2153年9月16日(日)

第14章「最後の三日間」

「あいさあぁ、今何時ぃ……?」

『ただいまの時刻は、午後二時五十二分です』 

 その言葉を聞くと、わたしはぐだっとソファに身をしずめた。

 この一週間は待ち遠しくてしかたがなかった、この時間。

 でも、ノアとはもう三日も会えていないんだ。

 シユンづてにマイマイから理由を聞いたら、『体調が悪くなって、もうそっちには来れない』だって……せっかく、なかよくなれたのに。

 しかも今日は交流期間の最終日。

 このまま顔を合わせずおわかれなんて、さみしすぎるよ……!

「ねえ、シユン……」

 わたしは身を起こすと、マイマイに会いにいくためにソファから立ち上がったシユンに声をかける。

「わたしも、マイマイと会っていい?」

 シユンはゆっくりとふり向くと、にひっと笑みをうかべた。

「ちょうどおまえを誘うとこだったんだ」


「今日はおまえも一緒?」

「うん、よろしくね」

 エレベーターホールでマイマイを出むかえると、マイマイはわたしを見上げて、少しだけ眉をひそめた。

「……わかった」

 ううーん、やっぱり迷惑だったかな……? と不安になっているわたしの横で、シユンだけがのんきに笑う。

「なあマイ、今日で最後だし、おまえのやりたいことやろうぜ」

「だったらその『マイ』呼びやめろ」

「えー」

 つれないなあ、とくちびるをとがらせるシユンの横顔を、マイマイがどこか切なそうな目で見つめていた。

 やっぱり、マイマイもおわかれをさみしく思ってくれていたり?

 そう考えると、ちょっとだけうれしくなる。

「第二世代のやつらってあだ名とかつけないの? マイはつけやすそうだけど」

「ない。エストさまにしかられる」

 初めて聞く名前が出てきて、わたしとシユンは同時に目をまたたいた。

「えすとさま? だれそれ」

「なにさまだよそいつ」

「おまえらで言う『センセイ』みたいなの」

 えっ、第二世代じゃ『センセイ』じゃないロボットが先生をしているんだ……?

 にしても、『エストさま』って名前がめちゃくちゃ気になるんだけど。

 シユンも興味津々の四文字が浮かんできそうなひとみで、マイマイを見つめる。

「なんでさま呼びなんだよ、そのロボット。超神々しい見た目とか?」

「わたし達の方はおっきなボトルって感じだよねー」

「エストさまはおまえらのセンセイより背が高くて、形も人間っぽい。名前が『エストさま』なのは、……正式名称が……それっぽいから…………?」

「なんだそれ」と、シユンがケラケラと笑った。

 正式名称……センセイはなんか『教育特化型自律性多機能アンドロイド』みたいなすごい名前があるけど、『エストさまっぽい』ってなに?

 うーん、やっぱりちがいがあっておもしろいなあ。

 なんて、先頭を行くマイマイにつられてなんとなく歩きながら話していると、気づけば三階の端の端の端の方に来ていた。

 ここは空室しかなくて、ふだんはだれも来ない場所だ。

「なんか変なとこ来ちゃったし、ここなにもないからもどろうよ」

 そう提案した瞬間、

「…………ごめん」

 マイマイがそう、か細い声でつぶやいた。

 今のがどういうことかを聞こうとしたとたん、目の前で大きな影がゆれる。

「へっ?」

 わたしは、思わず間のぬけた声をあげた。

 シユンの後ろに、なにかがいる。

 わたし達よりも頭一個分背の高い、銀色と黒色の人っぽい形のアンドロイド。

 そのアンドロイドは長い腕をふりかざして、手の中にある白い銃をシユンの頭に──!

「う、うわああああああ……っ!!」

 逃げようにも足が動かないし、助けようにも手が動かない!

 わたしの悲鳴に気づいたシユンがふりかえった瞬間、

「──シユン!!」

 だれかがわたし達の間に割りこんでくると、そのアンドロイドの足元をはらって、首の部分を壁の角っこにぶつける。

 ガッと重たい音がして、アンドロイドは火花をちらしながらその場にくずれ落ちた。

 その人は破壊されたアンドロイドに目もくれず、すぐにわたし達の方に声をかける。

「二人とも、ケガはありませんか!?」

「う、あぁ……」

 今になって恐怖と安心感が一気にせりあがってきて、かくんと足の力がぬけてしまった。

 同じく腰をぬかしてその場にすわりこんだシユンが、泣きそうなくらいふるえた声で、彼の名前を呼ぶ。

「ちゃくりぃ……!」

 ああ、なんでわたし達の先輩ってこんなヒーローみたいにカッコいいんだろう。

 そうぐちゃぐちゃの頭でただただ感心していると、となりからバタバタと足音がせまってきた。

 ふと我に返って、横を見る。ふたたび、

「へ?」

 と声がのどからもれた。

「う……!」

「つっかまーえた」

 マイマイが体をぐっと壁に押しつけられて、うめき声をあげている。

 かるい口調には似合わない剣幕でマイマイを押さえつけているのは、ユーフォンだった。

 これ知ってる、映画とかで犯人を警察が押さえつけるシーンみたいだ……!

 ……って、え?

「なんでマイマイをつかまえるの!?」

「マイをはなしてやれよ!」

 あわてて二人で抗議すると、

「見えませんか、そのアンドロイド」

 と、チャクリが生まれて初めて聞く冷たい声で答える。

 おそるおそるさっき破壊されたアンドロイドをじっと見てみると、わたしはあることに気がついた。

 アンドロイドの、腕の部分。センセイとまったくおんなじ配置で、『Education Specialized Type Super Autonomous Multifunctional Android』って表示されている。

 三回くらい読みかえして……ぞくりと、背筋を冷たいものでなでられたような気がした。

 このなっがい英語の名前の頭文字をつなげたら、たしかに『ESTSAMAエストさま』っぽいんだよ……!

「これ教育用アンドロイドだよねー、それも『センセイ』よりも高性能でいいやつ。ま、このドームでこれが必要な子どもなんて第二世代しかいないよね?」

 ユーフォンが冷ややかな声でそういうと、マイマイのあごをつかんで、むりやり顔を上げさせる。

 わたし達はすわっているから、マイマイの顔は見えなかったけど、ひざが小きざみにふるえているのが目に入った。

「キミが呼んだんでしょー、このア・ン・ド・ロ・イ・ド。シユたんをユーカイするためかな? ユイたんが叫ばなかったら大成功だったのに、ザンネンだねえ」

「えっ、どういうことだよ、なあ……!」

 状況についていけていないわたしとシユンを、チャクリがささえて立たせてくれた。

 今までにこにこと細められているところしか見たことがなかったひとみが、じっとマイマイをにらみつけている。

「おかしいと思ってたんですよ。今まで九年間も隔離かくりしていたのに、いまさら『引っこすから一週間なかよくできるか試してみよう』なんて……。

 でも、ユイさんとシユンくんがあまりにもうれしそうにしていたから、下手な追求はやめたんですけどね」

「あ……っ」

 怒りのにじんだ声を聞いて、一つ思い当たることがあった。

 先輩になるコツについて聞いた夜、チャクリはなにか第二世代について、聞こうとしていた。

 チャクリ達は、あのころからうたがっていたの……!?

「こーんなことになるんなら、ムリヤリにでも聞き出しときゃよかったんだけどねー」

「『こんなこと』って、なんなんだよ! なんでそんなマイをうたがってんの!?」

 まだチャクリにささえられたままのシユンが、ユーフォンにかみつかんばかりのいきおいで詰め寄る。

 ユーフォンとチャクリはしばらくのあいだ押しだまると、くやしそうに顔をゆがめた。

「──クテさん達が、これと同じアンドロイドに襲われました」

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