第17話 確保部隊の戦場・3

 ブルニタルが率先して神殿に足を踏み入れる。ハドリー、メルヴィン、ガエルが後に続いた。


「ね…え」


 それまで口を挟まずおとなしくしていたキュッリッキが、フェンリルを抱きしめたまま身を縮ませ、上ずった声で4人を呼び止めた。愛らしいまでの表情が、明らかに沈んで強ばっている。


「あのね…、アタシ、ここで待っててもいい?」

「どうしたんです?」


 不思議そうに目を瞬かせ、ブルニタルは首をかしげる。


「えっと……」


 細い肩が僅かに頼りなげに震えた。


「なんか、神殿に入るの怖い…の」

「灯りも持っていくし、大丈夫ですよ?」


 ブルニタルは呆れたように首をかしげた。


(一体何が怖いのか理解できない…)


 訝しむみんなの視線を受けても、それでもキュッリッキは足がすくんだようにその場から動かず、地面に視線を貼り付けていた。

 なおも言い募ろうとブルニタルが口を開く前に、ハドリーがブルニタルの肩を掴んだ。


「なあ、どうしてもリッキーも連れて行かないとダメなのか?」

「……いえ、とくには」

「なら俺たちだけで行こう。ファニーのやつも目を覚ますかもしれないし、誰もいないんじゃ可哀想だしな」


 キュッリッキがああいう態度に出るときは、きまって何かを敏感に感じ取っていることをハドリーは知っている。そして無理強いしないほうがいいことも判っていた。

 ハドリーはいつも見せる、ほんわかした表情をキュッリッキに向けた。


「リッキーは留守番してるといい。そしてファニーが目を覚ましたら、ちゃんと説明してやるんだぞ」

「う、うん」


 ハドリーはキュッリッキに優しく笑んで、3人を促して神殿に入っていった。留守番していられることになり、キュッリッキは心底安堵する。


「ハドリー判ってる。よかった…」


 ぽつりと呟き4人を見送ったあと、キュッリッキは寝ているファニーのそばに座り込んで神殿の入口を怖々と見つめた。


「なんでこんなに”怖い”って、思うのかなあ……」


 腕の中のフェンリルも、困ったように鼻を鳴らした。




 神殿の中は極めて単純で、長方形をやや細長くしただけの箱のような作りをしている。彫刻を施した内装もなく、石を積み上げ敷き詰めただけの味気ないものだった。芸術的価値を無理に見出そうとするなら、円筒に削られた石の柱だけだろうか。


「これじゃあ迷いようがありませんね…」


 ブルニタルはややつまらなさそうに、見たままの感想を述べた。

「もっと好奇心を掻き立てられるものを期待していたのに」とぼやく。


「本当ですね…」


 頷きながらメルヴィンも同意する。入口からただ一直線に歩いてるだけだった。これなら案内は必要ない。ハドリーもそれが判っていて、申し訳なさそうに肩をすくめた。


「あんたらの言ってたエグザイル・システムのようなもの、とやらは、多分それのことだろう」


 ハドリーが前方を指すと、ほのかな灯りにうっそりと浮かんだ先には、祭壇のようなものが見えてきた。


「これがエグザイル・システムのようなもの…、ですか?」


 間近で見るそれは、彼らの知っているエグザイル・システムとは明らかに異なるものだった。

 エグザイル・システムとは、物質転送装置のことを言う。

 半径1メートルほどの黒い石造りの円台座に、短い銀の支柱のようなものが3本立っている。台座の中心にはその惑星の地図が彫り込まれていて、エグザイル・システムが置かれている地にスイッチのような突起がある。そのスイッチを踏めば、台座に乗っているものは、全てそこに飛ぶようになっていた。

 惑星間を移動する場合は銀の支柱に触れればよく、支柱はそれぞれ惑星ヒイシ、惑星ペッコ、惑星タピオをあらわしていた。

 惑星間移動ではそれぞれの惑星で、必ず玄関口となる地に飛ぶ。そこから同じ要領で飛びたい地を選択すれば良い。そして惑星間を移動できる手段は、このエグザイル・システムしかなく、現在宇宙を航行する技術もなければ空を飛ぶ技術すらない。

 この優れた技術は、現代の技術者では作り出せない。遥かな遠い過去、超古代文明と呼ばれる1万年前も昔の人々が生み出した技術と言われていた。

 しかしこれはどう見ても、皆がよく知るエグザイル・システムではない。


「シ・アティウス氏は、何故これをエグザイル・システムのようなもの、と言ったのでしょうか…」


 ブルニタルは眉間にしわを寄せた。

 半円型の台座に、ガラスなのか水晶なのか柩のようなケースが立てられている。ケースの中身はなにもなく、台座には地図もなにも掘られていないし銀の支柱もない。

 シンプルな見た目といい、通常のエグザイル・システムとは似て非なるものだ。

 これ以上見ていても収穫がないと呟き、ブルニタルは軽く首を振った。


「取り敢えずベルトルド氏に、連絡を入れましょうか」


 ブルニタルは肩にとまっている小鳥を自分の指に移らせると、小鳥の頭を優しく3回叩いて呼びかけた。

 小鳥は瞬きもせず沈黙していたが、やがて嘴から尊大溢れる男の声が鷹揚に応じた。


「お忙しいところすみません、ブルニタルです。例のエグザイル・システムのようなものの前に居ます」

<ほう、早いな。こちらの予想では、明日になると踏んでいたのだが>


 ベルトルドの声が、僅かに驚きを含んでいた。


「キューリさんのお陰で、色々手際よく進みましたから」

<なるほど。――そこにリッキーは居るか?>

「いえ、彼女は神殿の外で待機しています。なにやら神殿に入るのを、とても怖がってしまっていて」

<ほほう……?>


 ベルトルドは考え込んだように沈黙した。


<……まあ、そばに居ないのでは、声を聞くことも、褒めてやることもできんな。残念だ>


 たっぷり間を空けたあと、ベルトルドは心底残念そうに呟いた。黙って聞いているブルニタルとメルヴィンの表情が、嫌そうに露骨に歪む。ガエルは肩をすくめた。


(何故そこで残念そうに言うんだろう、このひとは…)

(ガキの使いじゃあるまいし)


 各々胸中で本音を吐露する。そして驚きの表情を貼り付けたハドリーも、


(本当に、気に入られてるのかリッキー…)


 胸の内で仰天していた。


<これだけ早いと、カーティスたちがまだ救出も出来ていないだろう。そこを死守して、奴らが合流するのを待っていろ>

「判りました」

<それと>

「はい」

<リッキーが嫌がるなら、絶対に無理強いはするなよ>

「……はい」


 それでベルトルドとの通信は切れた。小鳥は沈黙し、自らブルニタルの肩に戻った。


「副宰相のナマ声、オレ初めて聴いたぜ…」


 緊張を解くように、ハドリーがふぅっと息を吐き出して言う。


「胃が痛くなるので、あまり聴いていたくないんですけどね」


 苦笑しながらメルヴィンが応じた。ガエルも黙って頷く。眼鏡をクイッと手で押し上げて、ブルニタルは彼らを振り向いた。


「神殿から出ましょう。外の様子も気になりますし、ここに居てもしょうがないでしょうから」

「そうしましょう」


 4人は頷いた。




「みんなまだかな~」


 床で転がったり丸まったりしているフェンリルを構いながら、壁にもたれかかって神殿の入口を見つめる。ファニーはまだ目を覚まさず、話し相手がいなくなって急激に退屈感に蝕まれつつあった。

 暇つぶしに何か襲ってこないか意識をこらしたが、哨戒に出している綿毛たちは何も見つけていない。


「つまんない」


 神殿の入口から離れていると、先ほど感じたような足がすくむほどの怖さはなかった。しかし相変わらず嫌な気配のようなものは、ヒシヒシと感じ続けていた。

 戦場での危険感知とは若干違う。敵意といったようなものでもない。

 ただ、”怖い”と感じるのだ。

 キュッリッキはそうした勘を、これまで外したことがない。キュッリッキだけが感じる何かが、この神殿にはあるのだろうか。心の中で警鐘は鳴りっぱなしだったが、今はまだ小さい。神殿の中に入らなければ大丈夫だとキュッリッキには確信があった。


「みんな戻ってきたら、気にしなくてすむのに~」


 ちょっとふくれっ面になってぼやくと、ファニーが身じろぎする気配があった。


「う……ン」


 何度か小さく呻いたあと、ファニーは身体を僅かに揺らし、薄らと目を開いた。


「ファニー起きた!」


 キュッリッキは壁から離れると、ファニーの顔の前に膝を揃えて座り直した。身を乗り出して顔を覗き込む。


「その元気な声は……リッキー?」

「うんっ!」


 嬉しそうにキュッリッキは首を縦に振った。

 ファニーはゆるゆると上体を起こすと、壁にもたれかかって頭を軽く振る。まるで悪夢をみて目が覚めたような、不快感を貼り付けたような表情で辺りを見回す。


「なんでアンタこんなトコにいんのよ…って、縄切ってくれたんだ。あんがと」

「どーいたしまして。アタシじゃないけど」

「ところで、ハドリーどこいったの?」

「神殿の中だよ」


 そう言って神殿を指す。


「ふうん…?」

「アタシも仕事でここにきたんだけど、仲間を案内するのに神殿入っていったよ」

「あれ~? アンタってば毎日が休日状態だったのに、仕事見つかったんだ?」


 大きな目をさらに大きくして驚くファニーを、キュッリッキは憮然と睨みつけた。


「もうとっくの2週間前に、決まっちゃってるもん! それに毎日が休日じゃなかったよ、護衛仕事ずっとやってたもん!!」

「えーーー!! だったらさっさと連絡くれたらいいじゃないのもー!」

「年中無休のファニーがちっとも家に寄り付かないから捕まんないし、ドコにいるか判んなくて連絡も取れないんだってば!」


 怒鳴るように言って、キュッリッキはぷっくりと両頬を膨らませて抗議する。それを見てファニーは誤魔化すように、引き攣りながら手をヒラヒラさせて笑った。


「だ、だってさ、仕事あるうちが華なんだし。お金貯めまくって、中年になったら引退して人生謳歌するって、将来設計があるんだもーん」

「ったくぅ、ギルドの支部いっぱーい掛け持ちしてるでしょ。一回も連絡取れたためしがないんだからあ」

「ごめーーん」


 両手を合わせて謝罪のポーズを作り、ウインクして詫びる。キュッリッキは膨らませた頬のぶんの息を吐き出して、やれやれと天井を仰いだ。


「そんで、仲間とか言ってたけど、またどっかの傭兵団に入ったの?」

「うん。ライオン傭兵団」


 ファニーは目をぱちくりさせると、


「なんですってえええええええ!?」


 と絶叫した。そしてキュッリッキの細い首を両手でガッシリ掴むと、激しく前後にブンブン振り回す。そんな2人のそばで、フェンリルは呆れ顔で丸くなって転がっていた。ファニーの絶叫が辺りの壁に反射して、より大きく聞こえて驚いたようだ。


「召喚〈才能〉スキルばっかずるぅーい!! アタシなんてアタシなんて、誰でも持ってるマイナーな戦闘でランクもBだし、そんな有名どころから見向きもされないってえのに、召喚持ちばっかり依怙贔屓しすぎよー!!!」

「ンがぐ…っ」


 キュッリッキは目を回しながら、窒息気味になり両手でもがいた。そんなキュッリッキの様子はお構いなしに、そのまま勢いよく放り出す。そしてファニーは握り拳を作り、片膝を立てて明後日のほうを向き、情熱を込めて高らかに訴えた。


「チート能力ばっかり優遇されて、オイシイ人生約束されてっ! 並み程度の〈才能〉スキルしかないその他大勢の一般庶民は、地べたを這いずりながら今日も生きているのよ!! これを贔屓と訴えて何というのっ!」

「喧しいと思ったら、やっぱり起きてたか」


 盛大に顔をしかめたハドリーが、こちらに歩いてきた。


「あら、ハドリー」


 声に気づいて、ファニーは顔だけハドリーに向ける。握り拳はそのままに。


「リッキーとフェンリルが伸びてるじゃないか。狭い空間で大声出すと、響いて五月蝿いだろう。まったく」


 仰向けに伸びているキュッリッキの頬を軽く叩いて、その近くで丸まったまま伸びてるフェンリルを抱き上げた。


「なんて大声なんでしょうか……。鼓膜が破れますよ」


 忌々しげに文句を言いながら、ブルニタルが歩いてきた。そしてメルヴィンとガエルも目を瞬かせながら後に続いた。


「誰よこいつら?」


 文句を言ってきたブルニタルを軽く睨みつけ、突っ慳貪に問う。


「リッキーの仲間のライオン傭兵団の人たちだ。リッキーから話聞いてないのか?」

「さっき聞いたところよ」


 ファニーは立ち上がると、まだ寝転がっているキュッリッキをブーツのつま先で突っついた。軽く突っついていたが起きないので、次第に蹴りに変更する。


「ちょーっと、起きなさいよー、ほらあ!」


 ゲシゲシ足蹴にされているキュッリッキの様子を遠巻きに見て、メルヴィンは胃の辺りをそっと押さえた。


(あの光景をベルトルドさんが見た日には………天から雷が降ってくるな)


 メルヴィンと同じ感想を持ったブルニタルとガエルも、げんなりとした表情を浮かべて口をつぐんだ。




 ソレル王国軍が再び現れないか警戒は続けていたが、とくにすることもないのでガエルとブルニタルはそれぞれ離れたところで座っていた。残りの4人は小さな輪を囲んで、談笑を楽しんでいる。

 ファニーにゲシゲシ足蹴にされていたキュッリッキはその後目を覚ましたが、身体中がジクジク痛んで不思議そうに眉をしかめっぱなしだ。また騒がれても面倒かと、その場にいた全員はあえて口をつぐんでいた。


「神殿の中は一直線の通路と、例のエグザイル・システムのようなものしかありませんでした」

「そうなんだ~。んで、どんなものだったの?」


 外に居たキュッリッキのために、メルヴィンが見てきたことを説明している。


「半円形の台座の上に、ガラスのような透明な柩にも似た箱が、真っ直ぐ立てられているだけでした。エグザイル・システムのようなもの、という表現が当てはまるのかどうか、外見だけではそうは見えませんでしたけどね」

「箱なんだ。うーん、何だろうね」


 自分の目で見てみたい気もするが、神殿に入るのだけは絶対に嫌だった。意識をこらせば、神殿からの怖い気配はジワジワ感じられる。入るのは危険だと、本能も警鐘を鳴らしているのだ。


「そうそう」

「うん?」

「さっきオレ、副宰相のナマ声聴いちゃったよ。リッキーのこと褒められなくて、残念そうだったぞ」

「えー、そーなの~? じゃあこの任務終わったら、いっぱい褒めてもらいに行こうっと」


 嬉しそうに言うキュッリッキに、ファニーが身を乗り出す。


「なによアンタ、ハーメンリンナに出入りできるわけ?」

「えっへへん! 通行証作ってもらったんだよー」


 キュッリッキは得意気にファニーを見る。


「いいなーいいなー、ハーメンリンナに可愛い洋服屋さんがあるっていうじゃん。一回行ってみたいんだよね~。買うと高そうだけど」

「じゃあ、じゃあ、任務終わったら一緒に行こうよ」

「行く行く!」

「動く箱に乗って移動できるんだよ」

「なにソレ~」


 盛り上がる女性陣2人をよそに、メルヴィンがそっとハドリーに耳打ちする。


「一部貴族・高官専用の、特別通行証なんです…」

「………ず、随分気に入られたみたいっすね」

「ええ、猛烈に好かれているようです」

「ハハッ。まあ、嫌われるよりは良い」


 今のところキュッリッキも仲間の一員として溶け込んでいるようで、ハドリーは少し安心していた。

 いつも新しい傭兵団で馴染めず、泣きながら、傷つきながら帰ってきていたキュッリッキ。自らの不幸な生い立ちが、仲間たちの中に馴染もうとする心を邪魔してきたからだ。

 エルダー街に引っ越してから少ししてキュッリッキが会いに来てくれたとき、ライオン傭兵団にちょっとずつ馴染んできたと喜んでいた。みんな自分を仲間だと受け入れくれて、優しくしてくれるとはしゃいで言っていた。

 翼を見られた仲間がいて不安になっているようだが、後ろ盾の副宰相にも随分気に入られたみたいでハドリーは安堵した。


(今度はもう、泣いて戻ってくることはなさそうだな)


 ハーツイーズのアパートのキュッリッキが使っていた部屋は、もう正式に解約してもいいだろう。帰ったらギルドで手続きしてこようとハドリーは思っていた。


「そういえばさあ、いっぱいいたソレル王国兵をどうやっつけたの? 中隊規模だったんじゃない?」


 ファニーの興味の矛先が、ライオン傭兵団に向く。


「ガエルとメルヴィンが、サクサクーって倒しちゃったよ。凄かったんだから」

「いっくら最高ランクの〈才能〉スキル揃いっていっても、200人近くを2人でとか、無理くない?」


 疑いの眼差しを隠そうともしないファニーに、メルヴィンがにっこり笑う。


「そこはリッキーさんの、チートな召喚サポートがあったので出来たんですよ」


 メルヴィンが戦闘の時のことなどを説明すると、ファニーとハドリーは意外そうな表情を浮かべてキュッリッキを見た。


「へ~、アンタいつの間に、そんな風に召喚を使えるようになったのよー」

「サポートに徹するとか珍しいな」

「だってアタシの担当は、支援強化だったんだも~ん」


 大きな組織に招かれると、大抵召喚の圧倒的な力で一気に敵を掃討させられていた。それを知っているファニーとハドリーは、キュッリッキの力を巧く使っていて、それをキュッリッキが喜んでいることに感心していた。

 何でもかんでもキュッリッキに殺させないやり方に、2人は好感を持った。


「アルケラの子たちの凄さをみんなに判ってもらえて、アタシ嬉しいの」


 いろんな事が出来るってことを、まず知ってほしいと常々思っていたからだ。

 キュッリッキは出っ張りの乏しい胸を突き出して、両手を腰に当てる。


「まあ、アタシがいれば、誰でも超人以上になれるってこと!」




* * *


 シ・アティウスはうんざりしていた。

 目の前の詰問官は同じ質問をしつこく繰り返し、唾を飛ばしながら喚きたてる。気に入らない回答を得ると、途端に机を叩き椅子を蹴った。

 そして急に猫なで声を発し、甘い一面を覗かせすぐ元に戻る。

 感情の一切が削ぎ落とされたような無表情を動かすことなく、シ・アティウスは詰問官を見つめていた。

 頭にあるのはただ、ナルバ山の遺跡のことだけだ。

 遺跡の状態は極めて良く、不可解なエグザイル・システムのようなものも発見し、本腰を入れて調査をしていたまさにその時ソレル王国の軍隊がやってきて拘束された。

 護衛に雇ったフリーの傭兵は2人。しかし数が多すぎて勝ち目はなく、あの後どうなったかについて関心は一切ない。願わくば遺跡を死守してくれていれば嬉しいとは思っている。そしてそれはありえないだろうことも判っていた。

 シ・アティウスにとってソレル王国が介入してくるのは想定内だった。無駄な時間を省くため自らの身分を明らかにし、ベルトルドのハンコ入り書類も提示したが、釈放される気配はない。

 ハワドウレ皇国副宰相直轄の研究機関所属である。皇国の属国にしか過ぎないソレル王国が、副宰相の部下に手を出したのだ。要人ではないが、すでに外交問題レベルだ。それでもソレル王国は、不当にシ・アティウスを拘束し続けている。

 ナルバ山の遺跡が大きく関係しているのは誰でも判るが、シ・アティウスもまだ気づいていないあの遺跡の謎をこの国は掴んでいる。容易に推察できた。そのことでシ・アティウスがどこまで掴んでいるのかを調べるために、不当な拘束を続けているのだ。

 自分が拘束されたことはすぐベルトルドに伝わっただろう。それならそのうち、なんらかのリアクションがあるのも予想できる。

 記憶〈才能〉スキルを持つシ・アティウスは、戦闘などの野蛮的行為は範疇外なので、自ら行動を起こすことは考えていない。

 今すぐにでも遺跡に駆けつけたいが、事態が急変することを待ち望み、詰問官の取り調べに耐えることにしていた。


* * *

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