2153年9月9日(日)

第1章「二十二世紀にようこそ」

 西暦2129年、恐竜を絶滅させたのと同じ大きさの巨大隕石が、地球に衝突すると予測される。

 人類は生きのこるために、巨大な地下ドームをいくつも建設する計画をたてる。

 ところが西暦2131年、地下ドーム建設のための資源や人材をめぐって、第三次世界大戦、勃発ぼっぱつ。当然、ドームの建設はおくれる。

 そして西暦2136年、予測のとおり隕石衝突。ドームの完成は間に合わず、地球は滅亡、人類は絶滅の一歩手前。


 それから十七年たつけど、地上に出られる気配はなし。


 西暦2153年九月九日、東亜ドーム地下七階の共有スペースにて。

「二十二世紀って、放課後は深海に行って、週末は月でおとまりする時代なんじゃなかったっけ……?」

 歴史の教科書を映し出している液晶型のテーブルを前に、わたし・ユイは大きなため息を吐き出した。

「2100年の小学五年生はエンソクで火星に行けたのに、今じゃ地球の地下にこもりっきりとか、どんな不公平だって……」

 そう同調したのは、となりにすわっている同級生のシユン。

 いつもはうっとおしいくらい元気に光っている瞳は、今は気だるげに閉じかかっている。

 彼は病気がちで、今週だってつい昨日の土曜日まで寝込んでいたんだ。病み上がりなのに勉強なんかさせられて、ちょっとかわいそう。

 そんなわたしの同情をよそに、シユンは眠そうにあくびをする。

 そして、床から数センチほど浮いている足をゆらゆらとゆらしながら続けた。

「もうなんかうらやましくなるだけだし、歴史の勉強は廃止でよくね?」

「いいと思うー」

 そう同じく足をゆらしながらうなずいてみるけど、もちろん歴史は廃止にはならないし、明日の歴史のテストは中止になんてならない。

 だから、わたし達は再びテキストに向き直る。

「……わたし、二十一世紀に生まれてたらよかったのに」

 演習問題をさらさらと解きながら、ふと思ったことを口に出した瞬間だった。

「それはどーかなぁ?」

「わっ──!?」

 ギュムッとほっぺを冷たい手ではさまれる。

 同時に背後からした陽気な声に、悲鳴を上げかけながらふりむくと。

 案の定、中一の先輩ことアンシュがにやりと八重歯ののぞく笑みを浮かべて、わたしを見下ろしていた。

「来年、二十一世紀について習ったら、そんなこと二度と言えなくなるぞ」

 アンシュのとなりでそう言い放ったのは、彼の同級生のカオル。

 ふわふわの金髪に透き通った青色のたれ目で、一見温厚に見えるけど、基本的に無愛想でぶっきらぼう。

「なに? 二十一世紀って、そんなにヤバいの?」と、さっきの三倍は元気そうなシユン。

 興味しんしんって様子で椅子のせもたれに腕をのっけて、身を乗り出している。

「ほらほらクテ〜、ユイちんとシユちんに教えてやりな」

 もったいぶって言うアンシュのわきから、小六の先輩ことクテがにゅっと顔を出した。

 少し身をかがめたと同時に、二つ結びにされたまっすぐでつやつやの黒髪が、はらりと肩の上から落ちる。

「にじゅーいちせーきはねー……」

 すっごくのんびりしたしゃべり方をするのも、クテの特徴。

 わたしとシユンは、ごくりとつばを飲みこんで、続きを待つ。

「すまほとかいう、自分で持たなきゃいけないしー、落としたらわれるしー、圏外とかいうだるいもーどになる、いみわかんない機械が大活躍してたんだよー……」

「「ヤバい時代だー!!」」

 まさかの事実に、わたし達はそろって大声をあげた。

 二十二世紀は終わってるけど、二十一世紀は狂ってるよ!

「却下! 却下! 二十一世紀に生まれるとかやっぱなしで!!」

「自分の手で持たなきゃいけないって、重くなったらどーすんだよそれ! おれ、スリースがなきゃ死ぬって!」

「ふふ、たいへんだねー……」

 スリースっていうのは、二十二世紀の初めに開発されて、どんどん進化していったコンピューターのこと。

 うすい手袋型で、空中に映し出されるスクリーンを指を動かして操作するんだ。

 だから『持つ』とか、『割れる』とか、そういうことはしなくてよし。

 それがなかった時代はどうしてたんだろうって思っていたけど、そんなとんでもないものがあったなんて!

「……なに?」

 ふと気づけば、アンシュが生あたたかーい目でわたし達を見下ろしていた。

「や、もっとやばやばな時代があんのに、二十一世紀なんかでビックリしてる五年生達がカワイーなって」

「もっと…………」

「やばやば……?」

 わたしとシユンが同時に首をかしげると、アンシュは焦茶のつり目をきゅっと細めて、カオルの肩にひじを乗せる。

 二人の先輩がそろって悪い笑みを浮かべた。

「2153年では、中一のお子様はもれなく二十世紀の歴史を学べまーす! おトク!!」

「二十世紀は、黒電話とかいう人の声しかきけないバナナみてえな機械と、手書きの文字であふれる、和気あいあいとしたアットホームな時代でーす」

 いたずらと作り話が得意な明るいアンシュと、基本的にめんどくさがりでいろいろと適当なカオル。

 正反対な二人だけど、そこが逆にいいのか、いつも一緒にいるくらいなかよしな親友なんだ。

 だからほら、こういう時も息ぴったり……って、そうじゃないそうじゃない。

「えっ……と?」

 うーん、だめだ。

 顔がさかさまになるんじゃないかってくらい首をひねっても、ぜんぜん、カオルの説明が脳の中に入ってこない。

 『スリース』の前は『スマホ』で、『スマホ』の前は石をけずって文字を書いてたんじゃなかったの?

「中学生になったら、そんな変な時代も学ばなきゃなんねーの……?」

 シユンの言葉に、きゅうっとのどの奥がすぼまった。

 そうだ。もう小学五年生なんだから、他人事みたいにとらえている内にあっという間に中学生になって、だんだん勉強に追いつけなくなって、赤点を取って……うわあー、怖い!!

「にゃはは、ヤバいのはこれだけじゃないぞ〜っ」

「のこりの楽しい時間を大切にするんだな」

「むずかしーこと、いーっぱいあるよー……」

 先輩達の悪魔みたいな言葉に、わたしは思わず「やだー!!」と叫んで、テーブルにつっぷした。

「おれ、二十一世紀で生きるのも、中学生になるのも、ごエンリョしとくー……」

 となりで、シユンがすごすごと身を引っ込めた気配を感じる。

「シユちん、ざんねんだけどキミは二十二世紀で中学生になるんだゾ」

「うわぁー!!」

 百年前の二十一世紀と、二年後の中学生。

 ヤバい過去と怖い未来に板挟みになっていたところで、

「こらこら、後輩達をおどかさない」

 って、背後からあきれた笑みの救世主・アルタンがあらわれたのだった。


 アルタン。もうすぐ一六歳の高校一年生で、ここ・東亜ドームの子供達の中では最年長のリーダー。

 あと、わたしが一番あこがれている先輩!

 ごらんの通り個性的なメンバーが多い『第一世代』のみんなを、しっかりまとめ上げているんだもん。

 見ただけで安心しちゃう明るいアンバーの瞳は、おひさまの色と一緒にちがいない。

 ……太陽は見たことないけど。

「そんじゃね〜」

「じゃーな」

「ふふ、べんきょーがんばってねー……」

 アルタンがなにかを言う前に、三人は食堂の方へそそくさと去っていった。

 のこされたわたし達は、がばっと椅子のせもたれごしにリーダーにすがりつく。

「アルタン! おれ、進学したくない!!」

「スマホと黒電話がこわい!!」

「そっかそっか、また変なことふきこまれたか」

 少し大きな手の感触が頭の横をするりとすべってから、ぽん、とてっぺんに乗っかった。

 頭をなでるとき、一回頭部ごと抱き寄せてから手を頭のてっぺんに乗せるのが、アルタンのくせだ。

 なじみのある動作に、たかぶっていた気持ちが落ちつく。

「大丈夫だって。それを学ぶころにはユイ達だって、もっとかしこく大きくなってるだろう? それに、きみ達には先輩が六人もいるんだからさ」

「ほんとーに?」と、シユン。

「ほんとーに。っていうか、ユイもシユンも、小学生のうちから自主的にテスト勉強できてるし、ここじゃ一番真面目な学年だよ。だからきっと、中学生になっても高校生になっても上手くやれる」

 きみ達をおどかす先輩達にも見習ってほしいよ、と付け足すと、アルタンは片目をつむって笑った。

 わたしとシユンも、つられて笑みを浮かべる。

 うーん、もう高校生の彼がそう言うなら、そうなのかな。なら安心だ。

「そっか。ならいーや、第三次世界大戦の始まりも覚えたし、今日の勉強はおわりーっと」

 すっかり元気を取り戻したシユンが、イスからいきおいよく立ち上がると、大きな声で、

「アイサー、教科書とじて!」

 と、コマンドを出した。

 同時に、男の人にしては高くて、女の人にしては低いなめらかな声が、彼のスリースから響く。

『了解しました』

 一秒も経たず、シユンの前に映し出されていた教科書がすうっと消えた。

 アイサーっていうのは、スリースに搭載されているAIアシスタントのこと。

 『アイサー』って呼びかけて、コマンド──つまり指示を出すと、たいていなんでもやってくれる。

「それじゃっ」

 シユンは教科書がちゃんと閉じられたかを確認することもなく、エレベーターホールの方へ歩いて行った。

「あっ、待ってよー! アイサー、わたしの教科書もとじといて!」

『了解しました』

 わたしもあわてて立ち上がると、コマンドを出す。

「あと、『イキリ最弱』が乗るエレベーターを引き止めといて!」

『了解しました』

「……登録名、ほんとにそれでいいの?」

 『イキリ最弱』っていうのは、わたしのスリースの中でのシユンの登録名だ。

「いいの、むこうもわたしのこと、悪意のあるあだ名で登録してるっぽいから」

「いいんだ……?」

 愛のある悪意ってやつだ。

 ちょっと理解できていなさそうな顔の彼に「また後でね」って一声かけると、わたしはシユンを追いかけた。

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