4 綿毛と小鳥





表の扉のベルが鳴った。


ミシンを踏んでいた西村川がそちらを見るが人影はない。


彼女は立ち上がり店内に行くと、

扉の近くに小さなふわふわとした球形のものが落ちていた。

彼女がそれに近づくと白いものはふんわりと浮き上がった。


「すみません、怖くなって入ってしまいました。」


小さな声でそれは言った。

西村川はそっと手で受けた。


「それは構わないけど、どこから来たの?」


彼女は優しく聞いた。

手のひらにいるものは蒲公英の丸い綿毛のようなものだった。


「お山から来ました。

風に乗ってそのまま飛んで来たら街に……。」


どうも植物の物の怪のようだ。

とても軽く柔らかい。

風で吹かれたらあっという間にどこかに行ってしまうだろう。


「そう、なら少し休んでいきなさい。

ここなら大丈夫よ。」


と彼女は作業中の裁断台の隅に綿毛を置いた。

その下には端切れが沢山置いてあった。


裁断台には布が広げてあり所々に重しが置いてある。

これから裁断するのだろう。

それを綿毛は興味深く見た。


「何をされているのですか?」

「これはね、人が着る服を作っているの。」


それを聞いて少し綿毛は跳ねた。


「ああ、人は何か身に付けていますね。

最初私は人はそれぞれ違う模様なんだと思ったのですが、

服を着ていると聞きました。」

「そうよ、街中でも人はみんな何かを着ているでしょ。」

「はい、飛んでいる時に下を見たら人が沢山いて、

みんな違う服を着ていました。

こうやって作るんですね。」


西村川はふっと笑った。


「それでどうだった?街は。」


綿毛はそれを聞いて少しばかり身が縮んだ。


「あの、飛んでいる時はそうでもなかったのですが、

下に落ちたら踏まれそうになって。」


ここは街の中心部だ。

人通りはかなり激しい。


「それに何だかものすごく大きなものが

勢いよく走って来て飛ばされました。」


西村川が顎に指を当てて考えた。


「車かしら、前にぎらぎら光る大きな目があった?」

「そうです、その目が怖くて。」

「そうよね、あなたは軽いから勢いで飛ばされるだけで、

多分轢かれないと思うけど怖いわよね。」

「それで飛ばされたらこのお店があって、つい入ってしまいました。」


綿毛がぺこぺこと頭を下げた。

それを見て西村川は笑った。


「そんなに気にしなくていいのよ。

ゆっくりしていきなさい。

それで私はちょっと奥に行くから遊んでいていいわよ。」


と彼女は笑いながら店の奥に入って行った。

綿毛は端切れの上で彼女を見送った。


そして自分の足元に布を見る。


綺麗な色の布だ。

綿毛はさっき聞いた話を思い出す。


人はこの布を纏っているのだ。

裁断台にある布もこれから服になる。

お山にはない色合いだ。


綿毛は小さな端切れを頭に乗せた。綺麗なのだろうか。


すぐそばには鏡があった。

その中に小さな自分が見える。


綿毛は乗せられそうな布を何枚か乗せた。

そして鏡を見る。


小さな綿毛の上には何枚も鮮やかな色の布が乗っていた。


すると、


「あらまあ。」


と西村川の声がする。

彼女は少し声を出して笑っていた。


「す、すみません、あんまり綺麗なので、」


ほほと西村川が笑いながら綿毛に近寄った。


「構わないわよ、可愛らしいわね。」


と彼女は近くにあった適当な布を器用に小さなリボンに結び、

綿毛の上に置いた。

そして鏡を綿毛に近づける。


「ほら、素敵よ。」


綿毛は鏡を見た。

そこには可愛いリボンを乗せた自分がいた。


「そうなんですか。」

「そうね、あなたの色合いは薄いから、

柔らかい色だと優しく見えるわね。

でも好みで少し強い色でも可愛いわよ。」


彼女はまた違う色のリボンを乗せた。

綿毛は鏡を見る。


「何だか楽しくなってきました。」

「そうでしょ?あなたはとても愛らしいから

こちらも選ぶのが楽しいわ。」


しばらく二人は小さなファッションショーを続けていた。


そして、


「それで、あなたはどうする?

お山に帰る?それともこの街で暮らす?」


ふっと西村川が言った。

彼女の眼はとても優しく綿毛を見ている。

綿毛はしばらく黙っていた。

何か考えている様だった。


「その、私はお山に帰りたいです。」


と綿毛は頭に乗せたリボンをそっと下ろした。


「街は楽しそうだけどなんだか怖いです。」

「それでいいかしら。」

「はい。」


それを聞くと彼女は裏口の扉を開いた。

するとそこは森の中だった。

黄昏の光が差し込んでいる。


「お山だ……。」


綿毛は驚いて呟いた。

西村川はそっと綿毛を手に取った。


「そうよ、さあ、お行きなさい。」


手のひらの綿毛は彼女を見た。

西村川はそっと綿毛を両手で包んだ。

そして手を開くと少しばかり綿毛は大きくなっていた。


「ありがとうございます。それと楽しかったです。」

「良かったわ。」

「お山ではお花を頭に乗せます。」


西村川はにっこりと笑った。


「そうすると良いわ、元気でね。」


と言うと綿毛は森の中にふわふわと飛んで行った。




しばらくするとまた扉のベルが鳴る。

西村川がそこを見ると今度は小鳥がいた。


「あ、あの、すみません。」

「いらっしゃいませ、どうしました?」


西村川が聞くと小鳥が言った。


「お山から飛んで来たのですが、少し疲れてしまって。

それでこのお店が見えたので……、」

「そうなの、良いわよ、休んでいきなさい。」


と西村川は小鳥を手に乗せると裁断台の隅に小鳥を乗せた。

その足元には端切れが沢山あった。

裁断台には裁断が済んだ布が置いてある。


「洋服ですか?」

「そうよ、綺麗でしょ?」

「そうですね。」


小鳥には少しは知識があるのだろう。

西村川が端切れの中から小さ目なものを

リボンに結び小鳥の頭に乗せた。


「ほら、可愛いわ。」


小鳥が鏡を見る。


「わあ、素敵ですね、こちらの色はどうかな。」

「この色?」

「そうです。」


彼女は小鳥が言った布もリボンにして鳥の頭に乗せた。


「可愛い。」


と小鳥はうっとりと自分を見ていた。

しばらく二人は布を選んで遊んでいた。


そして西村川が言う。


「それであなたはどうする?

お山に戻るか、街に住むか。」


小鳥は少し首を傾げたがすぐに言った。


「街に住もうかしら。楽しそうだし。」


西村川が優しく微笑んだ。


「そう。」


と言うと彼女が綺麗な色の糸をそっと小鳥の首に軽く結んだ。

すると糸はすぐに煌きながら消えた。


「これは?」


西村川が小鳥に軽くウィンクをする。


「あなたの無事を祈って。」


それを聞くと小鳥は頭を下げた。


「じゃあ、そろそろお行きなさい。」


と西村川は店の表の扉を開けた。

外は街の景色だ。


ビルが立ち並び、

人は行き交い車が絶え間なく走っている。


「ありがとうございました。」


と小鳥は羽ばたいて外に出て行った。


彼女は小鳥を見送り扉を閉めた。

そして裁断台の近くの椅子に座った。


「もう、春先は旅立った若い物の怪のお客さんが多い事。」


彼女はため息をつく。


「どうするか教えるのも私のお仕事だから仕方ないけど。」


と彼女は台の上の端切れを見た。


今日来たのは二人の物の怪だ。

そしてここで自分の運命を決めた。


一人は故郷に戻り、一人は旅立った。


生き方はそれぞれだ。

それは物の怪も人も変わらない。


そしてここを通り過ぎた物の怪も戻って来た者もいれば

二度と現れなかった者もいる。


それはどうしてなのかは分からない。

考えても仕方ない事だ。


彼女は裁断した布をまとめてミシンに移動した。


これから布を縫う。

徐々に服としての形になる。


この作業が彼女は一番好きだった。






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