第11章「気になる本心」

「そっちだとどーかは、わかんないけどねー。第一世代じゃ、規則をやぶるとお仕置きがあって……はんせーぶんとか、そーゆーの」

 と、クテがむだにポテトチップスをバリバリと指でわりながら、話し始めた。

「その中に『えれべーたーのしよー禁止』もあったの。第二世代ができる前の話だけど……」

 そうそう、わたしとシユンが物心ついたころにはもう、なかったんだよね。

「エレベーターの使用禁止って……もしかして」と、ノアが顔をしかめる。

「そーゆーこと。べつの階に行きたいなら、暗くてきついひじょーよー階段を使わなきゃいけないの。さいあくだね……」

「うわあ……なにしたらそうなるんですか……」

 わふっとマシュマロを口につめこんでしまったクテの代わりに、カオルがめんどくさそうに答える。

「血縁関係の主張。まあ簡単に言うと、そのセンパイが自分と第一世代の『だれか』が血のつながったきょうだいだって、声に出して言ったわけ。

 ……その『だれか』って、オレなんだけど」

 カオルが顔を下に向けると同時に、ふわりとユーフォンとおそろいの金髪がゆれる。

 わたしは、なんとなくそれから目をそらしてしまった。 

「で、そいつ──ユーフォンってんだけどさあ、規則やぶり続けて、まだあんたらより小さかったのに、何度もその非常階段使わなきゃいけなくてさ。マジでバカ」

 うつむいてしまったカオルの表情は、見えない。

「あたしたちこーはいはその話きーてこわくなって、だーれも自分のことについてそーぞーしなくなったの」

 彼の髪をもふもふとさわりながら、クテが続けた。

 ……うん、そうなんだよね。

 先輩達が何度も『やるな』って言ってくれたおかげで、わたし、規則をやぶって罰を受けたことは数回しかない。

 それも、反省文を書くくらいだ。

「……ノア達は、罰を受けた経験がないから、よくわかんないんですけど、あの…………」

 ノアは少し気まずそうにうつむくと、小さな声でたずねる。

「…………ユーフォンさんは、罰にこりて規則をやぶるのをやめたんですか?」

 それ以上口を開くそぶりを見せないカオルのかわりに、なにか答えなきゃって思ったけど、わたしが言えることなんてなにもない。

 結局、アンシュが気を利かせて、たんたんとした口調で答えた。

「ううん、フォンちんは罰なんかには負けなかったよ。カオルに『きょうだいとかありえない』って言われてからだよ、やめたのは」

「け、結構きびしいことを言ったんですね……」

「……おまえ、ユーフォンがいやになったの?」

 そうたずねるマイマイの声のトーンは、いつもより遠慮がちだ。

「んま、カオルはこれでもかってくらいユーフォンを避けてるからなぁ」

「いつもうざがってるよね」

 なんだか思ったより雰囲気が重たくなっちゃったから、シユンと目を合わせて、わざと明るい声をあげる。

 だまって聞いていたカオルが顔を上げて、一言。

「いやきらいじゃねえよ」

「「「え!?」」」

 その場にいた第一世代の全員が、おどろきの声を上げた。

 いや、だってだって、ふつうそう思うじゃん! 

 だってカオル、ほんとにユーフォンに対してだけは態度がキツいんだよ!?

 徹底的にさけようとするし、勉強とかでも絶対にたよらないしさ!

「マジで!? ボク初耳なんだけど!」

「あたしもー……」

 ほら、親友ですら知らなかったじゃん。

 計六かける二つの瞳に見つめられ、カオルは居心地が悪そうに目をそらす。

「だってあいつ、あれくらい言わねえと絶対やめねえだろ。オレはただ、自分の……『あれ』があれ以上罰されんの見たくなかっただけ」

 ああなるほど、肝心な言葉を口に出さないことで、ギリギリセーフラインにいようとするスタイルか。

 わたしははやる鼓動を押さえながら、カオルのやり方を真似てたずねる。

「じゃっ、じゃあカオルもその、ユーフォンをきょ──じゃなくて『あれ』として見てるってこと!?」

「まあそーだよ。だって、見たら一発だろあんなん……特にオレとユーフォンは。ぎゃくに気づかない方がおかしいだろ」

 カオルの、どこか遠くをうらめしげに見つめるような視線がひどく痛々しくて、なのに目をそらせない。

「マジかあ……おれ、全然気づかなかった」

「気づかれたらアウトだし、当たり前」

 うーん……なんだかふしぎな気分だ。

 胸の半分は『本当はきらいじゃなかったんだ!』ってよろこんでいるのに、もう片方はなぞのさみしさで冷たくなっていく。

 なんだこれ、と悩むのにせいいっぱいで、カオルから視線をずらすことをわすれていたらしい。

 カオルはうげっと顔をしかめると、「あーもうこっち見んな」とそっぽを向いた。

「もうオレの話はいいだろ。第二世代の方とかはそーいうのねえの? 全員クローンだとしてもさ」

 とつぜん話をふられたノアとマイマイは、顔を見合わせるまでもなく、同時に首を横にふる。

「ないですね。特別な人間を作るのは禁止されてるんで」

「えー……それって、きょーだいじゃなくても? 友達もだめなのー……?」

「うん。不公平だから」

 いやどこが!?

 ノアとマイマイの話に、頭がクラクラしそうになった。

 三人の先輩達も、それぞれ「え?」っておどろいた様子で顔をしかめている。

 ほんっとうに、総長さん達大人は、第二世代をどうしたいんだか──。

「あ……」

 そこまで考えて、わたしはハッとした。

 ずっと、『第二世代は変』って思ってきたけど、それだけじゃなくない?

 だって、目の前に、おたがいが姉弟だって気づいているのに、それを言うことすらできない子がいるんだよ。

 まだ小さいのに、暗くて怖いところを何回も歩かされていた『お姉ちゃん』を止めるために、ひどいことを言わなきゃいけなかった『弟』がいるんだよ。

 それに、多分だけど、第一世代にいるきょうだいはカオルとユーフォンの二人だけじゃない。

 チラリと、シユンの顔をぬすみ見る。それから、クテとアンシュも。

 答えは彼らの顔には書かれてないけど、本当は自分とだれかがきょうだいだって、気づいている子がいるかもしれないのに。

 ずっと、第二世代のことばっかりおかしいって思ってたけどさ。

 第一世代も大概なんじゃないの?

 一度頭に浮かんだ疑問が、じわじわと今までのいろんな記憶にしみていって、「これはおかしい」って点滅する。

 わたしは目をつむると、いやな気持ちをふりはらうように頭を横にふった。

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