第18章「ユイ先輩、ダッシュ!」
「……やる」
息がつまりそうな沈黙の中、マイマイのささやきが耳に入る。
びっくりして声のした方を見ると、マイマイはすくっと立ち上がり、シユンを見上げた。
「マイマイ、みんなを説得する。マイマイにもできるっておまえに証明する……!」
しずかだけど、力強い声。
シユンはおどろいたように目を見開くと、たのもしそうに笑みを浮かべた。
アルタンが「みんな注目」というジェスチャーをして、指をならす。
「ドアを開けたらすぐに、二人一組でバラバラに逃げるんだ。マイマイはさわぎにまぎれて、エレベーターで四階に。きみは全部の階に移動できるんだよね?」
「うん、できる」
「よし。それじゃあ、ユーフォンはクテと一緒に走って、シユンはサポーターなしじゃ走れないから、チャクリが守ってね。僕はユイを非常用階段まで送りとどけたら、一人で動く。アンシュとカオルは、二人で大丈夫?」
「「んーばっちり」」
いたずらっ子みたいな笑みを浮かべる二人は、もう回復して動けるらしい。
もう、時間がない。高速で進んでいく会話の内容を、わたしは必死で頭に叩きこむ。
正直、今からでもにげ出したいくらい怖いけど、大丈夫、みんなでがんばればきっとどうにかなるはず!
最後に、全員の目を見てうなずきあう。
「でも、そーちょーさんと会う時は何か武器とかあったほーが……あ」
「「「あ」」」
クテの言葉に、マイマイをふくむわたし達はそろって床を見ると、間の抜けた声を上げた。
「行くよ……アイサー、ドア開けて」
『了解しました』
アンシュの言葉と共に、ドアがすーっと開いていく。
痛いくらい鳴っている心臓の音は、今は無視だ。
シユンから借りたサポーターがしっかり機能していることを確認すると、わたしは先輩達に続いて部屋からかけ出した。
『発見』
廊下の向こう側に、早速エストさまが一体!
わたし達は二手に分かれると、いっせいに走り出す。
ここでつかまったら、全てが終わりだ……!
あっちの、チャクリとシユン、アンシュとカオルのペアの方に行ってくれたかな?
って、後ろを見ると……。
「うわああっ、ついて来ないでー!」
真後ろからずんずん進んでくるエストさま。どうやら、わたし達を先につかまえることにしたみたいだ。
あわてて前を向いて、余計なことを考えないようにして走る。
「分かれるよっ!」
アルタンにうでをつかまれて、少し加速した。
わたし達は非常用階段の入り口につづく左側に、少しおくれてユーフォンとクテが右側にまがる。
一瞬だけふりかえると、エストさまがまよいなく右側の方へとまがって行くのが見えた。
「あっち行ったよ!」
「かかった!」
作戦が成功したアルタンは、すっごく楽しそうに笑っている。
あのグループの中じゃ、ユーフォンとクテの方が運動神経がよくて、足が速い。
で、ここでエストさまがむだのないアンドロイドであることを利用。
そんな二人にわざとわたし達よりおそく走ってもらえば、エストさまは間違いなくつかまえやすいクテ達をねらう。
でも、二人は角をまがったとたんに全速力で走り出すから、そう簡単にはつかまらないってわけだ!
「見つけたっ」
「よしっ、アイサー、ドア開けとい──えっ?」
六階のはずれの廊下について、前もってコマンドを言おうとした瞬間、『だめ』と制されるようにくちびるに人差し指を当てられる。
アルタンはわたしの腕から手をはなすと、なにかを探るようにぺたぺたとドアをさわりだした。
「アルタン、なにしてるの?」
「非常用階段のドアは、アイサーじゃ開けられないんだよ」
「ええっ!?」
そんなドアある!? って思ったけど、そっか。
電気が切れた時に使うための非常用階段のドアが、電気を使うアイサーに制御されてたらいけないんだ。
「……えっ、じゃあどうやって開けるの?」
「たしか……こうっ」
アルタンが
自力で開けるドアなんて、生まれて初めて見たよ……!
ドアが完全に開き切る。
少しだけ顔を出すと、もうしわけ程度の小さいライトがパッと白い光を放った。
……なんだかうす暗いし、ジメジメしているな。
ごくりとつばを飲むと、わたしは中に入る。
「がんばれ、ユイ先輩!」
「うんっ」
アルタンがわたしの背中をぽんっと叩くと、ドアをがちゃんと閉めた。
途端にどうしようもないさみしさがわき上がってくるけど、わたしはそれをユイちゃんスイッチを押してこらえる。
目の前には、まっすぐ上に続いていく灰色の階段。
名前の通り、段になっていた。
わたしはおそるおそる一段目に足を乗せると、もう片方の足を二段目に乗せる。
「おおお……!」
わあっ、本当にただ歩いているだけなのに、いつの間にか登ってる!
その分いちいち体を持ち上げなきゃいけないから、サポーター付きでもちょっとつかれるけど。
でも、がんばらなきゃ!
──なんて
「はあ、はあ、はあ……っ」
うすぐらい空間の中で、わたしのあらい息づかいと、足音だけがひびく。
今、何階? あとどれくらい上がればいいの? みんなは大丈夫?
そんな心配ばかりが、一歩上がるたびに心にずんっと乗っかっていく。
「……あっ!」
ふるえたつま先が段差に引っかかって、思いっきり転んでしまった。
……もう、これで何回目の転倒だっけ?
角にぶつけて痛む足をかかえると、思わず涙がにじむ。
立ちあがろうとして、ふらついて、またすわりこんでしまった。
「うう……」
暗い、怖い、痛い。
このまま上りきられなかったら、どうしたらいいんだろう。
みんながつかまって外に追い出されたら、どうすればいいんだろう。
今になってどうしようもない不安が一気におそいかかってきたけど、すがりつく相手も、はげましあう相手もいない。
「やっぱり、わたしにはむりだよ、だれか……」
いつもの言葉が、口をついて出ようとした瞬間。
「──っ、ちがう!!」
わたしは、こぶしをひざに叩きつけて、心の裏側からにじみ出た弱音をふりはらった。
『だれか助けて』じゃない!
わたしが、ノアを助けに行かなきゃいけないんだ!
「わたしだってちゃんとしなきゃ、ノアは一人で総長に立ち向かったんだから……」
自分をふるい立たせるようにそうつぶやくと、わたしは呼吸を落ち着かせる。
大丈夫? ううん、状況も気持ちもなにも大丈夫じゃない。
でも、やれる。
すうっと息をすいこむと、わたしはユイちゃんスイッチをガリっと引っかく。
「がんばれ、ユイ先輩っ!」
わたしは立ち上がると、ふるえる足に力を込めて、一歩踏み出した。
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