第13話 ベルトルドからの依頼・4

 キュッリッキたちを見送ったあと、ベルトルドとアルカネットは書斎へ行った。

 ベルトルドは部屋の奥にあるチェアにドカリと座り、優雅に長い脚を組む。


「今日くらい、リッキーと一緒に過ごしても問題あるまい。カーティスのやつめ」

「その点は同感です。ですが、リッキーさんの心を慮れば、帰すのが一番ですよ」

「まあ、な…」


 ベルトルドはつまんなさそうに、フンッと鼻を鳴らした。

 キュッリッキが人見知りであることは、ベルトルドも気づいていた。

 他人には窺い知れない勇気を搾りだし、ライオン傭兵団の中に必死に馴染もう、溶け込もうとしている。そのいじらしい気持ちがヒシヒシと伝わってきた。カーティスから仲間だと言われて、それを嬉しく思って表情にも喜びがありありと浮かんで。

 そんなキュッリッキを邪魔したいとは思わない。が、キュッリッキと一分一秒でも長く居たい気持ちは、溢れんばかりに心と身体を苛んでいる。


「俺は、完全にリッキーに惚れた」


 うっとりと天井を見つめながら、ベルトルドはしっかりと言い放つ。


「おや、奇遇ですね。私もリッキーさんに惚れました」


 書斎の中が、恐ろしい程の静寂に包まれる。そして目を合わせた途端、2人の間に火花が炸裂した。


「リッキーは俺のものだ!」

「いいえ、私のものです」


 フゴゴゴゴッと効果音でも流れてきそうな書斎の中で、青い小鳥がピヨッと小さく鳴いた。小鳥の鳴き声で2人はハッとなると、軽く咳払いをして場を収めた。


「…そこまで思っているのなら、何故今回の仕事にリッキーさんを連れて行けなどと言ったんですか? 万が一危険なことがあったりしたら…」

「召喚の力をもっと見たくてな」


 ベルトルドは両手を組んで、背もたれに深々と身を沈める。


「お前も知っての通り、宮廷の召喚〈才能〉スキル持ちどもは揃いも揃って無能者ばかりだ。リッキーが見せてくれた召喚の片鱗さえも見せたことがない」

「全くですね。何のために国に召し上げられたのか」

「ああ。――リッキーが他にもどんな召喚をしてくれるか、その力をどう使うのか、俺は見たいんだ」


 肩に乗る小鳥を人差し指に乗り移らせると、デスクの上に降ろしてやる。小鳥は平らなデスクの上を、チョンチョンと跳ねていた。


「イルマタル帝国がリッキーを放ったらかしにしてくれたお陰で、俺たちの元に引き入れることができた。今回ばかりは無能なゲス皇帝に感謝しよう」

「彼女の不遇な過去を思えば感謝まではいきませんが。まあ、ありがとうとだけは言っておきましょうか」

「まあな」


 ベルトルドは苦笑すると、姿勢を正して座り直した。


「アルカネット」

「はい」

「実はな、明日、正式に軍総帥の辞令を押し付けられる」


 アルカネットはキョトンっとして、目の前のベルトルドを見つめる。


「はい?」

「クソジジイの謀略にハマって、軍総帥までもが押し付けられることになったんだ」

「また、仕事が増えるのですか…」


 呆れたように言って、アルカネットは溜め息をついた。

 行政全般に司法を少し、他にも色々と仕事を抱えている。そこへ軍の仕事までも追加されるという。ベルトルドの仕事量はハンパないのだ。それを知っているアルカネットは、呆れる以外に応えようがなかった。


「そこで、だ。お前にやってもらいたいものがある」


 そう言って、ベルトルドは無邪気に微笑んだ。




 キュッリッキは草原のような所に立っていた。


 ――どこだろう?


 見上げた真っ青な空は、もこもことした白い雲を泳がせている。まるで、綿菓子のようだと思った。

 そして誰かに呼ばれた気がして、後ろを振り向いた。


 ――キューリちゃーん。


 ルーファスが笑顔で手を振って、キュッリッキを呼んでいる。


 ――もお、またキューリって呼ぶんだから!


 最近ヴァルトから命名されたキュッリッキのあだ名。それをライオン傭兵団の仲間たちは、好んでキューリと呼ぶ。唯一メルヴィンだけは、リッキーと呼んでくれているのだが。


 ――何度言っても直してくれないんだから、もう…。


 胸中で文句を言いながら、でも、本当はあまり嫌じゃない自分がいることに気づいていた。

 自分の名前は確かに言いづらいと自分でも思う。

 リッキーというあだ名は、友達のハドリーが付けてくれた。初めて自分にあだ名をつけてもらったから、リッキーと呼ばれると嬉しい。それに、ハドリーは大事な友達だ。その友達に付けてもらったあだ名だから、自分が心許せる相手には呼んで欲しい。でも今のキュッリッキには、新しい仲間が出来た。その仲間が付けてくれたあだ名は野菜の名前だけど、何となく嬉しいと感じてしまうのだ。

 でも、せめてもうちょっと違うあだ名を考えて欲しかったのも本音である。


 ――キューリちゃーん。


 ルーファスの声が、一際大きく聞こえてきた。


「キューリじゃないもん!」


 そう叫んで、キュッリッキは目を覚ました。


「…あれ?」


 キュッリッキは何度も目を瞬かせて、そして顔を上げる。


「おっはよ」


 ニコニコとしたルーファスの顔が間近に見えて、キュッリッキは気まずそうに首をすくめた。


「えと……、アタシ、もしかして寝ぼけた?」

「うん」


 にんまりと肯定されて、キュッリッキはサッと顔を赤くした。


「夢を見ていたようですねえ。ルーファスの呼ぶ声が、夢に影響したんでしょう」


 クスクスと笑いながら、カーティスが横で見ていた。


(うう……恥ずかしいよぅ…。アタシ、いつの間に寝ちゃったんだろう)


 心の中で重い溜め息をついて、キュッリッキは自分がルーファスに抱っこされていることに気づいた。


「ルーさんありがとう、もうおろして」

「ほいほい」


 ルーファスはしゃがんで、キュッリッキをそっと地面に立たせてやった。キュッリッキの腕の中にいたフェンリルも、自分で地面に飛び降りた。


「重かったでしょ、ごめんね」

「そんなことないよ~。キューリちゃん凄く軽かったから、疲れてもないしね」


 ウィンクされて、キュッリッキは安心したように肩の力を抜いた。


「良い夢でも見ていましたか? 寝顔が幸せそうでしたよ」


 そうカーティスに言われて夢の内容を説明しようとしたが、キュッリッキは思い出せなかった。


「もう忘れちゃったの」

「それは残念です」

「夢ってそんなモンだよね」

「そうですねえ。――ああ、キューリさんが寝ている間に、ベルトルド卿から小鳥の取り扱いについて質問が来ていました」

「質問?」

「ええ。預かった小鳥は、どうやったらこちらの赤い小鳥と連絡がつけられるようになるのかと」

「そういえば」


 何も説明していなかったことを思い出す。


「うンと、小鳥の頭を指で3回、そっと叩いてあげると通信モードになって、こっちの赤い小鳥の聴いてることをそのまま伝えてくれるの。ベルトルドさんの方も、言っていることをこっちの子が伝えてくれるよ。通信を切りたい時も、同じように3回叩いてあげて」

「ふむふむ。便利ですねえ、見た目は小鳥なのに。ルーファス」

「うん、ベルトルド様に伝えたよ」


 超能力サイを使えるルーファスが、キュッリッキの言葉をそのまま念話で送信した。

 カーティスは人差し指で、肩に乗る赤い小鳥の頭をそっと3回叩いてみる。すると、それまで肩の上で時折跳ねたりしていた小鳥が、ピタリと動きを止めて嘴をパカッと開いた。


<俺の声が聴こえるか?>


 突然小鳥がベルトルドの声を吐き出して、カーティスとルーファスはビクッと身体を仰け反らせた。


「ちゃんと聴こえるよ~、ベルトルドさん」


 2人に代わってキュッリッキが応じると、ベルトルドの嬉しそうな声が返ってきた。


<リッキー! これでいつでも、リッキーと話ができるな!>


「うん、そうだね」


 ベルトルドが喜んでいるのが判って、キュッリッキも素直に喜んだ。


(ねえねえカーティス、小鳥をこのまま通信モードにしてアジトに入ろうよ。絶対面白いから)

(いいですねえ。たまには皆のナマの本音を、直接聴かせてあげましょうか)

(ウヒヒ)


 ルーファスとカーティスは、ひっそり念話で悪巧みを囁きあった。

 アジトに到着する前にキュッリッキを起こしたり、小鳥の操作を教わったりしていたので、3人がアジトに帰り着いた頃には、すっかり陽が落ちていた。




 3人は真っ直ぐ食堂へ向かうと、すでに食堂には仲間たちが勢ぞろいしていた。


「おかえりなさい、随分遅かったんですね。もうじき夕飯ですよ」


 メルヴィンが朗らかに3人を出迎えてくれた。


「よお、御大のクソ野郎にどんな件で呼び出しくらったか、気になって気になって、みんな待ちくたびれちまったぜ」


 ビールを飲みながら、ギャリーがむさ苦しい顔をにんまりとさせる。


<クソ野郎は余計だぞ、ギャリー>


「え?」


 いきなりベルトルドの声がして、ギャリーは仰天してビールを吹き出した。


「お、おい、御大も連れて帰ってきたのか!?」


<俺は自分のいえにいる>


 笑い含みなベルトルドの声が再びして、血相を変えたギャリーは、立ち上がって周りを見渡す。


「ベルトルド様反応早すぎー。もうちょっと色々言わせたら面白かったのにな~」


 両手を頭の後ろで組んで、ルーファスがニヤニヤ顔をギャリーに向ける。

 事態が飲み込めない一同にカーティスは苦笑すると、肩にとまっている小鳥を指差す。


「この小鳥を通じて、ベルトルド卿と音声が繋がっています。もろ筒抜けてますよ、ギャリー」

「お、おい……、マジかよ…」


 酢を飲んだような顔になって、ギャリーは椅子に沈み込んだ。




「さて、もう夕飯ですし、食べながら話をしましょうか」


 カーティスもルーファスも席に着く。

 キュッリッキも空いている席に座ろうとしたら、「隣に座れ」とザカリーに手招きされた。思いっきり迷惑だという表情をして、ツンとそっぽを向く。そしてメルヴィンとシビルの間に空いている席に座った。その様子に、ギャリーとルーファスが露骨に冷やかし笑う。


「るっせーおまえらっ」


 顔を真っ赤にして、ザカリーは2人に怒鳴った。

 キリ夫妻が食事の乗ったワゴンを押してきて、ヴァルトが手伝いに行く。肉料理、魚料理、オードブルにつまみ、ピラフやパンの盛り合わせ、サラダにフルーツ、デザート類などなど、美味しい匂いを放つ大皿が所狭しと並んでいく。


「今日も沢山のご馳走を作ってくれたキリ夫妻に感謝して、いただきます」


 カーティスが両手を合わせて言うと、皆元気に「いただきまーす!」と声を上げて食事が始まった。


「肉を食え肉を、ほら、キューリ食え」

「そんないっぱい食べらんないってば~~」


 ギャリーは鶏肉のローストを切り分けて、3人前ほどもある量を皿に盛り、キュッリッキの前に置く。


「残してもいいから食え。仕事入ったんだ、体力つけろ」

「うにゅぅ~~」


 鶏肉は嫌いじゃないが、量が多すぎる。キュッリッキはしかめっ面で肉の山を睨みつけていたが、


「オレにも少し、分けてください」


 隣でメルヴィンが、取り皿をキュッリッキの方へ差し出した。


「うん、あげる」


 キュッリッキは喜々として、ここぞとばかりに2人前分をメルヴィンの皿に分けた。


「あ、ありがとうございます」

「えへへ」


 無邪気に笑むキュッリッキに、メルヴィンはやや引き攣りながら微笑み返した。


「キューリさん、これは一人分ですからね」


 メルヴィンとは反対側の隣に座るシビルが、ミートパイとスコッチエッグ1個を乗せた皿を、キュッリッキの前に置いた。


「お肉ばっかり…」

「キューリさんはカロリー高めのものを、たくさん食べないとダメですよ。痩せすぎなんですから、少しは脂肪つけてください」

「はーい」


 シビルはタヌキのトゥーリ族だ。背丈は人間の子供くらいしかなく、タヌキの外見に二足歩行する幼児体型な身体、手脚はやや短い。尻の部分にふっくら生えている、フサフサの縞々尻尾が大きくて可愛らしかった。

 世話焼きな性分で、椅子の上に立って小さな手で料理を色々取り分けみんなに配っていた。これでもAAAランクの魔法〈才能〉スキルを持っている。


「肉は嫌いですか?」


 メルヴィンに訊ねられて、キュッリッキは首を横に振る。


「好きだけど、沢山は食べられないの。とっても美味しいんだけど」


 お世辞じゃなく、本当に美味しい。


「胃袋が小さそうですね。慌てず、ゆっくり食べてください」

「うん」


 肉ばかりでは口の中が辛いので、時々柔らかいパンや温野菜を交えながら、取り分の肉を食べていく。


<貴様ら、この俺を待たせて呑気に食べ続けるな!>


 食事で賑わう場に、落雷のような怒号が降り落とされた。

 食べることに夢中で、すっかり忘れてたとは口に出して言う勇気はカーティスにはない。あんまり怒らせると、空間転移で乗り込まれてきそうだからだ。実際、過去数件前例がある。


「すみません。たまには可愛い団員たちの、楽しい食事風景の音声だけでもお届けできればと思っていました」


 カーティスはシレっと言うと、軽く咳払いをする。


<そんな音声、お届けされても嬉しくないわ!>


 もっともである。


「では皆さん、私語は慎んで下さい。仕事の話に入りますよ」


 カーティスはワインを一口飲むと、持ってきていた書類を取って、ページをめくりはじめる。


「久しぶりの大仕事になりますね。ベルトルド卿からは許可をもらっているので、今回は全員で出動します」


 おお、と食堂内がざわついた。


「西のモナルダ大陸にあるソレル王国内で出土した、エグザイル・システムのようなものに関連したお仕事です。それを調査しに行ったアルケラ研究機関ケレヴィルの研究者たちを、ソレル王国軍が不当逮捕したとのこと。我々はそのケレヴィルの研究者たちの奪還と保護、エグザイル・システムのようなものの奪還と保護をしなければいけません」

「カーティスさん、エグザイル・システムのようなもの、とは、何なのですか?」


 メルヴィンが問うと、


<のようなもの、とだけ判っただけなようだ。詳細な報告が届く前に逮捕されてしまった>


「なるほど…」


 ベルトルドが回答して、メルヴィンは恐縮したように頷いた。


「一国の軍相手か。暴れてもいいんですかい? 御大」


 ギャリーが顎に生えた無精髭を、ザリザリと摩りながら言う。


<もちろんだ。ケレヴィルは俺の配下の組織だからな、不当に拘禁したということはこの俺に手袋を投げつけたと同等のことだ。遠慮なんかいらん、徹底的に殺ってしまえ>


「へ、へいっ!」


 ――怒ってる。この人完全に怒っている。


 キュッリッキとキリ夫妻を抜かした全員が、ジッと皿を見つめながら怯えだした。


<ソレル王国なんぞ、たかが属国の身分でしかない上に、副宰相であるこの俺に喧嘩を売ったんだからな。許さんぞ、絶対に許さん!>


 ヒイイイッ!


 食堂のあちこちから抑えた悲鳴が響いた。

 ふてぶてしい代表でもあるヴァルトですら、怯えの色を隠さず震えている。隣のメルヴィンやシビルも、青ざめた顔で俯いていた。

 キュッリッキは目をぱちくりさせて、みんなの様子を見て首をかしげた。そして、シビルの服を軽く引っ張って、声を潜めて問う。


「ねえ、なんでみんなベルトルドさんのこと、こんなに怖がってるの?」


 シビルはつぶらな目を細め、さらに声を顰めて応じる。


「…詳細はそのうち教えてあげますが、我々はベルトルド様の恐ろしさを、身を持って知っているんです。声の調子だけで、喜怒哀楽が判断できるくらいに」

「んー…、そんな怖そうなヒトには見えなかったよ。滲み出るような迫力はあったけど、ハンサムなおじさんだったし」


<こら、リッキー、そこは”ハンサムなおにいさん”でいいんだぞ>


「はにゅ! ごめんなさいっ」


 キュッリッキとシビルは同時に跳ねあがった。


(じ……地獄耳なんだあ)


 ビックリしながら肩をすくめて、キュッリッキは小さくなって座り直した。


「あまりみんなを脅さないでくださいな。あなたの怖さを知らないキューリさんですら、萎れちゃいましたよ」


 カーティスは肩の小鳥に、抗議するような視線を向ける。


<安心していいぞリッキー。愛しいリッキーだけは、この世で一番大好きだからな>


 これまでとは打って変わって、優しく甘い声がキュッリッキに向けて投げかけられた。


「ふぅ、良かったの~」


 キュッリッキはホッとしたように笑顔を見せた。しかし、他の皆は爆弾発言を聞いたかのように、ギョッとした顔をキュッリッキに向けていた。


「ん?」


 周りの視線に気づいて、キュッリッキは不思議そうに目を瞬かせた。


<兎に角、今回の件では、貴様たちの好きなように大暴れして構わん。結果ソレル王国が滅んでもいい。全ての責任は俺が持つから、手を抜くことなく、徹底的に殺れ>


 事実上の、ソレル王国への処刑宣告だ。

 非公式にではあるが、すでにソレル王国側からハワドウレ皇国に宣戦布告しているようなものである。公なことではないので、ベルトルドは私的にライオン傭兵団を使って、ケレヴィルの研究者たちを奪還するという方法を取ろうとしているが。

 もしこれが公の下の行動であれば、ハワドウレ皇国は正規軍を動かさざるをえなくなる。しかし一介の傭兵団が動いた程度では、戦争には発展しない。


「では、食事が済んだら、ブルニタル、メルヴィン、ミーティングをしますよ」

「はい」

「判りました」

「出発は早いほうがいいですか?」


<出来ればな。インテリというものは、体力とは無縁だからな>


「判りました」


 傭兵とは正反対だろう。早めの救出を試みなければ、すでにヤバイ状態の研究者もいるんじゃないだろうか。カーティスは内心、先が思いやられると溜め息をこぼした。


<ああ、そうだ。拘禁されてる連中に、シ・アティウスという男がいると思う。他の研究者たちは見捨てても、そいつだけは確実に救出して欲しい>


「…判りました」


<さて、俺の悪口も気楽に言えんだろうから、これで俺の通信は切ってやろう。吉報のみを寄越せ、報酬は弾んでやる>


 そう言って、小鳥は口をつぐんだ。

 ちょっと間を置いたあと、食堂にホッとした空気が静かに流れた。


「ベルトルド卿の個人的な事情も、一枚噛んでいるようですね」


 簾のような前髪の奥の目が、スッと細められる。


「御大はケレヴィルの所長もしているしな」


 ギャリーは頷きながら腕を組む。


「さてみなさん、早々に食事を済ませてしまいましょう。時間も長引いてますし、これではキリ夫妻が片付けられません」

「そうだな」


 みんなそれぞれ頷きながら、食事を再開した。


「アタシ、お皿洗い手伝うね」


 キュッリッキがキリ夫妻に声をかけると、キリ夫人が嬉しそうに頷いた。


「助かるわ。ありがとう、キューリちゃん」

「……おばちゃんまで、キューリって呼ぶんだね…」


 ガックリと肩を落とすキュッリッキを見て、メルヴィンは苦笑を漏らした。

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