第10章「開かない袋とぬるい水」
「今はね、こーやっておかしの袋は、はしっこを指ですーってすれば開くけど……」
そう言うと、クテはチョコレートの入った袋を指でなぞる。
すると、袋のはしっこがとけるように開いて、中からチョコレートが顔を出した。
ここまでは、当たり前だよね。
「むかしは、袋のはしっこをりょーてで持って、左右で別ほーこーにひっぱらなきゃ開かなかったの……」
「うわ、ダルいなそれ」
クテの話に、カオルが顔をしかめる。
わたしだっていやだよ、いちいちひっぱらなきゃ開かないおかしの袋なんて。
「だから、袋のはしっこには『こちら側のどこからでも切れます』って書かれててー……でも」
「「「でも?」」」
クテが意味ありげに言葉を切るから、全員が声をそろえて聞き返した。
ちらりと横を見れば、ノアとマイマイもじっとクテを見つめている。
ちゃんと、聞いてくれてる!
……なあんて先輩らしく確認する余裕は、つぎの言葉でふっとんだ。
「あったらしーよ……どこからどんなに強くひっぱっても、絶対に開かない袋が………」
ひっ!!
心臓がバクバクバクっとはね上がる。
「そ、その袋をもらっちゃったやつはどうしてたわけ?」と、シユンがふるえた声でたずねる。
クテは声のトーンを落とすと、不気味ににいっと笑った。
「開かないなー、開かないなーって、ずっとずっと袋をひっぱりつづけるの……」
その瞬間、部屋中から息を呑む音や叫び声があがる。
「ひぇっ……!」
「うわあああああ!! 怖い怖い怖い怖い!」
「袋を引っぱってやぶくとかまずムリなのに開かないとかもっとムリ……!」
「飢え死に確定演出かよ……」
体の内側からじわじわとにじんでくるような恐怖にたえていると、とつぜん、だれかに腕をつかまれた。
「うわあっ!?」
心臓が口から飛び出るんじゃないかってくらいびっくりして、となりを見る。
わたしの腕をつかんでいたのは、ノアだった。あまりの怖さに、無意識につかんじゃったみたいだ。
それを見て、ふるえの理由が一瞬にして恐怖からうれしさに入れかわる。
開かない袋、グッジョブ!
とりあえずニヤけないように一口大のチョコレートを口に押しこんでいると、カオルが手をあげた。
「オレもあるけど、それ系の話」
「まだあるの!?」
マイマイが今までで一番感情的な声をあげる。
カオルはせきばらいをすると、クテと似たようにゆったりと語り出した。
「大昔ではさ、自販機にクローン技術はついてなくて、『売り切れる』ことがあったんだって──」
「「うわあああああああっ!!」」
すでに限界をこえたわたしとノアから悲鳴が上がる。
「売り切れってなに!? ユイさん初耳なんだけど!?」
「ノッ、ノアも、です……っ!」
ノアの腕をにぎる力が、さらに強くなる。
ガクガクふるえているわたし達を見て、カオルが
「いや、まだ叫ぶとこじゃねえよ」
「あっはい」
すんっと口を閉じたわたしに、シユンがニヤニヤと笑みを向けてくる。
「安心しろよ〜ユイ。なんかあったら先輩が守ってやるからなっ!」
もちろん、これは心配とかはげましじゃなくて、からかってきているだけ。
よし、受けてたつ。
わたしはイラつきをほほえみに変えると、わざとらしく頭を横にかたむけた。
「えぇーっ、腹筋五回しかできない人がどう守るの〜!?」
「わあ、最年少のくせに生意気だぞ!」
「お前ら話そらすなー」
「「あっはい」」
カオルの言葉に、わたしとシユンは肩をすぼめて、大人しく口をつぐんだ。
……ノアとマイマイが「なんだこいつら」って感じの目で見てきたような気もするけど、考えないようにしよう。
カオルはまたせきばいをすると、話をもどす。
「で、売り切れにならないようにだれかが定期的に中身を入れかえてたらしいんだけど……あったらしいんだよな。入れかえたばっかりの──」
どく、どく、どく、と、心臓がかってに心拍数を上げていく。
沈黙の中、緊張が限界までふくれ上がった瞬間に、カオルはそれを爆発させた。
「──『ぬるい』飲み物が……!」
「「「うわあああああああああっ!!」」」
輪の中の全員が悲鳴をあげると、となりにいた人と抱き合った。クテだけ通常運転で、ポテトチップスを食べていたけど。
わたしはノアに首をしめられそうになりながら、ガタガタとわななく腕に力をこめる。
「ぬぬぬぬぬぬぬるいってなんですか!」と、耳元でノアの絶叫が聞こえた。
「あったかいものはあったかくなくて、冷たいものは冷たくない……そんな温度のはざまに広がる無限の闇……!」
「「「ひぇえええええええええっ!」」」
また、五つの絶叫がかさなる。
……あっ、カオルさん、これ完全に楽しんでますね。
ふるえあがる後輩達を見て、あの人、悪魔みたいな顔をして笑ってたんだ。
「ウソぉ……」
しばらくしてみんなが落ち着いたころで、アンシュのかすれた声がする。
ノアが「すみません」と恥ずかしそうにはなれたのを、ちょっと残念に思いながらも、そっちを見ると。
アンシュは真っ青な顔で、マシュマロの袋を持っていた。
袋を引っぱる指が、わざとなんじゃないかってくらい大袈裟にふるえている。
「ね、ねえ……この袋、どう引っぱっても開かないんだけど──」
「うわああああ! 消えろっ!!」
まーた冗談言っちゃって。
そう突っこむ直前に、マイマイがバッとマシュマロの袋をひったくった。
そのはずみに、袋はアンシュの手からはなれて、ふわりと空中へ。
「あっ」
二十二世紀の技術でいとも簡単にパカーンと開く袋。
中からこぼれ落ちてくる、うすいピンクのふわふわなマシュマロ。
宙を舞いおどるマシュマロ。
頭の中にポコポコと落ちていくマシュマロ。
あたり一面に、マシュマロ。
「アハッ……」
頭にぽふんと落ちてきたマシュマロを手に取ると、アンシュは目を泳がせまくりながら、
「なあんちゃって〜……ジョーダンだったんだけど」
って、カラッカラの笑い声をあげた。
同時に、シユンとクテがマイマイに同情の視線を向ける。
「あちゃー、信じちゃったか」
「まいまいちゃんくんはあんしゅ初心者だし、しかたないよ」
……そう、アンシュは隙あらばといった感じで、よく冗談を言ったり人をからかうのだ。
わたしもシユンもすっかりなれちゃったから、最近は全然効いてなかったんだけど、マイマイにわかるわけがないもんね。
ニコニコとほほえましげに笑う先輩達に、マイマイはかあっと顔を赤くすると、
「マ、マイマイおまえきらいっ!」
って叫んだ。
「ごめんごめん、許して〜」ってアンシュが両手を合わせる。
わたし達は笑いながら部屋中にちらばったマシュマロを集めて、空いたお皿に乗せていった。
「あはは、マシュマロいっぱい落ちてる」
「……マイマイのせいじゃない」
「だいじょーぶだよ、袋にまだ少しのこってるから、みにくろーんめーかーを使ってふやせば……」
ふてくされているマイマイをはげますと、クテは机の上に腕をのばして、手探りで黒くて四角い機械──ミニクローンメーカー、通称ミニクロをつかんだ。
「あいさーちゃん、あーけーて」
『了解しました』
そしてコマンドで入れ口を開けると、袋にのこっていたきれいなマシュマロを中につめこむ。
「みんな、何個ほしー?」
「二十個くらいあればいんじゃね」
「だねー。えっと、ここに三個あるから、二十個くらいにするには……」
「七倍で二十一個だってさ」
さっすがカオル、スリースでの計算がとんでもなく速い。
昔の子ども達はククとかいう、九×九までのかけ算を全部おぼえさせられてたみたいだけど、そのことも怪談話として話したほうがよかったかな?
今じゃ、小学一年生では計算じゃなくて計算機をどう使うかを学ぶんだよね。
その後の数学の勉強に必要だから。
「にじゅーいっこできたよ」
クテが設定をいじってフタを閉めると、ミニクロの下からポコポコとたくさんのマシュマロのクローンが出てくる。
それをアンシュがべつのお皿で受け止めると、真ん中に置いた。
「第一世代では、それぞれの部屋にミニクロがあるんですね」とノアがちょっとだけ目を見開く。
わたしはびっくりして、思わず聞き返した。
「えっ、ないの? これ、絶対必要じゃない?」
「あるけど、一部屋に一つずつじゃないです」
「そっか。そういうところもやっぱりちがうんだね」
せっかくだし、とふやしたマシュマロを一つ食べてみる。
うんっ、ちゃんとふわふわだ!
「あ、ノアもいる?」
「……ありがとうございます」
ためしにノアに一つすすめると、ぎこちなかったけど受け取って食べてくれた。
「……で、どっかのバカの冗談のせいで雰囲気ぶちこわされたわけだけど? これからこっちに引っこしてくるんだったら、『あの話』しなきゃダメだろ」
カオルの言葉に、ノアとマイマイが顔を上げる。
あの話? なんだろう、怖い話でみんなが知っている……あっ。
「「階段の怪談!」」
わたしとシユンの声が、ピッタリと重なった。
「「カイダンのカイダン?」」
ノアとマイマイも、全く同じタイミングできょとんと目をまたたく。
興味津々な二人に、わたしはうれしくなって早口になりかけながらも説明する。
「ここって、全部が電動でしょ? でも、なにかの事故で停電した時のために、一階から最上階までまっすぐ続いてる『非常用階段』があるんだって」
「カイダンってなんですか?」
おおう、そこからか。
ふしぎそうに首をかしげるノアのすがたに、昔はわたし達だって階段のことを知らない時があったんだなあとなつかしくなる。
「階段はアレだって」と、シユンがスリースの空中お絵かき機能で、カクカクとした形を指でえがく。
「超昔に使われてた、エスカレーターみたいな形の物体」
「えっ、エレベーターの前にそんなものが?」
「あったんだなあこれが」
「人類は誕生した時からエレベーターに乗ってると思ってた……」
マイマイ、気持ちは超わかるよ。
わたしはさっきの先輩達の口調を真似て、おどろおどろしく続ける。
「それで、その道具はね、上の階に上がるために……自分の足を使わなきゃいけないの」
「……ってことは、ボタンを押すんですか?」
「ないんだなあそれが」
「ボタンがない……!?」
わたしも自分で言っておいて、おとぎ話でもしている気分だよ。
だって、ほんとに意味わかんないんだもん、ボタンもエンジンもモーターもなしに上に行くとか。
それ、死んだ時だけじゃない?
「一歩一歩、歩いていれば気づけば上の階についてる……でも、だれもどういう原理かはわかんない──それが『階段の怪談』」
ごくりとノアとマイマイがのどを鳴らす。
その音が聞こえちゃうくらい、あたりはしずまり返っていた。
「……この話、だれから聞いたんですか? ノア達、非常用階段があるなんて初耳ですけど」
「ん? 高校生のわるーいセンパイ」とシユンが答える。
マイマイが眉間にググッとしわをよせると、アンシュをゆびさした。
「こいつがマイマイにやったみたいに、冗談でおまえらをからかっただけじゃ……」
「いーや、それはないね。だってボク、まだおぼえてるし。あのヒトが階段を使ってたとこ」
アンシュの言葉に、ノアとマイマイは「えっ」と声をあげて、顔を見合わせた。
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