第17章「みんなのために」

「それ本当!?」と、シユンが食いつく。

 チャクリは大きくうなずくと、いつもまとっているおだやかな雰囲気をきりりと変えて、ぴっと人差し指と中指を立てる。

「まず、総長がどんな手で俺達を追い出すのかはわからないけど、二つだけたしかなことがあります。一つ、俺達全員をつかまえて追放しない限り、総長はノアさんの記憶を消せない」

「えっ、なんで?」

 本当はもうすでに消されてたりして……って、うわああああ怖くなってきた! 

 一人で勝手に想像してブルブルとふるえているわたしの横で、ユーフォンがぽんっとこぶしと手を当てる。

「あーなるほど。二度手間になるからでしょ? がんばってノアたんの中の私たちの記憶を消しても、その後万が一また私たちを見ちゃったら、意味ないからね〜」

「そうか、僕らがつかまらない限りノアは大丈夫なんだな」

 たのもしい先輩達の言葉に、ぶわっと胸の中が熱くなった。

 ……そうだ。考えてみればそうだよ。まだノアの記憶は、消されてないんだ!

 チャクリはわたしの目を見てにこりとほほえんでから、部屋全体を見渡す。

「二つ目は、総長は俺達の動きを把握できていないことです」

「えっ?」

 そうだったら最高だけど、なんでわかるんだろう。

 みんなそろって首をかしげると、チャクリは

「思い出してください」

 とマイマイの方を見る。

「初日に、ノアさんとマイマイさんはそれぞれのペアの部屋でんでしょう?」

「あっ……!」

 そっか!

 電気をつけたみたいに、目の前がパッと明るくなる。

「もしおれらの動きが筒抜けだったら、マイ達はってこと!?」

「だよねだよねっ、わたし達を観察したいなら、時間をむだにするはずがないもんね!」

 シユンとそろってはしゃいだ声を上げると、チャクリは目を細めて力強くうなずく。

「はい、だから『第一世代は追放されて、第二世代は記憶をなくす』という最悪の状態を回避するための条件は、一つです。

 俺達第一世代が全員つかまる前に、ノアさんを救い出すこと」

 その言葉に、目の前にぱあっと光がさした気がした。

「おおお……! でも、どうやって?」

「マイマイさん、エストさまは全部で何体いますか?」

 急に話しかけられたマイマイはびくりと体をふるわせると、「えっと、全部で十体」と答える。

「ボクらがその内二体をぶっ壊したから、のこりはえーっと……」

「八体でちょうどオレらと同じ数。指使え」

 下に転がっているエストさまは、もう動く気配はない。

 さっきも壊してきたから、倒せない相手じゃないってわけだ……!

「ま、そーちょーチャンはそれをぜ〜んぶ送りこんで、私達をつかまえるつもりだよねー? 複数人相手には負けるって、分かっただろうし」

 ユーフォンの言葉に、チャクリが「そういうことです」とうなずく。

 すごい、どんどん解決への道が見えてくる……!

「俺が考えた策はこうです。みんなでこのフロアで時間かせぎをしているうちに、だれか一人が最上階に上がってノアさんを助け出す……どうですか?」

「うん、危険だけど、今はそんなの言ってられそうにないからね。それで行こうか」

 アルタンの言葉に、わたしははじかれたように立ち上がった。

「じゃあ、わたしがノアを助け出す! おねがい、行かせて!」

 ノアがつかまったのは、わたし達を守ろうとしたから。

 だったら、先輩として、今度はわたしが助けに行きたい。

 多分、この作戦の中で一番キケンで重要な役だと思う。

 わたしよりもたよれるすごい先輩がやるべきなのかもしれない。

 けど、けど……!

 アルタンに期待を込めた視線をおくると、彼は同じくらいの目力で見つめ返してくる。

 しばらくの間見つめ合っていると、アルタンはくしゃっと笑った。

「ユイがそう言い出すと思ってた。正直すんごく行かせたくないけど、ここは同じ先輩としてゆずるよ」

「アルタン……!」

「ね、いいよね? みんな」

 アルタンの声に、みんながそれぞれうなずくと、わたしに笑いかけてくれる。

「がんばれ!」と、シユンがわたしの背中をバシバシと叩いた。

 わたしは何度もうなずくと、ユイちゃんスイッチを引っかく。

「でも、どーやって上にいくの? えれべーたーは、ばれちゃうよねー……」

「うーん、どこか最上階につながってて、上からの管理がかなくて、絶対バレないとこ……」

 あっ。

 わたしははっとして、パジャマだけパーティーのメンバーと顔を見合わせる。

 あるじゃん、ピッタリな場所。

「「「非常用階段!!」」」


「ユイたん、あれほんっとにきついよ。最上階まで行ける?」

 あのユーフォンが「きつい」って言うんだから、きっとすごく大変なんだろうな。

 でも、わたしはシユンから借りたサポーターを足につけながら、とびきりの笑顔でうなずく。

「行く!!」

「ふふっ、ユイたんならそう言うと思った」

 七人がエストさまを相手してくれている間に、わたしは非常用階段から最上階までダッシュして、ノアを助け出すんだよね。

 よし、何をすればいいのかがわかってきたぞ!

「えーと、じゃあわたしはノアを助けたら、おりてくればいいんだね?」

「いえ。ユイさん達はかくれて上にのこり、俺達はなるべく時間をかせいでからつかまって、全員最上階へ行きます」

「えっ!?」

 てっきり、ノアを助け出したら、わたしがもどればいいって思ってたのに。

「話つけなきゃいけないだろ、オレらを失敗作っつって追放しようとした総長に」

「つぎはなにしてくるかわかんないしねー、もうなんもできないようにしなきゃ、ヤバいっしょ」

 たしかにそうだった、とカオル達の言葉にうなずく。

 逃げて終わりじゃない。ちゃんと向き合わないと。

 チャクリは「がんばりましょう」とわたし達に笑いかけると、そのままマイマイに顔を向ける。

「できれば、その時に第二世代の全員にもいてほしいんですけど、マイマイさん、連れて来れます?」

「は?」

 ずっとだんまりだったマイマイは、口を開くなりそう言った。

 わたしも、ちょっとわからない。

 第二世代まで来るって、どういうことなんだろう?

「僕達がやろうとしてるのは、総長をこの場所のトップから引きずり下ろす行為なんだよ。安全をおびやかす存在を排除するためにね」

 同じリーダーとしてなおさら許せないのか、アルタンが眉をひそめる。

「でも、なんでマイマイたち第二世代まで……」

「マイたんよーく考えてみて。今、そーちょーチャンが、第二世代がいるから第一世代はいらないって追い出そうとしてる。

 ……じゃあ、もし第二世代よりも『平等』で『正しい』第三世代が生まれたら?」

「あっ」

 ユーフォンの言葉に、わたしは思わず声をもらした。

 マイマイもひゅっと息をのむと、目を丸くする。

「……マイマイ達も追い出されるかもしれない?」

「そ」

 指先をいじりながら返事をするユーフォンは、いつも通りの軽い調子だったけど、その目は今までになく真剣だ。

 そうだ。これが第一世代だけで終わるとは限らない。

 つぎの被害者は、マイマイ達かもしれないんだ……!

 底なし穴をのぞきこんでいるような恐怖が、胸の底に浮かび上がる。

「その第三世代達も、もっとすごい第四世代が来たら追い出されるかもってことか……」

 腕を組んで考えこむシユンに、わたしは思わず身を乗り出す。

「そっ、そんなのないよ!」

「これは俺達だけの問題じゃないんです。今後このドームで生まれる、全ての世代に影響しかねません。すぐに食い止めないと」

「だから、第二世代のきみ達にも、ちゃんと総長と話をつけて欲しい。全員で立ち向かわないと行けないんだ」

 チャクリとアルタンに真剣な眼差しで見つめられ、マイマイはさっと視線をそらすと、ぎゅっとハーフパンツをにぎりこむ。

「もちろん、追放なんていけないって分かってる。でも、第二世代は第一世代のおまえらみたいになかよくなんかないし、こんなふうに作戦会議なんかできないし、すぐに話なんかむり……!」

「マイマイならきっとできるよ! おねがい、協力して!」

「ボクらのためじゃないよ。マイちん、自分のため、第二世代のためにやってくんないかな」

「でも、マイマイ……」

 口々にはげましても、マイマイは視線をそらして「できない」って言うばかり。

 どうしよう、第一世代の子が四階に行くって手もありだけど、そうするとエストさまと相手する子の数が減っちゃう……!

 ぐるぐると思考をめぐらせて悩んでいると、シユンが少しふらつきながらも、立ち上がった。

「………おまえ、ノアのためにすらなんもできないの?」

「え……?」

 今まで聞いたことがない、低い声。

 シユンはマイマイをにらみつけるような力強い眼差しで、見つめる。

 だけど、そのこぶしはマイマイと同じくらいふるえていて。

「ノアは危険な目にあってまで、自分がおかしいって思ったことに立ち向かおうとしたじゃんか、なあ。マイだって、おかしいって気づいてたんじゃないの!?

 おまえ『第二世代じゃ特別な関係とか全然できない』とか言ってたけどさ、できるわけないじゃん、こういう時だれかのために立ち上がれなきゃ!」

 シユンがそう声を張り上げた瞬間。

 外から、キュルキュルと何かが動き回る音がした

「な、なに……?」

 息を止めて耳をすますと、

『第一世代のみなさま、初めまして。我々は第二世代の教育アンドロイドでございます。本日はあなた方をむかえにやってまいりました。すみやかに外に出てきてください』

 センセイとちがって、一瞬人間なんじゃないかって思っちゃうくらい、なめらかな合成音。

「なにが『むかえに来た』だよ……!」と、カオルが苛立たしげにドアをにらみつける。

「ど、どうするのっ!?」

「しっ、大きな声を出したら気づかれる」

 アルタンの言葉に、わたしはさっと口を両手でおおう。

 エストさまが、来たんだ……!

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