第19章「はじめまして、総長」
「さ、さいじょーかい……!」
ようやく見えた「B1」のドアの前で、わたしはどさっとすわりこむ。
ほっ、ほんとにきつかった……!
息なんて肺がはりついちゃったみたいに苦しいし、足はもうどれだけ力をこめたって動かない。
少し休みたいところだけど、作戦開始からもう、二十分もたっている。
アルタン達はできるだけ時間をかせぐって言ってくれていたけど、どれくらい持つかはわからない。
すぐに動かなきゃって壁に手をついて立ち上がると、わたしはゆっくりゆっくりドアを開けて、そっと中を見まわす。
そこはほかの階とはちがって、ドアが廊下を
反対側の壁にエレベーターとドアがあって、それ以外は大量のモニターと機械でうめつくされている。
よし、だれもいない。
部屋の真ん中には、人一人が入れそうなサイズのカプセルが四つならんでいた。
きっとあれが『調整』をするための機械だ。
「あ……!」
一番手前のやつだけ、中に入るためのハッチが開いてる!
もう一度周りを見て、だれもいないのを確認してから、わたしは中に飛びこむ。
まだふるえている足をもつれさせながら、カプセルのところまでたどり着いた。
「ノア……!」
予想通り、にぶく光るカプセルの中にはノアが横たわっていた。
おそるおそるほおをさわると、びっくりするほど冷たい。
だけど、ちゃんと胸が呼吸に合わせて上下している。
よ、よかった、とりあえず生きてる……!
そう胸をなで下ろしながら、わたしはカプセルの中に腕をつっこんで、ノアをかかえ上げる。
いくらノアが小さいからって、完全にぐったりしている子どもを持ち上げるなんてむずかしい。
わたしは、ノアを引っぱり出すと同時に自分まであおむけにたおれてしまった。
「うー……」
「ノア、大丈夫!? わたしのこと、わかる?」
ノアがかすかなうめき声をあげて、うすく目を開けたけど、またぐったりしてしまう。
もしかしたら、この三日間、ちゃんとしたご飯ももらえずにずっとここにいたのかも。
そう想像しただけで、ジリジリと怒りがお腹の底からこみ上げてきた。
とにかく、今すぐカプセルからはなれないと。
わたしは起き上がると、なんとかノアを引っぱって部屋のすみに移動する。
よし、ここでみんなが来るまで待っていれば大丈夫……。
「なにをしている」
「ひっ!」
とつぜん、背後から低くてかたい男の人の声がした。
大人の声を
ノアをだきしめる腕にぎゅっと力がこもる。どくどくと耳のうらで心臓がわなないていた。
ふり返ると、そこには背の高い男の人がいた。
茶髪で背が高くて、立っているだけでおどされているような気分になる、怖い人。
きっと、この人が『総長』だ……!
わたしはノアの体をささえながら、立ち上がる。
ひとみの代わりにレンズでもはめこんだんじゃないかってくらい、光も奥行きも見えない目が、わたしをとらえる。
わたしは短く息を吸うと、思い切ってたずねた。
「あ、あなたが総長……なの?」
「そうだよ。お前は……識別番号八番か。
じろりと品定めするかのようにこっちを見下ろす彼の視線に、背筋を氷がすべり落ちたみたいな悪寒がした。
わたし、識別番号で呼ばれるのは初めてだ。
ちゃんと『唯』って名前があるのに。
ノアだって、ちゃんと名前があるのに……!
「いやっ、わたし絶対あなたにはノアを返さないから!」
ナメられないように、せいいっぱい声を張り上げると、総長はふっと鼻で笑う。
「助けるつもりか? ノアをもっと傷つけることになるよ。後で消す記憶の量がふえるだけなんだから」
「んな……っ!」
なに、この人!
しゃべり方やたたずまい、そのすべてから、完全にわたしのことを見下しているのが手にとるようにわかる。
お前はなにをしたってむだだって、言葉でふみつけられている気分。
でも、ここで言い負かされたらおしまいだ。
「その記憶を消すってなんなの? なんで、第二世代の子が自分の好きなことを見つけたり、ほかの子よりがんばったりすることが、そんなにいやなの!?」
総長はすっと笑みを消すと、両手を横に広げた。
教科書に出てきた、神様の肖像みたいに。
「すべては正しい未来のためにだ。第二世代は、人種もなければ能力差もない。だれも優劣で傷ついたり、争うことのない、そんな未来をえがくための希望だ……お前達第一世代も、僕を裏切らなければそうだった」
テキストを読み上げるみたいな深くてやわらかい声が、後半で急に温度を失って冷たいものになった。
くやしさで、わたしはぎりっと奥歯を食いしばる。
「裏切ったって……わたし達はふつうに育っただけじゃん!」
「それが、いけないんだよ。ああそうだ、親だって悪かった。平和な世界を作ろうと言っていたくせに、あいつらのやったことは欠点ばっかりで……」
『親』。その言葉に、怒りでふっとうしていた頭が一気に冷めた。
マイマイの話に、総長以外の大人は出てこなかった。
でも、ここには十人くらいの大人──わたし達の、お父さんとお母さんがいたはずだ。
「…………待って、その人達、今どこにいるの……?」
なんだか、すごくいやな予感がする。
総長はうすく笑みを浮かべてうなずくと、人差し指を立てて上を指した。
「お前達と同じだよ──意見が合わないから、出て行ってもらった」
かひゅっと、空気がのどを通り抜けた。
頭が真っ白になる。
……出て行ってもらったって、一緒に生きのびた人達を?
しかもそのことを、彼らの実の娘であるわたし相手に半笑いで明かせるって、一体どんな神経してたらそんな真似ができるの!?
総長が、人間じゃない、全くべつの生命体のように思えてくる。
「なんでそんなことをしてまで、『完璧』にしたいの!?」
そう叫ぶと、総長の真っ白い顔に初めて、怒りの色がにじんだ。
「お前に分かるわけがない。人類滅亡が間近にせまっているのに、最後の最後までおたがいの足を引っぱり続けた世界に、僕が感じた絶望を────!」
その言葉に、すうっとまわりの音が遠のいていくような気がした。
わたし達が生まれる前の、地上の話。
……総長達が辛い思いをしたのは、事実なのかもしれない。
たくさんの人達が、わたしには想像がつかないようなひどい目にあったのも、本当なのかもしれない。
だけど、それをわたしに言うのはずるいよ。
ぎゅっと唇をかみしめて、足元をにらみつける。
だって、わかるわけないじゃん、生まれる前のことなんて!
「……そうだよ」
「ふん」
ふるえた声をしぼり出すと、まんぞくそうに鼻を鳴らした総長をにらみつける。
「知らない。わかんない。空の色とか知らない。ぬるいとか売り切れとかやぶれない袋とかっ、戦争とか死とかぜんっぜんわかんない」
大きく息を吸い込んで、だんっと足をふみ鳴らす。
「でもそれと同じくらい、ノア達があなたに傷つけられなきゃいけない理由も理解できない!」
「な……っ」
総長はいらだった顔でわたしを見下ろす。
……ちょっとだけ、あせってない?
よし、この調子って思った瞬間。
もぞりと、わたしの腕の中のぬくもりが動いた。
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