第16章「東亜ドームの信念」

 マイマイいわく、第二世代がこっちに引っこしてくるっていう話は、半分うそだったんだって。

 第二世代の子達が地下七から五階に引っこしてきて、空いた上の階に第三世代の子が住むっていうのは、本当。

 でも、その時わたし達第一世代がドームに住んでいるのかどうかは、分からなかったらしい。

 というのも、この一週間は引っこし前のおためし期間じゃなくて。

 第一世代のわたし達がどれだけ「正しく」て「平等」かを見るための、観察期間だったんだ。

 ……能力差も体格差もあって、それぞれに特別な人がいるわたし達は、失敗作かもしれないって思われたの。

 このドームじゃ、いくらクローン技術で資源は無限にあっても、場所はせまいし、センセイみたいな高度なアンドロイドはクローンじゃふやせない。

 それに第三世代が生まれたら、さらに人手が必要になる。

 だから、これから第一世代を住まわせるのは本当に意味があるのかって、総長が判断するためのものだった。

 もし、この一週間で総長がわたし達を「成功」と判断したら、第二世代みたいに調整されてから一緒に住む予定だったんだって。

 逆にもし「失敗」だったら、失格とみなされて追放される。

 文字通り、何一つ持たないで、どんな危険が待ち受けているかもわからない地上に放り出される。

 ……それって、もうわたし達が死んでもどうでもいいってことだよね。

 どっちにしろ、第一世代があるがままここでくらすっていう未来はなかったわけだ。

 ──そして、第一世代は全員失格とみなされた。

 今日は、わたし達を追放する日だった。


 わたしがのんきに過ごしてきた一週間の裏で、こんなことが起こっていたなんて。

 にわかに信じがたい現実に、部屋のだれもが口を開けられないでいた。

 胸の真ん中にじんわりと穴が空いて、ゆっくりゆっくり広がっていくような気分だ。

 わたしは、そしてわたしが大好きなみんなは、いらない失敗作として見られていた。

 ただ生きてきただけで失敗作って、じゃあどうすればよかったの?

 マイマイはそんなわたし達を見て、少しだけ眉を下げると、かすれた声で続ける。

「ノアは……ノアは、報告の日に『あなたの思う平等じゃないからって失格はおかしい』って、総長に抗議した。だからつかまった」

「つ、つかまった!?」

 心臓がドッと耳元で怒鳴る。

 うすうす気づいてはいたけど、体調不良はうそだったんだ……!

「うん。今日の調整でおまえらに関する記憶を消されるまで、最上階に閉じこめられてる……と、思う。ノアはおまえらとはちがって、記憶を消されれば『元通り』だから」

 そう言った瞬間、マイマイの声が大きくふるえた。

「マイマイも、その時の調整でおまえらのことをわすれる……っ」

「うそだろ……!」

 第二世代はわたし達をわすれて、わたし達はドームの外に追放されるわけだから、この先だれも第一世代の名前を知ることはない。

 それって、存在そのものをなかったことにするようなものじゃん!

「あたしたち、もういらないんだね……」

 めったに怒らないクテが、ぎゅっと眉間にシワをよせている。

 わたしも、悲しみをとおりこして怒りがむかむかと湧き上がってきた。

 ノアをつかまえたのも、わたし達を失敗作って言ったのも、マイマイにこんなことをさせたのも、許せない。

「さっきは運よくみんな逃げられたけど、またあのロボが襲ってくるよな」

 カオルが低い声でそうつぶやく。

「うん。今度は全員まとめて捕まえると思う」

 マイマイの言葉に、ゾゾゾッと背筋が凍りついた。

「どどどどどうしよう……! ノアは記憶消されちゃうし、わたし達はドームから追い出されちゃうんでしょ!? わーもうだれか助けてっ!」

「そんな『だれか』が都合よく来るわけないじゃん……!」

 いつもとちがって、意地の悪さも余裕もいっさい感じられないシユンの声に現実を叩きつけられて、目の前が真っ暗になる。

 ふだんなら「ケンカしなーい」とか言ってくる先輩達も、青ざめた顔で押しだまっていた。

 いつもはにぎやかで明るいみんなが全員いるのに、あのムードメーカーのアンシュまでもが真っ青な顔をしてふるえているのが、あまりにも異質で。

 ……沈黙が、いたくて、重くて、このままわたしごと飲みこまれちゃいそう。

 目の前がゆるっとぼやけた、その瞬間。

「そのだれかが、僕達だろ」

 いつもよりずっとかたくて真剣な声が、沈黙を突き破った。

 声の主──アルタンは、強い眼差しでわたし達一人一人を見つめる。

「ほら。一度おそわれかけたけど、みんなここにいる。僕達、十年以上地下で子どもだけで育ってきたんだ。全員一緒なら、追い出されようがなかろうがどうにかなるって、僕は信じてるよ」

 その言葉に、すうっと心の中の不安をぬき取られたみたいに、胸が軽くなった。

 ……ああもう、さすがリーダーだ。

 さっきまでの不安そうな顔はどこへやら、みんなが真剣な顔をして、彼の言葉に聞き入っている。

 マイマイだけが面食らったような顔をして、

「抵抗する気? 総長はドームの全ての権限をにぎってる、歯が立たない」

 と首をかしげた。

「た、たしかにそうなんだけど、なんとかしなきゃまずいもん! なにもしないで追放か、どうにかしてから追放かなら、絶対後者!」

「ボクら効率で動ける人間じゃないしねえ」

 わたしとアンシュが力説すると、マイマイは全く理解できないといった様子でぎこちなくうなずく。

「それに、なんとかできるかもしれませんよ」

 そして、凛とした声が部屋の空気を変えた。

 わたしは期待を込めた目で、声の主──ずっとだまっていた、第一世代のブレインを見つめる。

「打開策はなくはありません」

 チャクリはにこりと笑うと、はっきりとそう言い切った。

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