第14話 召喚する方法とは

 食後は、キュッリッキ、メルヴィン、ヴァルトの3人が皿洗いに参加して、大量の洗い物も素早くすんだ。重い大きな鍋やフライパンは、ヴァルトとメルヴィンが率先して洗っていた。


「ありがとう3人とも。とても助かったわ」


 にこやかなキリ夫人に、3人はおやすみなさいと挨拶をして台所を後にした。


「さーて、俺様はトレーニングだぜ!」


 ヴァルトはフンッ!っとその場で力み、談話室のほうへ元気よく向かった。


「オレはカーティスさんの部屋へ」

「アタシお風呂。着替え取ってこなくっちゃ」


 2人は階段のそばで別れ、キュッリッキは自室へ戻るため階段を上がった。


「よ、よお、キューリ」


 階段の踊り場にザカリーがいて、キュッリッキはビクリと固まった。


「ちょっと食後の運動に、散歩にでもいかねーか?」


 ヘラリとした笑顔を貼り付けて、ザカリーは親指でクイッと促す。


(冗談じゃない、2人きりなんて…)


 キュッリッキは全身に不愉快感を滲み出し、目を背けると、何も言わずその場を通り過ぎた。


「お、おいっ」


 ザカリーは慌てて再度呼び止めるが、キュッリッキは足早に自室に入ってしまった。引き留めようと伸ばした手が虚しく空を切る。


「お怒り、まだ解けねえか…。あれから時間も経ったし、そろそろお怒りも解けているはずだと思ってたんだが。まだダメか」


 はぁ…、とその場に情けない溜息を吐き出し、悔しさを滲ませてガシガシッと頭を掻いた。




 後ろ手にドアを閉め、キュッリッキはムッとした顔のまま、自分の足の先を睨みつけた。

 最近いつもああして何かと声をかけてくる。

 ザカリーから声をかけられる度、翼のこと、アイオン族であることをバラされるんじゃないかと、不安で押しつぶされそうになる。


「ザカリー、記憶喪失になっちゃえばいいのに…」


 物騒なことを呟いて、キュッリッキはベッドに俯せに倒れる。ベッドがギシッと音をたてた。

 片翼であること、アイオン族であることは、ライオンの皆には絶対に知られたくない。ヴァルトは同族ですでに知っていた。知られていたのは気分がイイものではなかったが、幸いヴァルトは本国の連中とは違ってキュッリッキに同情している。


「ザカリーは信用できない。アイオン族じゃなくヴィプネン族だから。片翼であることがどんなに辛いことかなんて絶対理解できないもん。だから、きっと平然と言いふらす事ができるに決まってるんだから。…今回のお仕事、ザカリーと一緒の班には絶対なりたくないの」


 ベッドの上に跳び乗ってきたフェンリルに、キュッリッキは沈んだ声で呟く。


「お仕事に集中できなくなっちゃうから…」


 心に大きな傷となっている片翼を見たザカリーが、近くにいるだけで心が落ち着かなくなり不安に苛まれる。たとえ仕事であっても、一緒にいるのは嫌だった。

 フェンリルがキュッリッキの頬を、慰めるようにペロリと舐めた。


「ありがとうフェンリル」


 フェンリルはもう一度ペロリと舐めると、キュッリッキの顎の下に頭を入れて、丸くなって目を閉じた。

 柔らかな毛先に刺激されてこそばゆかったが、灯りのついていない暗い部屋の中で、キュッリッキはじっと俯せのままでいた。




 コンコン、とドアを叩く音がして、キュッリッキは頭を上げた。


「誰かな…? どうぞー」


 ベッドから起き上がると同時に、ドアが開いてシビルがピョコッと顔を出した。


「寝ちゃってたかな? ゴメン、カーティスさんが会議室に呼んでるよ」

「んーん、寝てないから大丈夫。なんの用事かな」


 キュッリッキはワンピースのシワを手ではたいて直し、シビルと共に部屋を出た。


「用件は判んないんですけど、仕事に関することで、なにか聞きたいことでもあるんじゃないですかね~」


 そう言って、シビルは黒い鼻をヒクヒクさせる。

 歩くときはフサフサの尻尾をユラユラさせるので、キュッリッキはついつい目がいってしまう。

 タヌキのトゥーリ族の彼女は、キュッリッキよりも背が低い。見た目の可愛らしさと相まって、キュッリッキはシビルが大好きだ。

 正確には、可愛い動物なども好きなのだ。ファンシーで可愛いものに目がないくらいに。可愛いもの好きのキュッリッキにとって、シビルと一緒にいると心が和んでしまう。


「んじゃ、私は部屋に戻るので」

「判った~。おやすみなさい」

「おやすみ~」


 小さな手を振って、シビルは自室に入っていった。

 キュッリッキは階段を下りて、談話室の奥にある会議室のドアをノックした。


「入ってください」


 カーティスの声がして、キュッリッキはドアを開ける。

 さほど広い部屋ではなかった。メンバーの自室より多少広いくらいで、ビッシリと難しそうな本が詰まった本棚が壁に並んでいる。壁の隙間を埋めるように世界地図のポスターやメモ書きの紙がピンで留められ、部屋の中央に質素な応接テーブルセットが置かれていた。


「急に呼び出してすみません。いくつか聞いておきたいことがあって」


 カーティスが手振りで小さな椅子を指す。そこに座れということだろう。キュッリッキは素直にその椅子に座った。

 応接ソファには、カーティス、メルヴィン、ブルニタルが座っていた。もう一つ空いている所には、ダンボール箱がいくつか占拠している。


「我々は召喚〈才能〉スキルを持った人と面識がありません。なので、世間一般に伝わっていること以外は、まるで知らないんです。キューリさんの入団は、我々にとって新し選択を増やしてくれました。それでどんな使い方が出来るか、知識を蓄えておきたいんです」

「ほむ」

「ではブルニタルのほうから、色々質問がありますので教えてください」


 キュッリッキはコクリと頷いた。

 ネコのトゥーリ族であるブルニタルは、三毛猫の外見をしている。そして赤いフレームのメガネをかけていた。普通の人間のように、耳が左右顔の横にあるわけではないので、フレームの先っちょがぐるりと伸びていて、頭上の耳に引っ掛けていた。


「色々聴きますので、お答えください」


 メガネのフレームを神経質そうに押し上げながら、ブルニタルはちょっと大きめのメモ帳を開いく。


「まず、どんな風に召喚というものをするのか、具体的に教えてください」

「具体的、かあ」

「魔法とは違うものだと聞いていますが、何か儀式的なことをするのなら、それをする場所やタイミングが必要になるでしょう。道具や何ならも揃えないとですし。なので、具体的に知っておきたいのです」


 なるほど、と呟いてキュッリッキは納得した。

 ブルニタルはライオン傭兵団の軍師的役割も担っている。それで色々知っておきたいのだ。


「じゃあ、実際に召喚してみせるね」


 キュッリッキは座り直し、ひたと前方に視線を向けた。


「召喚はね、アルケラっていう神様たちの世界からしか、呼び出すことはできないの。呼び出せるのは、アルケラに住んでいる全ての住人たち。名もない不思議な生き物から、偉い神様まで全部」

「なんと…」


 ブルニタルはペンを走らせ、一言一句漏らさず書き留める。


「そして、まずは、この目でアルケラを視る」


 キュッリッキは人差し指で自分の目を示す。黄緑色の瞳には、虹色の光彩の微粒子が常にまとわりついている。普段はあまり気にならないが、今は光彩が強い光を放ち始め、3人は身を乗り出し見入った。


「アルケラの至るところを視て、目的に合う子達を探すの。アタシが何を呼び出したいかある程度目的がハッキリしてると、勝手に向こうからアタシを見つけてくれたりするんだよ」

「ほほう」


 次第に光が強まり、キュッリッキは手を前方へと伸ばした。


「目的の子が見つかると、その子とアタシが目を合わせる。こちらへ招き寄せるためには、絶対に目を合わせる必要があるのね。目のない子もいるんだけど、そういうときは、気持ちを合わせるの。んで、目が合ったら”おいで”って声をかけてあげると、次元を超えてこちらへとやってくる」


 突然、室内の空気に振動が走った。


「なんですか…」


 ちょうど3人が向かい合って挟んでいるテーブルの上に、透明な波紋が広がり、目にも見えてくる。


「おいで」


 すると、波紋の中心から2羽の小鳥が飛び出してきて、部屋の中をパタパタ飛び回り始めた。黄色と黄緑色の小鳥である。そして、カーティスの肩にとまっていた赤い小鳥も、嬉しそうにピーピー鳴きながら、2羽の小鳥に続く。


「こっちへいらっしゃい!」


 キュッリッキがちょっと怒ったように言うと、黄色と黄緑色の小鳥はキュッリッキの頭の上に留まり、赤い小鳥はカーティスの肩に戻った。


「もう、いたずらっ子なんだから」


 しょうがないわね、とキュッリッキは肩をすくめた。小鳥たちは反省の色なく、嬉しそうに囀り鳴いた。


「これが召喚だよ」


 キュッリッキはブルニタルに顔を向けるが、ブルニタルは固まっていた。


「魔法よりアクションが地味だから、呆れちゃった?」


 小首を傾げて残念そうに言うと、ブルニタルはハッとなって瞬きした。


「い、いえ、そんなことはありません。――初めて見たものですから、驚きと感動で硬直しちゃいました」

「ホントですね…。以前ソープワート戦で呼び出していた大きなものから、こんな小鳥まで、様々なんですね」


 ソープワート戦のときの召喚は、ルーファスが中継してくれたものを念話で見ただけだったが、こうして直接見ると感動してしまう。メルヴィンは感極まって顔をほころばせた。


「場所はどこでも大丈夫だし、暗くても平気。ただ、目隠しされちゃうとダメだけど、手足が縛られたりしてても大丈夫だよ」

「素晴らしいです」


 メモ帳にびっしり書きながら、ブルニタルは興奮気味に何度も大きく頷いた。


「呪文か何かを呟きながら、おどろおどろしい儀式とかして呼び出すんだとばかり思ってましたけど。いやはや、場所を問わないっていうのは、いいことですねえ」


 カーティスは一人納得しながら頷いている。


「なにそれ…」


 キュッリッキに思いっきり不可解そうな表情かおを向けられて、カーティスは簾のような前髪に隠される目を、明後日の方へと向けた。なんとなく恥ずかしい。


「娯楽小説に、そんなくだりがあるんです」

「……ふむ」

「そんな小説の話はどうでもいいんです! では次!」

「はいっ」


 ビシッと言うブルニタルに、キュッリッキは思わず腰を浮かせた。


「召喚で呼び出されるものには、どんな事ができますか? 攻撃、防御、回復、強化などなどですが…」

「全部できるよ」

「!」


 ブルニタルはマダラ模様の尻尾をピーンッと立たせた。


「魔法と同じことが可能なんですね!」

「うん。魔法や超能力サイと同じようなこと出来る。この小鳥も、通信出来るでしょ。今呼び出したのも、通信出来る小鳥の仲間だよ」


 キュッリッキの頭の上で囀り続ける小鳥たちは、胸を反らし何だか誇らしげである。


「あと、ベルトルドさんもびっくりしてたけど、召喚出来る数には限度がないから、呼びたいものは全部呼び出せるからね」

「ファンタスティック!!」


 ブルニタルは立ち上がり、パチパチと拍手しだした。このままいくと、大号泣しながら「ブラボー」とか叫びそうである。


「本当に素晴らしいファンタスティックですね。よし、班分けもこれで決まりです」


 満足そうにカーティスはニヤリとすると、一枚の紙をテーブルの上に置いた。

 メルヴィンとキュッリッキが覗き込む。

 陽動部隊に、カーティス、マーゴット、ルーファス、ハーマン、ヴァルト、タルコット。

 救出部隊に、ギャリー、ザカリー、ペルラ、ランドン、シビル、マリオン。

 確保部隊に、メルヴィン、ブルニタル、ガエル、キュッリッキ。


「確保部隊って、エグザイル・システムみたいなもの、の奪還のこと?」


 キュッリッキが問うと、カーティスは「そうです」と答えた。


「ケレヴィルの研究者たちを救出するためには、救出にも陽動にも、かなり人員が必要になります。なにせ、敵の本拠地へ乗り込みますから。エグザイル・システムのようなものに、どのくらいの戦力が投入されているか見当もつきませんが、キューリさんが召喚で色々カバー出来るとなると、確保部隊へ回す戦力は、これで充分になります」

「ええ、良い支援が期待出来るので、オレもガエルさんも、思いっきり戦えます」


 メルヴィンも満足そうだ。


「ベルトルド卿のほうで急ぎ、多少なりとも偵察をしてもらいましたが、だいぶ厳重なようで。やりすぎると相手の警戒を煽るだけなので、ぶっつけ本番よろしく! だそうです」

「……」


 これでは本当に丸投げである。


「では、細かいことをこれから詰めますので、キューリさんは部屋へ戻っていいですよ」

「はーい」

「今日は色々と疲れたでしょうから、ゆっくり寝てください」

「ありがとう。じゃあ、おやすみなさーい」


 おやすみ、と3人から返されて、キュッリッキはニッコリ笑って部屋を出た。




 翌日、朝食後にカーティスから今回の仕事の件での、作戦と班分けが通達された。

 キュッリッキはとてもワクワクしていた。ライオン傭兵団としての彼らとの仕事は、今回が初めてなのだ。

 入団テストの時は、一緒にいたギャリーたちは見学をしていただけで仕事はしていない。

 彼らがどんな風に仕事をするのか、最強の噂は本当なのか、これからそれを見ることができる。そして、確保部隊のキュッリッキは、支援や強化等、あらゆることを担当するよう言われていた。

 ガエルは戦闘の格闘複合〈才能〉スキルを持ち、肉体そのものを武器に暴れまわる。

 メルヴィンは戦闘の剣術〈才能〉スキルで、ハワドウレ皇国でも五指に入るほどの実力者だと言う。更に魔剣も備えているそうだ。

 ブルニタルは記憶〈才能〉スキルを持つ軍師なので、戦闘は直接行わない後衛だ。

 記憶〈才能〉スキルとは、一度目にしたもの、耳にしたもの、味わったもの、触れたもの、感じたものの全てを記憶に留め、死ぬまで絶対に忘れない。記憶障害や痴呆症とも無縁であるという。

 一見地味な〈才能〉スキルに思われがちだが、これは凄い〈才能〉スキルである。人間は必ず記憶を忘れる生き物だ。それなのに、死ぬまで一生全てを覚え続けていられる。その反面、忘れたいことも覚え続けるから、ある意味精神がタフでないと厳しいとも言われていた。


「みなさん頑張ってくださいよ。そして報酬は期待していいですからね。依頼主はベルトルド卿なので、ガッポリふんだくれます」


 オーッ!と期待と喜びの声が食堂を震わせる。稼いでなんぼの傭兵なのは、どこも共通の精神だ。

 キュッリッキもみんなと同じように、両手を挙げて「オー!」と気合を入れた。


「では、準備は昼までに終わらせてください。昼食を済ませたら出発です」




 ライオン傭兵団が出発の準備に勤しんでいる頃、今回の依頼主であるベルトルドは、執務室の窓際に立って空を眺めていた。


「おはようベル。珍しいじゃない、あーたが先に出仕してるなんて」


 リュリュが執務室に入ってきても、ベルトルドは微動だにしなかった。


「どうしたのん? こんなに天気がいいのに黄昏ちゃって」


 ベルトルドの隣に立ち、顔を覗き込む。


「オデットが旅立った」


 たっぷりと間を空けて、


「は?」


 とリュリュは訝しんだ。そしてデスクの上の隅にあるカゴを見ると、チンチラがいない。


「恋の季節なんだそうだ。この俺より良い男を見つけ、子供を作って所帯を持つんだと言っていた」


 フッと悲しげに微笑み、ベルトルドは目頭を押さえた。


「きっと、俺が恋をしたから、だからオデットは身を引いたんだな」


 肩を震わせ、ベルトルドは涙をググっと堪える。

 リュリュは三流の昼メロならぬ朝メロを見ている気分で、何と答えていいか頭をぐるぐるさせていた。


「ねずみうさぎのくせに、健気なやつだ。ねずみうさぎにしておくには勿体無いほどだ、なあ」


 なあ、と言われましても!? と、リュリュは垂れ目を眇めた。それに、ねずみうさぎではなく、チンチラだと教えても覚えやしない。


「まあ、この俺に匹敵する、あるいは上回るほどの男なんぞこの世のどこを探してもおらんだろうが、ねずみうさぎにはそこそこの男はいるかもしれん。この俺が見込んだ女だ、良い男を捕まえて幸せになって欲しい」


(小動物の言葉が、ほんとに判るのかしら…? Overランクって凄いのねえ…)


 キザったらしく言うベルトルドを胡散臭げに見て、リュリュは呆れたように首を振った。

 後日、姿を消したチンチラのオデットは、世話係をしていたエーメリ少年の宿舎に現れ、エーメリ少年と幸せに暮らしているとのことだった。そのことを、ベルトルドだけは知らなかった。

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