第3章「はじめましての第二世代」
「あ、あの……!」
その子を抱きよせて、頭を目一杯なでると、もうほおがゆるむのをおさえきれなかった。
「うわぁー可愛い、可愛いよー! ずっと夢だったんだあ、えっへへへ」
「ちょ……っ」
その子はあわててわたしの腕の中から逃げ出そうとするけど、体格差があるせいでかなわない。
わたしが抱きついているんじゃなくて、抱きしめている。
ここすっごく重要ね、今まで抱きつく相手しかいなかったんだもん。
今まで胸の中でずっと空っぽだった場所に、愛おしさがうめこまれていくような感じがする……!
年下とかちっちゃい子って、こんなに愛おしかったんだね!
わたし、今まで一度も見たことがなかったから、知らなかったよ。
今まで一度も見たことがなかったから……。
うん、今まで一度も……。
……。
…………?
待って、じゃあこの子だれ?
気づいた瞬間、さっと頭が冷えた。
代わりに、心臓の鼓動がドクドクと速くなっていく。
「うわっ」
反射的にその子と距離を取ると、わたしはわなわなとふるえる足で後ずさる。
息を吸い込むたびに、頭の中が真っ白にかすんでいくような気がした。
「あの……」
その子が一歩近づいてきた瞬間、プツンと頭の中でなにかの糸が切れて、わたしは思いっきり叫んだ。
「──うわあああああっ!! アイサー、この不審者つまみ出してぇぇぇえ!!」
『申し訳ございません、意味が分かりません』
こんな状況でもいつも通りのアイサーの音声に、絶望する。
意味が分からないじゃないよっ、今、人生最大のピンチなんだよ!!
「ちがっ、不審者じゃ──」
「やだやだやだやだ近づかないでぇえっ! だっ、だれか助けてーっ!!」
「だからっ……」
「なんで知らない子どもがわたしの部屋にいるの!?」
「──それを説明させろって言ってんじゃないですか!!」
とつぜん高くてするどい声にピシャリとどなられて、わたしは思わず口を閉じた。
あら、大変可愛らしいお顔のわりに怒ると怖いのね、ユイさんびっくりですわ…………。
はかなげな見た目とのギャップに、わたしの恐怖はどこかへすっ飛んでいってしまった。
あの子はふうふうと体全体で呼吸をしながら、まだおさまらないらしい怒りを爆発させる。
「さっきはさんっざん人の話も聞かずに好き勝手なでまわしといて、今度は不審者あつかいとかっ、なんなんだよあんた!!」
うん、正論すぎて返す言葉がない!
数秒前のさわがしさからは一変して、シーンと気まずい沈黙が部屋をみたした。
その子はさっきまでの険悪な雰囲気から一変して、すっと無表情になると、
「失礼しました」
って、幼い見た目には似合わないくらい丁寧にぺこりと頭を下げる。
思わずわたしも、「いえいえこちらこそ……」と、頭を下げてしまった。
……なに、この状況? って思っているの、わたしだけかな。
その子は何事もなかったかのようにピシッと背筋をただすと、自身の胸元に手を当てる。
「第二世代識別記号
その子──ううん、ノアの制服の胸元には、
わたしの制服の胸元にも、それとにた
それを交互に見くらべて、ようやく状況を理解して、わたしは大声をあげた。
「だっ、第二世代!? そんなのあるの!?」
ノアはこくんと涼しい顔でうなずく。
「はい。第二世代は四人いて、全員小学三年生で、地下四階から二階でくらしています。
第一世代のみなさんとは、教育方針がかなりちがうんです。それで、総長──東亜ドームで一番えらい大人の判断で、今まで
「まっ、待って待って待って……」
目の前にびっしりと文字がならんだ画面を突きつけられたみたいで、なんの情報も処理できない。
……よし、落ちついて落ちついて。
状況整理、いくよ?
ドーム内のエレベーターはスリースで操作できるんだけど、第一世代のスリースだと五階以上の階には行けないんだ。
だからわたし、なんとなく上の階では大人達が住んでいるんだろうなあ、四階分も使えていいなあ、なんて思っていたんだけど。
まさか、こんなに可愛い後輩達がくらしていたなんて!
それに、ノアの言い方からして、『総長』みたいな大人とも一緒にいるのかな。
「そっ、その第二世代のノアが、なんで急にここに……?」
今度は興奮で心臓がドキドキして、声がうわずるけど、できるだけ平静をよそおう。
これ以上、年上としてなさけないすがたはさらしたくない。
ノアは肩をすくめると、「それも総長が決めたんです」としずかな声で続ける。
……あの怒ってたすがたがうそみたい。
「来年、今までよりもずっと大規模な、第三世代が生まれます。ノア達が住む階をその人達にゆずって、第二世代は第一世代のフロアに引っこす予定なんです」
「第三世代……!」
二十分前まで、わたしがここで一番の最年少だって思っていたのがバカみたいだ。
「だから、一緒に住む前のおためしとして、こちらの二人とそちらの二人でペアを組んで、つぎの日曜日まで、毎日放課後に会うことになりました」
ノアの説明に、わたしはやっとノアがここにいる理由に合点がいった。
「えっと……ノアは、わたしのペアってことかな?」
「はい、そうです。これからよろしくおねがいします」
そう言ってまたぺこっと頭を下げたノアにつられて、わたしも腰をおる。
どうしてもニヤけちゃうほおをかくすには、ちょうどよかったかも。
だって、一週間、毎日放課後に会えるんだよね。
で、来年には引っこしてくるんだよね!?
さっそく、あこがれの先輩になれる道が目の前にあらわれたじゃん!
さすがに後輩の前で飛び上がったりはしないけど、今日が人生の中で一番うれしい日かも。
首筋の右側をかくと、そこからドッドッと脈が伝わってくる。
「そうだっ、わたしも自己紹介しなきゃだねっ!」
どうしてもとびはねちゃう声を必死に落ち着かせると、わたしはアルタンを意識して、にこっと笑って見せた。
「わたしはユイだよ、第一世代識別番号八番の、小学五年生。よろしくね!」
「はい、よろしくおねがいします、ワタシハユイさん」
平然と返事をしたノアに、わたしはピシッとかたまる。
……ボケているのかな? リアクション待ち? つっ込むべき?
そう思っても、ノアの顔はすんっと真面目で、冗談を言っているようには見えない。
ちょっと変な気持ちになりながら、わたしは訂正する。
「えっと、『わたしは』は、名前じゃないよ?」
すると、ノアはちょっとだけ目を見開いた。
「……すみません。第二世代じゃ、自分を自分の名前で呼ぶのが決まりだから、つい」
「き、決まり!?」
たしかに、ノアは自分のこと名前で呼んでたけどさ……。
変な決まりだ。これがその、『教育方針のちがい』なの?
同じドームで育ったとは、とても思えない。
少しびっくりしながらも、わたしは話を進めた。
「ええっと、それで、毎日放課後に会うんだよね? 何時から何時まで?」
「三時から五時半までです」
そう言うと、ノアはすこーしだけ眉をよせる。
「今日も、ここで三時からずっと待ってたんですけど……」
「あっ……」
あわててスリースを確認すると、現在時刻は午後五時二十分。
「もしかして、ずーっとこの部屋で待ってたの!? わたし、ふだんはあんまり部屋にいないんだ。今日は、もうすぐ帰らなきゃだよね……!?」
「大丈夫です。ギリギリだったけど、最低限の説明はできたので」
「うわーっ、ごめんね。そうだ、明日からは五階のエレベーター前で会おう? ノアからしたらそこが一番近いよねっ。わたし、むかえにいくから!」
むかえに行くって、なんだか先輩感がすごくない?
言うだけで胸がドキドキしてくる。
「……わかりました。待ってます。アイサー、ドア開けてください」
『了解しました』
ノアは最後にまたぺこっとおじぎをして、部屋から出ていった。
すーっとドアが閉じるまでその小さな背中を目で追うと、わたしはぼふんとベッドにあおむけで倒れこむ。
「……うっそだあ…………」
首元を強く引っかいてみるけど、普通に痛い。
夢じゃない、これはれっきとした現実なんだ。
わたし、後輩ができたんだ……っ!
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