第20章「大切なもの」
「…………ノアだって……」
「ノア!?」
いつの間にか回復していたらしいノアがわたしの腕から抜け出して、自分の足で立ち上がる。
そして小さな体で、せいいっぱい総長を見上げた。
「……ノアだって! もうわすれるのもなくなるのもいやだ。第一世代の人達だってなにもまちがってないし、消えてほしくないっ」
「ノア……!」
泣いている場合じゃないのに、胸から熱いものがこみ上がってきて、思わず視界がぼやける。
「総長、ノア達だって、ちゃんと未来を作れるから。あなたが望んだものかはわかんないけど、ノア達が生きたい、幸せで平和な未来を───」
ノアがさらにたたみかけた、その瞬間。
「ふっ」
総長が、完全に人を見下した顔で、ノアを笑った。
「お前達第二世代が未来を作るだと? 笑わせるな」
「え……」
まさかの言葉に、わたし達は思わずかたまる。
なんで? 総長、第一世代はともかく、第二世代は成功作だからお気に入りなんじゃないの?
「な……っ、さっき言ってたことと真逆じゃん!」
動けないノアの代わりにわたしがかみつくと、総長は首をゆるゆると横にふる。
「いいや、真逆ではない。第二世代は『正しい』未来を作るために『使える』人材だ。あの子達が未来をえがくんじゃない、僕が用意した場所で、僕ののぞむものを実現させるんだ。
自我のある第一世代はまちがっていたとしても勝手に未来を作れるかもしれないが、意志もない第二世代には不可能だ」
ずしずしと、総長の冷たくてとがった言葉が、ノアの心に突き刺さっていく。
総長はノアに近づくと、身をかがめて、ノアの顔を至近距離からのぞきこんだ。
「答えてくれ、ノア。そんな人工の生命体が、どうやって管理者なしで未来を作れるって言うんだ?」
ふらりと、ノアが後ろによろめく。
「それ、は……だいに、あ、……クローン……う、ノア、は…………っ」
ノアの顔がくしゃりとゆがんで、ひとみの上にたまっていた涙がほおにあふれる。
どこにもつながらない言葉だけがノアの口から出てきて、ようしゃなく総長ににぎりつぶされていく。
総長はすくっと背筋をのばすと、とどめの一言をノアに浴びせた。
「何者でもないお前が未来を作るなんて、笑わせるな」
ない。
これは、ない。
ぷつん、と頭の中で何かの糸が千切れる。
心臓が肋骨も肺も
熱いとか、怒っているとか、そういう次元の話じゃない。
たくさんの感情がまざり合って、
「ちがう!!」
息を吸うまでもなく、今までにないくらいの大声がのどからえぐりでた。
「…………ユイ、さん……?」
ふり向いたノアの、かわいそうなくらい赤くなっている目元を見て、さらに怒りがこみ上げてくる。
何者でもないとか、まちがっているよ。
ノアは、わたし達のために抵抗してくれた。わたしは、ノアがいて初めて先輩になれた。
ねえノア、全部ノアがいてくれたからなんだよ。だから、ありがとう、あと、それと……
「──わたしの大切な後輩にそんなこと言うな!!」
わたしは殴りかかる勢いで総長に近づくと、力いっぱいどなった。
「あなたは平等だとか平和だとかのためにノアをこんなにも傷つけたんだから、わたしもわたしが知ってるもののために一生懸命言わせてもらうね!」
口を半開きにしたまま返事をしない総長と、言いたいことが頭の中からあふれかえりそうなわたし。
彼に言われっぱなしだったさっきと、立場が逆転している。
「あなたが目指してる『完璧』で『平等』な世界で、だれが幸せになれるの!?」
答えて。
「あなたはこんな風に『いらない』人間を消さなきゃいけなくて、わたし達は正しくしなきゃ『失格』になるかもしれないこの状況に、平和とかそんなものある!?」
説明して。
「あなた完璧な未来だとかよく言ってられるよね、それを生きるわたし達のことぜんっぜん信用してないくせにさぁ──!!」
なんでここまで傷つけられなきゃいけないのか、わたしを、納得させて。
さっきまで余裕そうだった総長の眉間に、どんどん怒りのしわがきざまれていく。
「第二世代が未来を作れないとか、全然そんなことない。っていうか、ノアがあなたに抵抗した時点で、もうすでにちがう未来ができてんじゃん!」
これで最後にするつもりで、わたしは血の匂いがするのどで、人生最大級の怒声をあげた。
「わたし達にはわたし達なりに大事にしたいものがある。むかしとはちょっとちがうかもだけど、守りたい幸せがあるの!
──それがわからないなら頭が固いおじさんはだまってて!!」
……あらやだ、ユイさんったら、少々お口が悪くなりすぎましたわ。
そう気づいたのは、総長がゾッとするほど冷たい目つきで、ポケットからなにかを取り出した時だった。
表情とは裏腹にガタガタとふるえる手には、エストさまが持っていたのと似た形の、黒光りする──銃。
「お前が知ったような口を聞くなよ」
だめだ、どうしよう。
ここで電撃を受けて身動きが取れなくなったら、終わりだ!
とっさにノアをかばおうと、両腕を広げた瞬間。
「うあっ!」
ヂュンッと、生まれて初めて聞くふしぎな音。
それと同時に、わたしの体は地面に叩きつけられる。
痛い。打ちつけた体が、痛い。
でも、電撃とか、そういう痛みじゃない……?
ゆっくりと目を開き、絶句した。
わたしのすぐ後ろの床に、焦げ跡とは全然ちがう、えぐったような太い線状の跡。そして。
「ノア……!」
わたしの上におおいかぶさっている、ノア。
目をぎゅっとつぶって、痛みにたえるように首の後ろ側を押さえている……!?
「なっ、なんでっ」
小さな手を無理やりはがすと、やぶれた制服のえりの下の白くて細い首筋に、いやにあざやかな赤色の線がきざまれていた。
そこから、だらだらと血があふれてくる。
電撃を受けただけじゃ、こんなことにはならない。
──レーザービーム、だ。
かすっただけ……? でも、こんなもの、かすっただけで十分危険だよね!?
っていうか、なんで総長はエストさまみたいな人を動けなくさせる護衛用の電撃銃じゃなくて、人を殺せる光線銃を持っているの!?
「なんで、失敗作をかばった」
総長の言葉に答える余裕もなさそうなノアを抱きしめ、彼に怒りの詰まった視線をつきさす。
さっきのが人生で感じた中で一番強い怒りだと思ってたけど、前言撤回。
脳みその中で、バチバチと何かが爆発している気分。
目の前がチカチカする。いつの間にかほおにあふれていた涙が、火傷しそうなくらい熱い。
こんなものを持っているような人が作った『平和な世界』のなかで生かされていたことも。
今、わたしを撃ってだまらせようとしたことも。
それをかばったノアを、心配どころか否定したことも。
この人の存在全てが、許せない。
総長があと一歩でも動けば、風船みたいにふくれ上がった理性が破裂しそうっていう瞬間。
ポーンと、マヌケな電子音があたりにひびいた。
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