2153年9月10日(月)
第4章「ユイ先輩、ピンチ!」
いつもはちょっとゆううつだけど、今日は楽しみで仕方がなかった月曜日。
心臓とお腹の間がそわそわしちゃうくらい、放課後になるのが待ち遠しかった。
テストだって勉強したかいあって、手ごたえばつぐんだったし、気分は最高!
放課後になると、わたしはいきおいよく立ち上がる。
『ずいぶんとご機嫌ですネ。第二世代の子どもとのふれあいが、そんなに楽しみですカ?』
教育用アンドロイドの『センセイ』が、真っ黒い目しかないデフォルメ調なヘッドを、ぎゅるんと回転させる。
わたしはなんとなく照れくさくなって、首筋をかきながら顔をそむけた。
「そりゃあ、楽しみだよ。なにしようかなーとか、なに話そうかなーとか、昨日の夜からずっと考えてたんだっ」
「おまえ、はしゃぎすぎー」
「自称先輩の意見は聞いてないでーす」
となりにすわっていたシユンがにやにやと笑みを浮かべているけど、適当にあしらう。
あの後夕食で聞いたんだけど、第一世代から選ばれたもう一人の子は、シユンだったらしい。
総長はすごくまちがった決断をしたと思う。
「わたしはエレベーター前で待ち合わせだからっ、じゃーね!」
「おー。テンション高すぎて後輩に引かれんなよなー!」
失礼な言葉は無視して教室から飛び出すと、エレベーターホールへと続く廊下を走る。
……ぐぬぬ、すぐに息が切れてきた。
手足の動きを楽にするサポーターが必要なシユンとは対照的に、わたしは素の体力だで生活ができるんだけど。
さすがに走るとなると、数十メートルでせいいっぱいだ。
呼吸があらい状態でノアの前に現れたくはないから、最後の角を曲がったあたりで足を止める。
「しんこきゅー、しんこきゅー……アイサー、ミラー出して」
『了解しました』
目の前に、しゅんっと鏡が現れて、髪の長い女の子──わたしのすがたがうつる。
制服のリボンよし、耳横のあみこみよし、先輩オーラよし。
首筋を引っかきながら呼吸を落ち着かせると、わたしはエレベーターホールに顔を出す。
二つあるエレベーターの間に、ノアがぽつんと立っていた。
「ノア! えへへ、待っててくれてありがと」
わたしが呼びかけると、ノアは顔を上げて、まんまるな瞳を見開く。
「ユイさん、おつかれさまです」
おつかれさまって、同じ小学生なんだけどなあ……?
しずかで細い声に、わたしはちょっと苦笑い。
わたしが小学三年生だったころと……ううん、記憶の中の小学三年生だった先輩達とくらべても、ノアはずいぶん大人びている。
「それじゃっ、わたしの部屋に行こっか! アイサー、六階行きのエレベーター呼んで!」
『了解しました』
コマンドを出すと、すぐに右側のエレベーターのドアが開く。
わたし達はそれに乗りこんだ。
「あのね、昨日の間にたくさんおかしとかを仕入れておいたんだよ。ノアはどんなおかしが好き?」
「なんでも大丈夫です」
わたしの真横に立ったノアは、微動だにしないでまっすぐ前を見つめている。
……うーん、礼儀正しいけど、愛想がいいってわけじゃないんだよな。
わたしになついているようにも見えないし。
うーんっ、これは、わたしの先輩としての腕の見せ所だよねっ!
エレベーターが到着して、わたし達は六階の廊下に出る。
なんでかな。いつもは灰色の廊下に同じようなドアがならぶだけで、つまんない景色だなあって思っていたのに。
今は、いろんな色にかがやいて見えるんだ。
わたしはまたドクドクしている首筋に手を当てると、期待に胸をふくらませた。
これが、あこがれの先輩への第一歩。
ノアが楽しい一週間をすごせるように面倒を見てあげるのが、わたしの先輩としての初仕事だ。
そう、ここからわたしの最強先輩ハッピーライフが始まるのだ──!
「──って、思ってたのにさぁーっ!」
ダン! と、水の入ったコップをローテーブルに叩きつける。
さかのぼること三時間前、まだわたしがわたしの先輩としてのポテンシャルに自信まんまんだった頃。
ノアを誘って部屋に行って、昨日シェフロボットにたのんで作ってもらったおかしを広げたところまでは、よかったの。
でも、ノアは好ききらいがぜんっぜんないみたいで、おかしを見ても無反応で……。
結局、わたしが一人だけおかしをにっこにこで食べるだけで終わっちゃったんだ。
後輩と一緒ってことで、すんごく浮かれていたから。
しかも、コップをたおしそうになってノアに助けられたり、イスに足を引っかけて転びそうになったり、やらかしまくっちゃって……。
どう考えても、わたしが子守りされている方だった。
きわめつけには、『そういうふうにゆるみまくった顔で物を食べる人間を見るのは初めてです』って、ノアが言うんだもん。
いや、どういうこと!?
第二世代、みんなノアみたいな調子なの!?
「うーん、わたし、やっぱ向いてないのかも……」
共有スペースのソファのクッションに顔をうずめて落ちこんでいると、ふっと頭上に影が落ちる。
「聞・い・た・ぞ・〜。ユイたん、先輩になったんだ?」
「念願の夢が叶ったんですね」
「二人とも!」
ソファの後ろに立っていたのは、第一世代の最年長組の二人、チャクリとユーフォン。
どっちもアルタンと同じ高校一年生で、わたしのあこがれの先輩達なんだ。
チャクリはすっごく頭がよくて、ていねいな言葉使いと優しそうな笑顔がよく似合う、物腰やわらかな人。
ユーフォンは運動神経ばつぐんで背がすらっと高くて、自由気ままって感じのつかみどころのない人。
わたしはいつか、アルタンのようにカリスマがあって、チャクリのようになんでもできて、ユーフォンみたいにすてきな先輩になりたいのだ。
そうひそかに思っていると、ユーフォンが長くてゆたかな金髪を指でいじりながら、肩をすくめる。
「第二世代のコね。あんなコ達をなつかせるの、私でもむずかしいと思うな〜」
「えっ、なんでわかるの?」
「シユンくんが、彼のペアの子を紹介してくれたんですよ。無表情で、小学生らしくない子でしたね」
へえ、シユンが……っていうか、やっぱり第二世代の子達ってみんなあんな感じなんだ!?
チャクリの返答にそう納得していると、彼はにっこりと目を細めた。
外側にぴょんとはねた黒髪が、ふわりとゆれる。
「俺は、ユイさんならきっとできると思いますよ」
「えへへ、そうかなあ」
チャクリは優しいから、はげますために言ってくれているんだろうけど、それでもうれしくて、首筋を人差し指でかく。
うんっ、へこたれてちゃだめだよね。明日、リベンジするんだ!
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