第4話 危機一髪

「洋一君。トイレはどこ?」

 長男が我慢しきれなくなったみたいだった。谷の水で体が冷えたのだろう。

「トイレなんかないよ。どこかそのあたりに、しときな」

 洋一は笑った。

 村の子供たちは尿意を催すと、たいてい水の中で知らん顔して放尿する。


「都会の子やから、もしかして…」

 隆は洋一に声を掛け、谷に通じる道の脇道に入って行った。


 隆が考えたとおり、由美はしゃがんでトイレをしていた。

 向こうを向いていた。水着をおろし、背中とお尻が丸出しになっている。由美は微動だにしていない。


 隆を制して、洋一がそっと近づいた。

 由美の前に、ヘビがとぐろを巻いていた。注意深く見ると、頭が三角形をし、胴は短い。マムシだった。


 洋一は隆に目で合図し、マムシの後ろ側に回った。

 洋一の手がスッと伸びてきて、マムシの首の付け根を掴んだ。隆は反射的に由美を抱きかかえたが、そのまま尻もちをついてしまった。

 マムシはだらんとしたまま、動かなかった。


 Ⅰ街道では昔、バスガイドが道端で小用を足していてマムシにまれ、死亡するという事故があった。

 咬まれた場所が場所だけに、バスガイドは誰にも話さず、帰宅して母親に報告するのがやっとだった。すでに毒は全身に回っていた。


(人間にとって、最も無防備な姿勢やな)

 隆は身が引き締まった。

「由美ちゃん。怖い思いしたなあ。動かずによう、じっとしとったなあ。もう大丈夫や」

 隆は由美を慰めた。由美にやっと血の気が戻ってきた。


「このことはお爺ちゃんやお婆ちゃん、兄ちゃんたちにも言わんといてな。みんなに心配かけるから」

 権蔵爺さんに知れると、もう夏休みに遊びにこれなくなるのではと、洋一は考えていた。

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