第28話 皇都イララクスへの帰還

「魔法も超能力サイも奥が深いのね。あたし単純な戦闘〈才能〉スキルだから別次元の話だわ」


 ルーファスの話を聞き終わり、ため息混じりにファニーが言う。そういった〈才能〉スキルを持つ相手と仕事を組んだこともないので、尚更想像の域を出ない。


「オレもそうさ。難しいことなんざ、判んねえよっ」


 ギャリーは鼻を鳴らす。


「そうですね。でも、重症のリッキーが無事に帰り着くならありがたいことです」


 ハドリーがしみじみと言うと、


「判っているじゃないか、そこの髭」


 唐突にそうベルトルドに褒められ、ハドリーは恐縮しながら薄く笑った。「髭面だから髭か」と内心ガッカリする。

 何の変哲もない長閑な景色から段々と目の前に海が迫って来て、目指す漁港も視界に入ってきた。


「うわー、はやーい」


 大声を張り上げたファニーは、漁港に大きな黒いものを見つけて目を眇める。


「何、あの黒いの?」

「アレは、正規部隊の軍艦ですね」


 メガネをクイッとあげてブルニタルが答える。


「ぐ…軍艦…」


 小さすぎる漁港に横付けされた、黒い大きな艦艇。それを見てルーファスが小さく首をかしげた。


「ねえベルトルドさまあ、あれって、転移させてきたんです?」

「そうだ。重いったらないぞ全く」

「……」

「ありゃ主力艦だな」


 ギャリーは懐かしそうに呟いた。全長210mほどの戦艦だ。


「飛ばさないと到底間に合わん。なんせ惑星の反対側になるからな、ここは」


 ――恐ろしい人


 皆ボソリと胸中で呟いた。




 戦艦の前にはズラリと軍人たちが並び、ベルトルドに向けて敬礼している。

 漁港に到着した一同はその場にドスンッと容赦なく落とされ、地面に尻餅をついた。


「痛いよーもー」


 ハーマンが抗議の声を上げると、ベルトルドはフンッと鼻を鳴らす。


「所詮貴様らはオマケだ、気を遣うわけなかろう。たわけ」

「閣下、出航の準備は整っております」


 高級士官らしき男が、列からスッと前に出た。


「ご苦労、アークラ大将。わざわざアルイールから出向いていたのか」

「閣下とお嬢様をお乗せするのですから、当然です」

「感謝する」


 精悍な顔に笑みを称えるアークラ大将に、ベルトルドは不敵な笑みを返した。


「それとな、オマケがぞろぞろいるが、片隅にでもついでに乗せてやってくれ」

「承知いたしております。では、皆様乗船下さい。まもなく出航させます」

「うむ」


 キュッリッキを担架から抱き上げ、ベルトルドは戦艦に乗り込んだ。そのあとを一同はぞろぞろとついていく。


「総員、出航だ! アルイールへ向けて発進させよ!」


 アークラ大将の指示で、戦艦は漁港を静かに離れた。




「アルイールまでは2時間ほどの航程となります。艦内は自由に見学していただいて構いませんが、艦橋へは入らないように」


 キュッリッキを抱いたままベルトルドは甲板へと出ていて、残された一同はアークラ大将直々に丁寧な説明を受けていた。


「それと…、見知った顔がいくつかあるな。息災のようだな、ギャリー、タルコット」

「うっす」

「おかげさまで」


 アークラ大将の元部下だったギャリーとタルコットは、口の端を引きつらせながら苦しい笑顔を無理やり作る。


「3年前は、キュラ平原で世話になったが…。まあこの件に関しては、閣下直々に謝罪があったゆえ、不問に付すことにしている。無理やり、な」


 背後に燃え盛るような炎が見えるような凄みのある笑みに、ギャリーもタルコットも背中で大量の汗を流しまくった。

 3年前のキュラ平原では、二重にも三重にも色々な思い出が詰まりすぎている。それをナチュラルに蒸し返されて、2人以外にもライオン傭兵団は酢を飲んだ顔になっていた。話についていけないのは、ハドリー、ファニー、ケレヴィルの研究者、医師たちだ。


「短い時間の船旅を、ゆっくり楽しんでくれ。では失礼する」


 にこやかに敬礼をしたあと、アークラ大将は船室を出て行った。


「心臓に悪いな…またあの笑みを見るとは…」

「もう二度と会わないと思っていたんだケド」


 ギャリーとタルコットは、肩を落としながら溜息をついた。



* * *



 ゆるやかな潮風にマントをなびかせ、腕にはキュッリッキを抱いたまま、ベルトルドは船首に立って海を眺めていた。


「青く綺麗な海だぞ、リッキー。このあたりはタハティ海域と言って、星屑を散りばめたようにキラキラとしているんだ。今度、ゆっくり見に来ような…」


 腕の中のキュッリッキは、ぐったりとして目を閉じている。白い頬には僅かに赤みがさしていて、再び熱が出てきているようだ。


「怖かっただろうに。本当に、生きていてくれて良かった」


 ベルトルドはキュッリッキの額に、愛おしさを込めて何度もキスをした。

 キュッリッキの僅かな記憶から読み取れた、醜悪で恐ろしい姿の怪物。何故あんなものが突如現れ、キュッリッキを襲ったのかまるで見当がつかない。

 漁港への移動中にケレヴィルの研究者たちから色々と報告を受けたが、怪物など一度も出ず、遺跡に変化はなかったというではないか。

 神殿に飛び込んだキュッリッキが、たまたま仕掛けを発動させてしまったのでは、と研究者たちも頭を抱えていた。しかしその仕掛けすら見つけ出していなかったのだ。ただ、シ・アティウスが何かしらの見当をつけたようだったので、戻ってきたら早速報告させようと考えている。


「俺の最愛のリッキーに、こんな真似をしてくれたのだからな。絶対に、許さんぞ」


 カーティスからキュッリッキが負傷した連絡を受けたとき、ベルトルドは肝が冷えて言葉を失うくらい動揺した。目の前が一瞬真っ白になるくらいに。

 愛くるしい笑顔を浮かべた輝くような美しい少女が、見るに堪えないほどの惨い姿に成り果てて苦しんでいた。

 幸い命を取り留め、今こうして腕に抱いている。

 手術は成功したものの、まだ予断を許さない状態にあるのは確かだ。一刻も早く屋敷に連れ帰り、傷ついたこの身体をゆっくりと休ませたい。病院などではなく、己の屋敷で。


「なのに、だっ!」


 ベルトルドはキッと顔を上げ、水平線を睨みつける。


「遅い!!!」


 吠えるように声を張り上げた。

 警護のために少し離れた後方に待機していた5人の軍人たちは、突如あがったベルトルドの咆哮にビクッと身体を震わせた。


「まどろっこしいぞ、ああ、まどろっこしいわ!」


 ベルトルドは船首の上に僅かに浮き上がると、顎を引いて眉を寄せた。

 すると、艦が激しく振動しだし、ほんの少し船尾が沈んで船首が僅かに浮き上がった。




 ベルトルドの様子を艦橋で眺めていたアークラ大将は、汗ばみ苦笑を浮かべると、シートに深く座り直した。

 これから起こることに備える。


「みんな、しっかり何かに捕まっておけよ。くるぞ」


 アークラ大将が周囲に注意を促した途端、巨大な艦が有り得ないスピードで加速し始めた。後ろの背もたれにアークラ大将の身体がググッと押し付けられる。

 加速の影響で胸にのしかかる圧迫感に、アークラ大将は心の中で部下たちに詫びた。


(先にこのことを説明するのを忘れていたな…すまん!)




 艦内の食堂で冷たい飲み物を振舞われていたライオン傭兵団は、突然艦が振動し、傾いたことで悪い予感を覚えた。


「やっべーなコレ」

「こんなことできるの、ベルトルド様しか…」


 みんなテーブルにしがみつき、このあとに来ることを予測して身体を伏せた。


「おい、ルーはどうした?」

「ナンパしにいってますよ」

「んじゃほっとけばいいか。おい、ねーちゃんと髭のにーちゃん」


 慌てているファニーとハドリーに、ギャリーが身振りで声をかける。


「さっきみたいにいきなり加速し出すから、テーブルにしっかり掴まっとけよ。医者と研究者たちのあんたらもだ」

「ええっ!?」

「マジすか…」


 そう言った途端に、グンッと身体が揺れ、前方から圧迫感が押し寄せてきた。


「あわわわわっ」


 ハドリーは慌ててしっかりテーブルにしがみついた。




 艦内はもう大騒ぎである。

 あらゆる事態に備えて訓練されている軍人とはいえ、これはマニュアルに載っていない突然の事態だった。

 超能力サイ使いによる仕業というのは、誰もが想像がついた。しかしどんなにランクの高い超能力サイ使いでも、こんな芸当が出来る者など限られている。軍人たちの脳裏に浮かんだのは、自国の副宰相のドヤ顔だった。

 ある者はひっくり返り、ある者は書類を撒き散らし、ある者は鍋の中身をぶちまけた。突然の加速に激しい嘔吐感を覚え、口を押さえる者、たまらずその場に吐き出す者、吐瀉物をひっかぶる者など、小さなハプニングが艦内を荒れ狂う。

 前日、ベルトルドの空間転移によって一瞬で惑星の反対側にあるソレル王国の海域に到着した第二正規部隊の海兵たちは、それだけでも驚きまくっていたのに今度はこれである。


 ――自国ウチの副宰相とんでもねえええええっ!!


 皆、ベルトルドの破天荒いだいさを痛感したのであった。




 本来2時間かかる航程が、たった30分で首都アルイールの港に到着してしまった。

 当然有り得ないスピードなので、艦内の乗員たちは殆どの者が酷い船酔いに目を回し、起き上がることさえ出来ずにいた。

 ベルトルドは静かに船首に降り立つと、後ろを振り返り目を丸くした。警護兵たちが皆ひっくり返っていたからだ。


「ふむ、鍛え方が足らんな、この青二才ども」


 忌々しそうにベルトルドは鼻を鳴らす。そして腕の中のキュッリッキに優しく微笑んだ。


「さあ、イララクスに帰ろうな」


 ベルトルドはひっくり返っている警護兵たちを容赦なく踏みつけ、颯爽と艦内へと入っていく。そして食堂へ向かった。


「正規部隊の連中にはもっとキツイ訓練を課さないと、無駄飯喰らいの給料泥棒のままだな。そうだな、この俺が直々に超絶スペシャルメニューを考えてやろう。ウン、総帥になったしな、そのくらいの世話は焼いてやらねばなるまいて」


 この独り言を聞いたら、誰もが血反吐を撒き散らしてヤめてくれるように懇願するだろう。そのくらい想像の付きそうな、イヤな思考回路だった。


「アルイールに着いたぞ、貴様ら」


 食堂に入り皆に向けて元気いっぱいに声をかけると、ベルトルドは不思議そうに首をかしげた。


「何をしている?」


 テーブルにしがみついて突っ伏しているライオン傭兵団は、唸りながら顔だけをベルトルドへ向ける。


「は…、早いっすね……」


 ギャリーは鼻水をすすりながら、疲れたように薄笑った。


「30分で着いたからな。感動の涙を垂れ流して、心の底から俺に大感謝するがいい!」


 誰も感謝しそうもない雰囲気を気にもせず、ベルトルドは得意のドヤ顔だ。


「あれー、ベルトルド様、元気っすね~」


 露骨に「船酔いしてます」と表情かおに書き込んだルーファスが、よろよろ歩いて食堂に姿を現した。


「馬鹿者、ナンパして回ってたのか」

「いやあ…、ナンパどころじゃなかったっすケドね…うっぷ…」


 口を押さえルーファスは顔を青ざめさせた。言葉を発すると、同時に胃の中のものまでせり上がってくる。


「鍛え方が足りないんだ貴様らは。ったく世話の焼ける。そら、とっとと帰るぞ」


 ベルトルドは顎をしゃくり食堂を出て行った。


「我々も……行きますか…」


 真っ青な顔でカーティスが立ち上がると、皆も立ち上がって足をもつれさせながらフラフラと食堂を出る。


「ハドリー……あたしたちって、凄い人と一緒にいるのね…」


 ファニーは青ざめた顔でげっそりとこぼした。


「一生に一度しか体験できねーだろうな、こんなの」


 軽く息を吐いて、ハドリーは立ち上がった。



* * *



 いつもの不敵な表情のベルトルドの後ろから、今にも倒れてしまいそうな面々を見て、出迎えたラーシュ=オロフ長官は頭上にクエスチョンマークを点滅させた。


「お疲れ様です、閣下」

「うむ、出迎えご苦労、ラーシュ=オロフ長官」


 首都アルイールの港には、第二正規部隊の軍人たちが濃紺の列を作って到着を出迎えてくれていた。

 ラーシュ=オロフ長官はベルトルドの腕の中でぐったり眠るキュッリッキに、不安そうな目を向け表情を曇らせる。


「だいぶ、お加減が悪ようですね」

「怪我のせいで熱を出していてな。なに、あともう少しの辛抱だ」


 眠っているとはいえ、相当辛いに違いない。

 ベルトルドはキュッリッキの額に口づけ、そして歩き出した。ラーシュ=オロフ長官もやや下がって続く。


「アルイールの制圧は終わったな?」

「はい。ですが、王族と軍を逃しました。申し訳ございません」

「ほう、守るべき民を見捨てて雲隠れしたのか。立派な呆れた王と軍だ」


 嘲笑うように「フンッ」と鼻を鳴らす。ラーシュ=オロフ長官は苦笑した。ベルトルドがこういう輩を毛嫌いしていることを、ラーシュ=オロフ長官はよく知っている。ダエヴァはベルトルドの私兵と揶揄されるほど、親密な関係にあるからだ。

 数日前にアルカネットから洗礼を受けた首都アルイールは、都市機能が低下し、火事や爆発が起こって家屋が崩壊、被災地のような光景が至るところに散っていた。挙句ハワドウレ皇国の軍隊に蹂躙され、アルイールを捨てたソレルの軍は何処かへ消え去り、残された国民は不安に包まれている。華麗な王宮も占拠されたが、王族はすでに逃亡した後らしい。


「残された一般人全てが無害とは言えないが、抵抗してくる者は留置所送り、無抵抗者には手出し無用だ。ただ、武装蜂起や暴動が起きないよう注意するようにしろ」

「はっ」

「アルカネットのやつが派手にやらかしたようだから、追い打ちをかける必要はない。今はまだ、このままでいい」

「はい」

「さて、エグザイル・システムに着くまでに、やっておかなければならないことがある。アークラ大将と共に、後のことは任せる」

「承りました!」


 ラーシュ=オロフ長官は立ち止まり、ベルトルドに敬礼をして踵を返した。




 エグザイル・システムまでの道の両端には、びっしりと第二正規部隊がガードレールのように列を作っていた。港からエグザイル・システムまであまり距離がない。その為徒歩で移動する。

 道の真ん中をゆっくりと歩きながら、ベルトルドはキュッリッキをじっと見つめ意識を凝らす。

 細い毛糸ほどの太さの光の線が、キュッリッキの身体を包み込み始める。繭を形作るように慎重なスピードで編まれていった。

 それは常人の目に見えるものではなかったが、超能力サイを使うルーファスの目にはくっきりと映っていた。


(すげえ……。あんな繊細な作業、オレには無理)


 キュッリッキの身体は固定され、繭に守られ外部からの如何なる力の影響も受けない。

 超能力サイによる力は、使用者の精神力の大きさに影響される。

 キュッリッキを傷つけない、絶対に守り抜く。そう強い意志が光の繭に反映される。ベルトルドの強固な意志がキュッリッキを守るのだ。

 エグザイル・システムの建物に到着する頃には、防御の繭を張り終えていた。


「さすがですね、ベルトルド様」


 ベルトルドの横に並びながら、ルーファスが心からの賛辞を述べる。精度といい早さといい、完璧な力の使い方だ。

 ベルトルドはちらりとルーファスを見ると、フンッと鼻を鳴らした。


「お前にも出来るはずだ。真面目に修行でもしておけ」

「マジっすか…」




 エグザイル・システムの台座の前で、ベルトルドは後ろを振り向く。


「ルー、メルヴィン、俺と一緒に飛べ。リッキーと貴様らは、俺の屋敷で当分寝泊りだ」

「えっ」


 ルーファスとメルヴィンは顔を見合わせる。


「詳しいことは屋敷に着いたら話す。他はイララクスに着いたら解散だ。それと、ハドリー、ファニー、アルカネットが迷惑をかけたようですまなかったな」

「い、いえ」

「あたしたちそんな、別に」


 いきなり話しかけられて2人はビックリする。アルカネットが、というのはザカリーを粛清しようとしたあの時のことだろう。


「詫びを用意させた。ギルドに寄って行くといい」

「はい」

「判りました」


 その時、キュッリッキが僅かに目を開けた。


「リッキー…」


 ベルトルドがそっと声をかけると、キュッリッキはゆっくりと目を瞬かせてベルトルドを見上げる。


「今からエグザイル・システムで飛ぶ。ほんの少し、我慢するんだぞ」


 キュッリッキは小さく頷いて、そして再び目を閉じ意識をなくした。

 ベルトルドはほんの一瞬辛そうに表情を曇らせたが、踵を返して台座に乗る。その後ろ姿を見て、ハドリーはそっと呟く。


「あのひとに任せておけば、リッキーは大丈夫だろうな」

「うん、そうだね」


 ハドリーの呟きを受けて、ファニーも同意する。端々に見える、キュッリッキへの優しさと慈しみ。あんな酷い怪我にも負けないくらい元気にしてくれるだろう。それと同時に、自分たちとは違う遠いところへ行ってしまったような錯覚を覚え、2人は寂しげにキュッリッキを見つめた。

 台座にルーファスとメルヴィンが乗ると、


「さあ、帰るぞ!」


 そう言って、ベルトルドは皇都イララクスのスイッチを踏んだ。



* * *



 ベルトルドら帰還御一行がイソラの町を出立すると、アルカネットとシ・アティウスはナルバ山を目指して出発した。


「空を飛ぶと早いですな」


 アルカネットの飛行魔法で、2人は宙を飛んで移動していた。


「早めに終わらせて、私もイララクスに戻りたいのですよ」

「ベルトルド様に任せていると、何をされるか判りませんからね…あの召喚士の少女」

「今すぐ飛んで帰りたいです!!」


 アルカネットはグッと脇で拳を握った。

 2人はベルトルドの命を受けて、ナルバ山の遺跡調査に向かっている。あの遺跡が何なのか、ある程度の見当がついているとシ・アティウスが言ったからだ。

 調査だけならシ・アティウスだけで充分だが、ソレル王国兵が舞い戻っている可能性がある。アルカネットはそのための護衛だ。そして案の定ナルバ山にはソレル王国兵の1個小隊が派遣されていたが、これはアルカネットの攻撃魔法で一蹴さる。暗闇の中にイラアルータ・トニトルスの紫電の光が舞い踊った。


「容赦ないですな」

「手加減する必要もないような雑魚ですしね」


 空洞も遺跡の中も真っ暗で、篝にあった燃料は全て燃え尽きており、アルカネットの魔法で作った灯りが闇を柔らかく照らす。


「我々が調査に入った時も、救出され再度訪れた時も、神殿に変化はなかった。しかし突然地震が起こり、神殿の中は変わっていた」


 淡々としたシ・アティウスの声が、靴音と共に神殿の中に陰々と響いていた。


「私は実際には見なかったが、醜悪で大きい怪物が現れたらしい。神殿内の構造も作り変わっていたそうだ。それも一瞬にして」


 できれば見ておきたかった、とシ・アティウスは付け加えた。それにはアルカネットが厳しい視線を向ける。キュッリッキを傷つけた忌まわしい出来事だ。

 シ・アティウスはまるで動じたふうもなかったが、アルカネットの意図に気づいて軽く頭を下げた。

 数日前の惨劇が嘘のように、神殿の中は縦に長い通路があるのみの暗い空間に戻っている。

 黙々と歩き進み、再奥にあるエグザイル・システムのようなものと称された台座の前に着く。シ・アティウスは台座の表面に手をあて、すっと台座を見上げた。


「間違いないでしょう。これが」

「レディトゥス・システム」


 言葉をついで言うと、アルカネットは顎をひいて台座を睨むようにして見上げた。

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