ドラマーIN UA#19 寒くて、暖かい

矢野アヤ

寒くて、暖かい

 十数年振りに、宇治の実家で秋を迎えている。

私とほぼ同じ年齢になる実家には、81歳になる母が一人で暮らしている。

宇治は京都の南に位置するとはいえ、秋口から朝晩は冷え始める。木のガラス戸に囲まれている 古家には、隙間風が吹き始める。セントラルヒーティングのアメリカ生活に慣れると、寒い廊下やトイレ 、ましてや隙間風の入るお風呂場なんて、もはや拷問。

 寒いだけではない、面倒この上ないのだ。ガラス戸のくるくる回す鍵は、一体何個あるのだろう。古い雨戸の開閉には、コツと細心の注意が必要だ。毎朝毎晩、ガタピシ・キュルキュル、、、。起きるとまず大仕事が待っている。カーテンをさっと引き、サッシを一押しすればカラッとした秋晴れが広がるカリフォルニアの朝とは、なんという違い。将来帰国するとしても実家には住まない、いや、住めないと思ってきた。

 母は元気でまだ運転もする。頑張ってきたけど、この寒くて手間のかかる家に一人で暮らすのは、もうそろそろお手上げなんじゃないかな、、。そう思って今後のことを聞くと、「こんなに落ち着く場所はない。この家が大好きだから、死ぬまでここに暮らしてここで死ぬ」と、断言されてしまった。その上、「孤独死も覚悟して置いてね。それがいいんだからね、私はそのつもり」とも。

 今朝もキュルキュルといくつもの鍵を回してガラス戸をあけ、ガタピシ・ガタゴト雨戸をあける。と、薄暗い部屋いっぱいに、優しい光と甘い香りが広がった。庭の金木犀だ。丸一日干してもカラッとしない洗濯物は、午後の陽に合わせて移動済み。高血圧の母を、ひこばえが見え始めた田んぼ道に連れ出し、帰りにコンビニでシュークリームを買う。コーヒーかお抹茶を点て、お茶にしよう。面倒にしか感じられなかった古家には、母の手間に込められた愛情が詰まっていた。寒くて暖かい秋を迎えている。





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