2153年9月11日(火)

第5章「二人目、あらわる」

 よし、今日は食べ物系からはなれて、共有スペースにあるおっきなスクリーンで映画鑑賞でもしよう。

 よく第一世代のみんなで昔の映画を見ていた時に、むずかしいシーンがあるとチャクリがさらっと解説してくれたから、そういうのもやってみたいんだ。

 期待と不安がまざりあってドキドキしながら、わたしはエレベーターホールへの廊下を早足で歩く。

「……あれっ?」

 すると、T字になっている廊下の突き当たりを、ノアが横切るのが見えた。

 あの髪色だし、絶対にノアだと思うんだけど、エレベーター前で待っててくれているんだよね?

 どうしたんだろうってふしぎに思いながらも、わたしはノアを追いかける。

「おーい、ノア!」

 呼びかけると、ノアは足を止めて、ふりかえ──

「えっ……」

 ──らなかった。

 わたしの声を無視して歩き続けるノアを、がくぜんとしながらも必死に追いかける。

「あのー、ノア?」

「…………」

「ノアさーん」

「…………」

 聞こえなかったのかなって思ったけど、何度声をかけても立ち止まらない。

 ノアさん、わざと無視をしていますね。現場からは以上です。

 ……いや、だめだって!

 昨日やらかしまくったから、もうスルーしようと思ったのかな!?

 やっぱりわたしにはむりだったのかな……?

 いやでも、まだここで終わるのは……わーもうだれか助けて!

「ちょ、ちょっと待ってよー! ごめんってばー!」

 わたしは意を決して走ってノアにおいつくと、後ろから肩をたたく。

 すると、ノアはびくりと肩をゆらして、ゆっくりとわたしを見上げた。

 あどけないひとみが、『たった今呼ばれてるのに気づきました』って感じでまるくなる。

 ……あれ?

 わたしは首をかしげた。

 すがたも顔も、ノアそのものなんだけど、なんだか、かなり冷たい目をしているような……?

 ノアは、おもむろにわたしの手を肩から外す。

「マイマイ、ノアじゃない」

 そして、爆弾発言。

「はい?」

 いや、どういうこと?

 そう混乱していると、ノア──じゃ、ないらしいその子の後ろから、パタパタと足音が近づいてくる。

「ユイさん、なんでここにいるんですか……って、あ」

 そっくりさんの後ろから顔をのぞかせたのは、目の前にいる子と全く同じ顔の──ノア。

「あ、ノア」と、目の前にいるそっくりさんが無表情で手をふり、ノアも平然とそれに手をふりかえす。

「はぇー……?」

 わたしは思わず間抜けな声をあげながら、思いっきり首筋をひっかいた。

 うん、痛いね、夢じゃないね!

 ノアが目の前に二人もいるね!

 信じがたい光景に仰天ぎょうてんしているわたしをよそに、ノアのそっくりさん──じゃなくて、マイマイがノアを指さす。

「マイマイはノアじゃない。こっちがノア。別人」

 ノアも、首をこくこくとたてにふった。

 ……あっ、待って、見た目がそっくりで、別人ってことは……。

「二人は、双子なの?」

 第一世代にはいないから思いつかなかったけど、双子が産まれたってふしぎじゃないよね。

 だれかを家族って思うのは禁止されているけど、双子は特別なのかな? 

 それとも、第二世代はそもそも家族関係を作るのが禁止されてないのかな?

「いや、双子じゃないです」

 ……ノアさん、そんなばっさり切り捨てなくてもいいじゃない。

 わたしはますます困惑した。

「いや、双子じゃないのにそっくりって、どういう──」

「うわあああああ!?」

 わたしの声を、別の叫び声がさえぎる。

 ふり返ると、目を見開いてこっちを指さしているシユンがいた。

「えっ、は!? なんでマイが二人もいんの!?」

「だからマイマイ! 省略するな!」

 もう一度叫んだシユンに、かみつくように言い返したマイマイ。

 そんな二人の会話を聞いて、はたと気づく。

 二人とも、おたがいのことをもう知っている感じだ。

「もしかして、マイマイって、シユンのペア……?」

 おそるおそる聞くと、シユンは何度もうなずいてから、指先をノアに向ける。

「えっ、じゃあこのにせマイは、おまえの?」

 ノアがむっと顔をしかめる。

「『偽マイ』じゃないです、ノアはノアです」

「いや、ここまで似てたらわかんねえよ!」

 シユンの主張に、わたしは深い同意をこめてぶんぶんと首をたてにふった。

「そもそも、双子じゃないのにそっくりってどういうこと? 三つ子なの!?」

「「三つ子じゃないです」」

 返事のタイミングまで、全く一緒。

「とか言いながら相性バッチリじゃん! クローンか!?」

「「はい」」

 うわっ、また二人ともまったくおんなじタイミングで返事した!

 ……あれ、待って? 

 今、あの二人、なんて答えた?

 わたしとシユンは顔を見合わせ、もう一度ノアとマイマイに目を向けると、絶叫した。

「うえええええ!?」

「はあああああ!?」

「「うわっ」」

 うるさっ、と言いたげな顔で耳をふさぐところもおんなじ、もう全部おんなじ。

 ちがうところって、服によっているシワくらいなんじゃないの?

 ……っていうか、まさか、全員小学三年生の第二世代って、もしかして…………。

 そんなことないよねとは思いつつも、脳裏に浮かび上がったいやな予感を口に出してみる。

「もしかしてだけど、第二世代って、全員クローン……?」

 そんなわけないかっていうあわい期待を打ちくだくように、ノアは首をたてにふった。

「そうですね、全員ドームの研究所でつくられたクローンです」

 ああ……だから一人称が自分の名前って決まりだったんだなぁ……。

 話す時に、すぐにだれだか分かるから……そっかぁ……。

「はぅわあぁ……そうですか……」

「やぁあべぇ〜……」

 衝撃的な事実に、先輩という立場もわすれて、バカみたいな声を上げることしかできないわたし達第一世代。

 いや、ほんとにだれか助けてー!!

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