第13章「ノアの抵抗」
エレベーターのパネルの数字が上がっていくと同時に、ノアの心の周りにあったあたたかさがうすれていって、代わりに胃が重たくなっていくような気がする。
……もちろん気のせいだって、わかっているけど。
ノアはとなりを見ると、正面を向いたまま微動だにしないマイマイに声をかけた。
「……あ、のさ」
「なに?」
おかしい。
初対面だったユイさんとも、ほかの第一世代のみなさんともふつうに話せたのに、マイマイと話そうとすると、のどの奥がはりついたみたいに声が出ない。
なれていないからかもしれない。
なかよさげに話す第一世代のみなさんのすがたを思い出して、そう考えた。
第二世代では、ふつう、子ども同士で集まって話とかしない。
「……マイマイは、シユンさんと過ごしてて、楽しい」
質問のつもりだったのに、最後に『?』がついているとは思えないようなトーンになってしまった。
ノアはあわてて、
「楽しい?」
と言いなおす。
マイマイはそんなノアをじっと見つめると、少しの間考えて、また前を向いた。
「……まあ、うん。でもどうせなかったことになる」
「そっ、か……」
そっか、じゃないだろう。ノアも同じ気持ちなのに。
マイマイとノアの思考回路は変わらないんだから、答えが同じなのもわかってたのに、わざわざ質問なんかして、ノアは本当になにがしたいんだろう。
……最近は、自分がわからない。
目の前で、エレベーターの扉がなめらかに開く。
バグでも起こして、開かなければいいのにと思った。
なんでそう思ったのかはやっぱり、全然、わからなかった。
広い部屋の壁をうめつくすように、様々なスクリーンや機械が置かれている。
部屋の真ん中に鎮座しているのは、四つの大きなカプセル。
あれが、ノア達を『調整』する機械だ。
ここは、東亜ドームの最上階。そして、ノア達が作られた場所。
ならんで立つノア達の前に、男の人が重たい靴音を響かせてやってきた。
「「……総長」」
ノアとマイマイの声が、重なる。
その人はノア達のすがたを見ると、無言で一つうなずいてから、背後にあった椅子に腰をかけた。
……その一連の動きを見ているだけで、体がこわばるのを感じる。
立っている時はせのびをしないとまともに顔も見れないくらい背が高くて、声は低くて硬くて、とりあえずなにをしてても威圧感のあるこの人こそが、東亜ドームの総長だ。
「二日目の報告では全員要観測ということになっていたな。まずは識別記号
「はい」
記号で呼ばれたマイマイはすっと背筋を正すと、総長を見上げる。
その顔は、この前アンシュさんにだまされて怒っていたとは信じられないくらいに無表情で、いっさいの感情を読みとれなかった。
「先日から今日にかけて、識別番号四番から八番までの五人と対話しました」
「じゃあ、四番から順に評定しなさい」
「はい」
マイマイはせなかの後ろで指を組むと、ぺろりとくちびるをなめる。
「四番から六番の三人はお互いを他の人より特別扱いし合っています」
アンシュさん達の三人組のことだ。
総長の片眉が、ぴくりと上がる。
マイマイはそれを見ると、さっとうつむいて、指を組み直すと早口で続けた。
「特に五番のカオルは二番のユーフォンを実の姉として見ていると言っていました。なので全員失格でいいかと」
「うん、それは非常によくない」
「二番も長らく五番をひいきしていたようです。だから彼女も失格でいいかと。そして一番のアルタンは最年長だからと独断でリーダーを名乗っている、三番のチャクリは平均を上回る知能がある、とペアのシユンから聞きました。全員平等性をみだしているので、失格でいいかと」
マイマイ、きみ、『失格でいいかと』を三回連続で言っているじゃないか。
どう見ても、あせっている。
あせって、自分が思ってもないことを言うから、なんとなくそれに収まりそうな単語にすがって、何回も何回もくり返し使っている。
「なら、お前とペアの七番はどうだ」
総長がそうたずねた瞬間、マイマイが「ひゅっ」と呼吸を引きつらせたのが聞こえた。
マイマイの背中の後ろで組まれた指が、せわしなく動き回る。
「……シ、ユンは、何度も八番に対してのみ態度を変え、彼女が最年少なことをいじっていました。ノ、ノアとマイマイにも対応が同じだから、自分より年下の人間を下に見ていると思います。
だ、だから、『失格』で、いいかと…………」
失格。そう言った瞬間、マイマイは自分の言葉になぐられたかのように顔をゆがめた。
シユンさんはそうじゃないって、マイマイが一番わかっているはずなのに、真逆のことを言った──ううん、言わされたからだ。
総長は明らかに様子のおかしいマイマイを無視して、ノアの方を見る。
「なるほど。それじゃあ識別記号
……ノアの番だ。
ノアはいつもより回らない気がする頭で、なにを言うべきかを必死に考える。
「……ユイ、さん、は」
ノア! って呼びかけてくるユイさんの笑顔が、脳裏にうかぶ。
ほら、言わなきゃ。正しい未来のために、言わなきゃ。
言わなきゃいけないんだよ……!
「この数日間で、特に問題発言はありませんでした。でっ、でも、東亜ドームの信念に疑問を持ち始めています」
ほら言った。言えた。ノアはふつうに答えることができた。
心臓がバクバクいってるけど、うん、ふつう、ふつうだよ。
「そうか、なら失格──」
だから大丈夫、だいじょうぶ、大丈夫なんだって、だってどうせわすれるんだから。
ユイさんのことはわすれて、ノア達はこれから第一世代のことなんて知らないまま生きるんだから、あの人達が失格になったって大丈夫──…
「──だけど、失格ではないと思います。第一世代のほかの人達も」
いや、どこが?
マイマイがぎょっとした顔でふりむく。総長も目を見開いてノアを見下ろしていた。
……ああ、今の言葉、ノアの口から出てきたのか。
かあっと頭が熱くなって、対照的にぶわりと全身に冷や汗がにじむ。
総長は面食らったような顔をして、眉をひそめた。
「なんだって?」
「だって……だって、」
絶対に言っちゃだめなことなのに、もう、口を止められない。
「小さいころからずっと近くにいた人を特別好きになるから、なんなんですか?」
クテさん達は、ユイさんやシユンさんをないがしろになんかしていない。
「なかのいい人達が、おたがいを尊重した上でからかいあって、だれが傷つくんですか?」
ユイさんもシユンさんも、いつだって笑顔で応戦する気満々で、「やめて」とは一言も言っていない。
「年齢も性格もバラバラの八人が、このせまい場所でなかよくいっしょにくらしてることより重要なものって、なんですか?」
ノア達第二世代は、同い年なのに全然なかよくない。
「ノアには、あの絆をつぶしてまで平等を大切にする理由が、わからない」
そう言い切ると、総長は少しの間考えこんで、
「ふうん、そう結論づけるとは────お前までまちがいに気づけないのか、かわいそうに」
刃物みたいにとがった声を、フロア全体に響かせた。
「……え?」
総長の言っていることが理解できなくて、思わずぽかんと口を開けた。
そんなノアを、総長はゆっくり立ち上がりながら、冷たい瞳で見下ろす。
「第一世代は失敗作だ。そしてやつらの
「ノ、ノア……!」
か細い声で名前を呼ばれた。マイマイは顔を真っ青にして、白くなったくちびるをかみしめている。
そして、ノアはようやく自分の失言に気がついた。
総長は落ち着いた足取りで、ノアの方に歩いてくる。
そして、突然かがんだかと思うと、がしっとノアの両手首を片手でつかんだ。
「あっ」
「安心しなさい。つぎの調整日に記憶を消すまで、閉じこめておくだけだ。お前はまだ、失格にはしない」
「や……っ!」
ぎりぎりとにぎる手に力をこめられて、すごく痛い。それ以上に、怖い。
なにかを頭に突きつけられて、つきさすような冷たさを感じたと思えば、意識がもうろうとしてきた。
だんだん、視界が暗くなっていく。
「お前は、第一世代のような手おくれではないと、信じているよ」
総長の低い声が、まるで耳にせんをしたみたいにぼやけて聞こえる。
そして完全に意識を失う直前、たしかに見えたんだ。
総長の首の右側に、青紫のアザ。
ユイさんとまったく同じものが、そこにあるのを。
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