔で彼女を見た。


「服屋さんよ、沢山あるでしょ?」


彼はきょろきょろと周りを見た。


「女の人の服?みんなすごく綺麗だね。」


と言って彼は笑って西村川を見た。


「さあ、僕はどこから来たの?

私は西村川と言うの、マダムって呼んでね。」


そう言うと彼は少し戸惑った顔をした。


「ボクは力也って言うんだけど、病院にいたはずだけど……、」


西村川は彼が持っている人形を見た。


いわゆるソフビ人形だ。

変身物のソフビの様で勇ましい格好をしている。


「力也君、このお人形ってどういう名前?

格好良いわね。」


彼の顔がぱっと明るくなる。


「これね、銀河五人衆スターライツ大波おおなみ戦隊!カブキンジャーって言うんだよ!

おばさん、知ってる?」

「おばさんじゃないわよ、マダムよ、

それでカブキンジャーねぇ、知らないわ。」

「宇宙船に乗って銀河の平和を守ってるんだよ。

それで地球に来てここの平和も守るんだ。」

「その人達の一人がこの人?」


西村川が緑のソフビを見る。


「そうだよ、ミドカブキーって言うんだ。」


力也は人形を見てにこにこと笑った。


「この人が主役なの?」

「ううん、違う。アカカブキーが主役。」

「あら、普通赤とかみんなは好きなんじゃない?」


少し力也の顔が暗くなる。


「最後の必殺技を使うのはやっぱりアカカブキーだけどさ、

お父さんがミドカブキーや他の仲間もいないと

必殺技は出ないと言ったよ。協力だよ、協力。」


西村川がほほと笑って椅子を持って来た。


「お父さんがおっしゃった事はその通りよ。

主役の人だけじゃ敵は倒せないわね。」

「そうだよ、お父さんはそう言う人は縁の下の力持ちって言った。

目立たないけどいないとみんなが困る人だって。

だからボクは緑が好きなんだ。

それで病院の服も緑にしてって言ったの。」


と力也は自分の姿を見た。

そして彼は椅子に座り足をぶらぶらとさせた。

足が下まで届かないのだ。

その近くに彼女も座る。


「でもね、カブキンジャーは結構前の特撮なんだよ。」

「そうなの?」

「うん、最近は合成を緑の幕の前でするから

緑の役がいると手間がかかるから少なくなったんだって。」

「詳しいのね。」

「お父さんから聞いた。

でもボク、いっぱい知ってるよ。

ずっと病院だったからお父さんやお母さんが

ブルーレイを持って来てくれたんだ。」


彼女は力也の病衣を見る。

そしてその姿だ。

小学生ぐらいだろうか。小柄で痩せている。

なにかしらの病気を患っていたのだろう。

ちらと彼女が彼を見る。


「なかなか渋い事を言うわね。

普通の子は赤が良くて目立ちたいんじゃないの?」

「ボクは病気だからそんなに動けないし。」

「大変な病気なの?力也君はどこか体が悪かったの?」

「うん、心臓が生まれつき悪かったんだ。だから何回も手術した。」

「まあ、そうなの、大変だったわね。」

「うん、」


力也が前を見た。


「でもお父さんが力也ならちゃんと頑張れる、

出来るって言ったからボクはいつも頑張ったよ。」


まっすぐな顔だ。


「そう、偉いわね。

頑張ったのは力也君と話していると私も分かるわ。」

「直樹も力也なら出来るって言った。」

「直樹君?」

「うん、直樹も入院していたんだ。

一緒に特撮も見たよ。

直樹はいつも赤が好きだったな。」


彼の顔が寂しげになる。


「もしかしたらその直樹君って、」

「うん、ちょっと前に死んじゃった。」

「そうなの……。」


しばらく二人は何も言わない。

そして力也は俯いた。


「……ボクもダメだったんだよね?」


西村川がはっとする。

そしてすぐに彼の横に腰を下ろして彼の手を握った。

そこにはミドカブキーの人形がある。


「どうしてそう思うの?」


彼は顔を上げた。


「お父さんとお母さんが泣いていたから。」

「……、」

「ボク、頑張ったけどダメだった。

お父さんとお母さんを泣かせた。いけない事をした……。」


彼の眼から涙が溢れる。

西村川は彼をそっと抱きしめた。


しばらく彼は大声で泣いていたが、やがて顔を上げた。


「やっぱりボクは悪い子だよね。」


だが西村川は首を振った。


「全然悪くないわよ、

人生には頑張ってもだめな時ってどうしてもあるのよ。」

「そうなの?」


西村川がハンカチを出して彼の顔を拭った。


「ボク、何度目かの大きな手術をしたんだ。

先生が世界でも受けた人はほとんどいない手術と言ったけど、

ボク、受けたいって言ったの。

お父さんとお母さんは迷っていたけど。」

「自分の体の詳しい話は力也君はいつも聞かされたの?」

「ボクが聞きたかったから。

ボクは子どもだけど昔からこんな風だったら

だいたい何かあると思うよ。

だからお父さんやお母さんもちゃんと話してくれた。」

「ご両親も立派な方なのね。」

「でもやっぱりお父さんとお母さんの言うことを

聞けば良かったかなって、泣いていたから……。

失敗しちゃったよ。」


西村川が彼の手に触れた。


「自分が決めた事だから間違っていないと思うわ。

治りたかったんでしょ?」


彼は頷いた。


「それに失敗したと言ったけどそうじゃないと私は思うのよ。」


力也が彼女を見た。


「人ってね、意味もなくこの世に生まれているんじゃないの。

どの人も必ず理由があって生まれて来たと私は思うの。

力也君は小さな頃から病気で動けなかったけど、

それも意味があると思うのよ。」

「辛くても?」

「それは可哀想だと思うわよ。

手術を受けて力也君は悲しい事になってしまって

泣いている人が沢山いるけど、

その結果は無駄になると思う?」


力也は首を傾げた。


「よく分からない……。」

「多分力也君と同じ病気の人が手術を受ける時に

参考になるはずよ。

もしかしたら次受ける人は力也君の結果から研究して

命が助かるかもしれない。」


力也は西村川を見た。


「力也君は命を懸けて次の人達の縁の下の力持ちになったのよ。

あなたがいたから後の人が助かるのよ。」


力也は手に持ったミドカブキーを見た。


「緑、ミドカブキー?」

「ミドリキヤーよ。格好良いわね。」


力也は椅子をぱっと降りると歌舞伎のようなポーズを取った。


銀河五人衆スターライツ大波おおなみ戦隊!ミドリキヤー、参上!」


それはその特撮番組の決めポーズなのだろう。

力也の顔は真剣だった。


「おばさん、格好良い?」


顔を赤くして力也が言った。


「おばさんじゃないわよ、マダムよ。

物凄く格好良いわよ。」


と西村川が拍手しながら言った。

力也は照れながら笑い出した。


「力也君は小学生かしら。」

「うん、今年一年生になった。」

「学校には通った?」


彼は首を振った。


「入学式は出たよ、ちょうど退院していたから。

でも一週間ぐらい行ったらまた入院だった。」

「まあ、淋しいわね。」

「でもクラスの友達が手紙をくれたよ。」

「良かったわね。」


彼が思い出すように遠くを見た。


「入学する前に学校から運動会を見に来て下さいって

招待状が来たんだよ。

だからお母さんが連れて行ってくれたんだ。

大きいお兄さんやお姉さんが騎馬戦をやっていて

ちょっと怖かったな。

かけっこも見たよ。」


西村川が少し笑う。


「それで一年生の子が玉入れをしたんだ。

お母さんが来年入学したら力也もあれをするのよと言ったんだよ。

玉入れする前に踊るの。」

「踊るの?」

「チェッチェッコリーって、こんな感じ。」


力也がおしりを振って踊り出した。


「あら可愛い踊りね。」

「大人も踊ってたよ、おばさんも踊ろうよ。」

「おばさんじゃないわよ。」

「マダムだ。」


力也はははと笑うと座っている西村川の膝に飛びついた。

苦笑いしながら彼女も立ち上がり踊り出した。


「こうだよ、腰に手を当てておしりふりふり、」

「ふりふりなの?」

「そうそう。」


しばらく二人はその場で踊る。


「もうだめ、息が切れるわ。」


と彼女は椅子に座った。


「ボクは何ともないよ、ダメだなあ。」


と力也が笑う。

そして彼ははっとした。


「全然苦しくない。」


西村川がそれを見た。


「もう苦しくならないわよ。かけっこも出来るわ。」

「えっ、出来るの?」

「ええ、一番も取れると思うわよ。」

「とれるかな?

かけっこの時、知らないお兄さんだけど、

拍手して見ていたらメダルをボクにくれたよ。格好良かった。」

「良いお兄さんね、次は自分で取れるわよ。」

「ならボクも小さい子にあげようかな。」

「いいんじゃない。」


西村川が彼に頭を下げた。


「ならば服をご用意いたしましょう。

どのような服をお召しになりたいでしょうか?」


力也が首を少しひねる。


「体操着はどうかしら?」


西村川が言うと彼の顔が明るくなった。


「うん、運動会できるやつ。

入学の時にお母さんが用意してくれたけど一度も着なかったし。」

「力也君が通った学校はどこ?

学校によってデザインが違うものね。」


力也が彼女の耳元で囁く。


「分かりました。少々お待ちください。」


彼女が奥に下がりしばらくするとパッケージに入ったままの

体操着を持って来た。


「うわー、すごい。」

「自分で開けてごらんなさい。」

「うん。」


彼がパッケージを開けると体操着にはちゃんと名前が書いてあった。


「名前が書いてある。」

「そうよ、力也君のお母さんが書いたの。

これは珍しく私が作ったんじゃないの。

お母さんが用意してくれたのよ。」

「よく分かんないけど、すげぇ。」


だが急に彼の元気がなくなる。


「どうしたの?」

「お母さん、泣いてた……。お父さんも。」


字を見て両親を思い出したのだろう。


「そうね、きっと淋しがってるわね。」

「どうしたらいい?」

「そうねぇ。」


西村川が難しい顔をする。

すると力也が何かを思いついたらしく彼女に耳打ちをした。


「まあ、そうなの。」

「お母さん、赤ばっかだし。」

「お母さんは赤押し?」

「うん。いっつも赤。」

「分かったわ。力也君が言うようにするわね。

多分びっくりするわよ。」

「するよね。」


彼は嬉しそうに笑うと病衣を脱ぎ体操着に着替えた。

ちらと彼の胸に傷跡が見えた。


「力也君、胸に傷があるわね。」

「うん、手術の後だよ。」


それはかなり大きな傷だ。


「それは名誉の負傷ね。」

「めいよのふしょう?」

「そうよ、歴代の戦士の名誉の負傷。

戦い抜いた人の勲章よ。」

「格好良いの?」

「体の前側にあるのは逃げなかった証拠だから

超すげぇかっこいー、のよ。」


力也がにやりと笑った。

そして彼は体操着を着た。


「ぴったりね。」


力也は帽子もかぶって姿見を見ていた。

片手にはミドカブキーのソフビ人形も持って、

同じポーズをさせて遊んでいる。


しばらく西村川はそれを見ていた。


そして裏扉を開いた。

すると調子の良い音楽が流れて歓声が聞こえて来た。


そこは学校の校庭だ。

そこには椅子が並んでいて

水筒やタオルが所々に置いてあった。

万国旗がはためき、所々に白いラインが引いてある。


「運動会だ!」


力也の顔が輝いた。


「おばさん、運動会だ!」

「マダムよ。」


力也が大声で笑った。


「ごめん!マダム!行って良い?」

「良いわよ、行きなさい!」


力也が校庭を見た。


「直樹がいる!」


椅子から立ち上がってこちらに向かって手を振っている子どもがいた。

その後ろには緑色の人もいて手を上げている。


「ミドカブキー!!」


彼はソフビ人形を持って走り出した。

そしてしばらくするとこちらを向いて西村川に手を振った。

彼女は手を振り返す。


そして力也の姿がそっと消えた。






春先の庭だ。


力也が死んでから半年ぐらい経つ。

その母親はぼんやりと庭を見ていた。


力也が死んでから何事も実感が無かった。

小さな頃からずっと病院通いだ。

入院や手術は何度もした。

そのおかげか同じ病の子の中では長く生きられた方だ。


だが最後の手術でついに力尽きた。


本人がやると言ったのだ。

力也は歳に合わないしっかりした意志を持つ強い子どもだった。

だからこそ彼の意思を尊重したのだが、

それは正しかったのかどうか今でも彼女は後悔していた。


今日は暖かい日だった。

ふと彼女は庭の一角を見た。


そこに力也が最後の入院をする前に

チューリップの球根を植えたのだ。


「春になったら花が咲くわよ。」


と言うと彼は笑った。

本当なら一緒に花が見られるはずだった。

彼女はゆっくりと庭に降りてそこに近寄った。


チューリップには花芽が付いていた。

しばらくすると花が咲くだろう。

うっすらと花の色が見える。


「あら、」


いくつかある花芽を見て彼女は気が付いた。


植えた球根は赤い花ばかりのはずだった。

だが一つだけ白っぽいものがあり少しばかり緑色をしている。


彼女は庭には赤い花ばかり植えていた。

なぜなら赤は命の色だと彼女は感じていたからだ。

体の弱い力也を思うと

違う色の花を植える気にはならなかった。


「お母さんは赤ばっか。」


と力也は笑っていた。

力也は特撮ではいつも緑の人押しだった。

子どもの棺の中には体操服とミドカブキーの人形を入れた。

一番好きな人形だった。


そして赤い花の中に緑色の花があるのだ。


彼女はその緑の花を写真に撮った。

そしてふと周りを見る。


春の光が周りの植物に落ちている。

まだ萌えたばかりの柔らかい緑が溢れていた。


力也のようにまだ若くて瑞々しい……。


彼女は周りの景色も写真に撮った。


そして夫に写真を送る。


『赤いチューリップの中になぜか緑の花が一つあったわ。

庭にも緑がいっぱいあったの。』


しばらくすると返信が来た。


『あいつも緑が好きだったな。』


彼女はしばらく窓辺に座って庭を見ていた。


どこかから小鳥が飛んで来て少し鳴いてまた飛んで行く。


春はこれからだった。






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