第8章「先輩になるってどういうこと?」
「せんぱぁいっ、助けてぇ〜!」
地下七階の廊下でアルタンとチャクリを見つけるなり、わたしは半泣きで彼らに飛びついた。
「わあっ」
「ユイさん、どうしたんですか?」
さんざん「先輩ヅラがウザい」って思ってたシユンの方が、わたしよりずっと『先輩』だった。
そのことが、すごくすごくすごく、これまでにないくらい、くやしくて。
たよれる先輩二人をつかまえたわたしは、二人をずるずると共有スペースのソファに引っぱっていった。
「あれっ、アルるとチャッキーもお呼ばれ?」
そしてすでにすわっていたユーフォンの横に二人をすわらせると、あらかじめ用意しておいた二人の好物──アイスミルクティーとコーラの入ったコップを置く。
ユーフォンがさっき献上したウーロン茶をちみちみと飲みながら、「手厚いねえ」と声を上げた。
「……ユイさんは、俺達になにか交渉したいことでもあるんですか?」
アルタンにコーラのコップを手渡しつつ、自分はアイスミルクティーのコップを手に、首をかしげるチャクリ。
「たのみ事が……あるのです……」
「ユイが、僕達に?」
わたしは首筋をひっかきながら腹をくくると、くやしさを押し殺して両手をパンッと合わせた。
「アルタン達みたいなかっこいい先輩になるコツ、教えてくださいっ!」
今までノアを相手に失敗ばっかりしてきちゃったことをあらいざらい話すと、三人は真剣な顔つきで相づちを打って聞いてくれた。
「な・る・ほ・ど……ちなみに、ユイたんはどんなセンパイになりたいの?」と、ユーフォンが指の爪をいじりながらたずねる。
一見わたしの話を聞き流しているようだけど、ユーフォンの場合はこの仕草をしている時ほど、真面目に考えてくれているのだ。
「えっとね、アルタンみたいなリーダーシップがあって、チャクリみたいに頭がよくて、ユーフォンみたいにすてきな先輩!」
わたしが声高々にそう告げると、三人はそろって思いっきりむせた。
「えっ、みんな大丈夫!?」
「ゲホッ、大丈夫って、ユイがいきなり僕達を例に出すからっ!」
「ええっ、みんなこういうの言われなれてるんじゃないの?」
「ないな〜い」
「ないですよ」
たしかに声に出して言うことは少ないけど、第一世代のみんなが三人のことを尊敬していると思うなあ。
って、いけない、話がそれちゃった。
「とにかく!」と、わたしはたたみかける。
「わたしも一週間……あれ待って、あと五日? 四日? ……ええっと、数日以内に、ノアになついてもらえるような先輩になりたいのっ! だからおねがい、コツとか教えてー!」
三人はそろって顔を見合わせると、うーんと考えこむそぶりをして、わたしに向き直った。
きっと何かが来るはずだ……! と、わたしはスリースの音声入力機能を起動して待ちかまえる。
「ないなあ」
「ないですね」
「ないかなー」
まさかの満場一致のノー。
「うそだあ!」と、わたしはさらに身を乗り出す。
アルタンは眉を下げると「ごめんね」って笑った。
「絶対あるよね!? 三人は最年長なんだもんっ」
「コツなんてない、ユイたんはユイたんのままで、い・い・の……」
ユーフォンがぱちっとウィンクを決め、指でハートを作る。
「わけ分からない言い方しないで」と、すかさずチャクリが突っこんで、そしてあきれたように首の裏をかくと、
「でも、ユーフォンの言う通りですよ、ユイさん」
と続ける。
「もちろん、愛想がいい人の方が無愛想な人より好かれますし、キツい言葉を使うよりは優しく話す方が話しやすいとか、そういうものはあります。でも、それは先輩後輩関係なく、人としてのことなので」
……たしかに、そうだ。
わたしが深くうなずくと、チャクリは視線をななめ下にそらして、やわらかく笑った。
「って、俺もアルタンに言われるまで何度も何度も何ッ度も失敗したんですけど」
「ええっ?」
まさかの発言に、わたしは思わず声を上げた。
『失敗』って、一番かしこくて冷静で、なんでもできちゃうチャクリが!?
「ユイさんの物心がついたころには変わってましたけど、俺、それまではかなりひどかったんで」
「アルるにしつけられる前のチャッキーとくらべたら、ユイたんなんて天使だから、ぜーんぜん大丈夫っ」と、ユーフォンがオッケーマークを作る。
「人を悪魔呼ばわりしないでもらえます?」
チャクリが絶対に本心じゃなさそうな笑みを浮かべて、彼女の指でできた輪っかをぺちゃっとつぶした。
……なるほど。じゃあ、頭が冴える上にひどかったらしいチャクリをここまで変えたアルタンは、ますますすごいってわけだ。
尊敬とあこがれの目で見つめると、アルタンは肩をすくめて、ほほえんだ。
「あのね、ユイ。年上として、年下にどう接するのかは人次第なんだよ。みんなにそれぞれ『先輩の顔』があるんだ」
「うん……」
「だから、ユイなりにノアを可愛がる方法を見つけるべきだよ。僕達も、全員同じ態度でユイに接してるわけじゃないだろう?」
……たしかに、そうだ。
アルタン達は──ううん、第一世代の先輩達全員が、わたしをちがう呼び方で呼ぶし、ちがう方法で助けてくれるし、ちがう形で甘やかしてくれる。
だから、『こうすれば先輩!』みたいなマニュアル、あるわけがないんだよね。
少し、簡単に考えすぎてた。
「わたしの先輩の顔……あるのかな?」
「ユイがノアのためを思って行動し続けたら、きっと見つかるよ」と、アルタンが歯を見せて笑う。
その笑顔を──たよれるリーダーの『先輩の顔』を見て、わたしはようやく気づいた。
わたしが、今まで失敗しつづけてきた理由。
そりゃあ、第二世代の子達はちょっと異質だけど、それでもシユンにできたことができなかった原因。
……わたし、ずっとノアをノアとして見てなかったんだ。
初めての後輩に浮かれすぎて、ただの年下として、お遊びみたいに自分のやりたいことだけをやってた。
シユンはそうじゃなくて、ちゃんとマイマイを他の先輩達にも紹介したりしていたんだよね。
いつかここでくらすあの子のために。
「シユンはすごいなあ……わたしと、同い年なのに」
「ふふ。ユイさんはあの子を少々うざったく思っていそうですが、年上気取りをしてくるっていうのは、裏を返せば面倒見がよくて責任感があるということですからね」
チャクリがうすい茶色の瞳を、どこかほこらしげに細める。
その目元は、どこかシユンと似ていた。
わたしは今までの自分をしかるつもりで首筋を思いっきりひっかくと、ふんっと決意を固める。
「よしっ、わたし、明日からはちゃんとノアのことを考えてがんばるっ!」
「いけいけユイた〜ん」
もう、自分のやりたいことに流されちゃだめだ。
ノアのためになにかをしなければ、先輩への道は遠くなるばかりだから。
「……そうえば、その第二世代のことですけど」
少しだけ低くなったチャクリの声に、わたしはふりむくと、あわてて笑みを消した。
今、怖いくらいの満面の笑みだったにちがいない。
「えっと、なに?」
「…………いえ。やっぱりなんでもないです」
すると、チャクリは笑っているのか悩んでいるのかがよくわからない微妙な表情で、首を横にふった。
うーん? なんだか、彼らしくないような。
ソファの周りに流れた沈黙。
それを打ち消すように、とつぜんユーフォンがソファの上にひざをついて、背もたれごしに向こう側へ身を乗り出す。
「あっ、
いや、さっきまでのいい話はなんだったの!? と、わたしとアルタンとチャクリの間の空気がピシリと固まった──気がした。
これが、ユーフォンなんだよね。
後輩のわたし達を「たん」付けしてくるんだけど、カオルには特にベッタリ。
「……うわ、もう部屋にもどったと思ったのに」
彼女のねこなで声に、後ろ側に立っていたカオルは思いっきり顔をしかめた。
となりにいるアンシュがちょっと困ったような顔をして、肩をすくめる。
……カオルの方は、基本的にみんなに対してぶっきらぼうなんだけど、なんだかんだ優しいし甘い。
でも、ユーフォンだけにはただただ冷たくて、徹底的に距離を取っているんだ。
「おいアンシュ、やっぱ場所変えんぞ」
「えぇーっ、……わかった〜」
共有スペースから出ていく二人に、カオルと全く同じ色のまつ毛で縁取られたユーフォンの茶色い目が、どこかさみしげにふせられる。
けど、それを見てもわたしは何も言えなかった。
言っちゃいけないって、ずっと教育されてきたんだ。
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