第25話 「武闘大会開始!」

即興で騎士服を修正して何とかファニーの色気を抑える事に成功したフローラ。

訓練場に戻る為にファニーと並んで廊下を歩き出す。


既に彼女はファニーの護衛騎士だ。


廊下でファニーに話し掛けたそうにチラチラとファニーを見ている子爵家令息を護衛騎士の目で威嚇する。


「ひい?!」単にファニーと挨拶したいだったのに蹴散らされる子爵家令息。


訓練場に到着すると王太子ヤニックも武闘大会へ向けてウォーミングアップをしていた。


咄嗟にヤニックとファニーの目を合わさせない様に割り込むフローラ。

そしてバチっと目が合うヤニックとフローラ、

「あっ・・・コイツ・・・敵だ!!!」瞬時に悟った二人。


ヤニックがファニーに恋をしていると分かったフローラは、ヤニックにファニーが完全に見えない位置に立つ、勿論フローラの意地悪だ。


ヤニックに気付かずニコニコとフローラの方ばかり見て笑っているファニーを見て、

「むう・・・」不機嫌そうなヤニックに「ふふん♪」と得意気なフローラ。


「さあ、ファニー様、あちらで訓練の続きをしましょう」


武闘大会が始まるまでもう時間が無いので急ピッチでウォーミングアップを始めるフローラとファニー。


柔軟体操などは終わっているので棍を使って打ち合いをする。

フローラは剣の部門の参加だが可愛い後輩の為に槍の練習に付き合う。


カコーン!!コーン!カカン!と棍がぶつかる。

軽めの打ち合いだが、すぐにファニーの力量に驚くフローラ。


《これは・・・ファニー様は凄いですね。

ランクで言うとBランクの冒険者に匹敵するでしょうね》


かなりの力量を持つファニーだが、実はこのフローラさんはA+ランク冒険者資格を持っている学園内最強の生徒なのだ。


絶対的な実力差がファニーとフローラにあるのだ。

そりゃ、そんな彼女に睨まれたら体格の良かった子爵令息でもビビりますわ。


そして軽くファニーと打ち合うフローラを見てヤニックは彼女の力量の高さに驚く。


ヤニックは学園内に自分の相手を務められる者は居ないと判断していたからだ。

《実力者は常に実力を隠しているモノか・・・》

と何かカッコ良く、そんな思考をしたヤニックだが実際には全然違う。


普段のフローラは、ただの天然ボケ令嬢で本当に「ホエーン」としていただけなのだ。


「眠れる猛虎」それが彼女の二つ名だ。


眠っている時の彼女はマジでヤバい、歩いてコケるはしょっちゅうの事で、

どう言う訳か知らんが歩いていて柱と正面衝突をするなど、ボケの逸話には事欠かない。


まあ、でもファニーにとっては思わぬ練習相手が出来てラッキーだったと言える。

《お姉様!凄い!凄いですわ!!》

カッコ良い姉貴分の力量に喜んだファニーは更にピッチをあげる!


カアーン!!カコーーン!!カン!カカアーン!!

ファニーが猛然と連撃を繰り出してフローラが難なくそれを捌く。


訓練場の目立たない隅っこで真剣勝負と言うのに相応しい技の応酬を繰り返す二人に周囲の騎士候補生もさすがに色気関係無く注目する。


「マジかよ・・・あの二人、やばくね?」


「あの二人、アンデュール伯爵家の令嬢とヴィアール辺境伯家の令嬢だろ?

さすが昔からのバリバリの武門の家はやっぱ凄えな・・・」


「あれ?アンデュール家とヴィアール家って仲良かった?」


「うーん?悪いって話しは聞かないが、仲が良いって話しも聞かないな・・・」


フローラとファニーの実家は500年程前のヴィアール共和国との独立戦争時にバチバチにやり合った経緯があるので基本的に現在でも滅茶苦茶仲が悪い。


しかし外聞も悪いので表面上では和解している風に見せているだけなのだ

500年も経過した現在でも王家が密かに両家の仲裁している最中だ。


その為に王妃になったファニーがフローラを絶対に側近に加えると言い出した時、

一悶着があったのだが、その話しは別の機会に。


「はい!ファニー様!ここまでです。これ以上は大会本番で疲労が残ります」


「ふえええ?!嫌ですぅ。もっとお姉様と打ち合いたいです!」


ぴょんぴょんと跳ねながらそんな可愛い抗議をする後輩の頭をヨシヨシと撫でて宥めるフローラだった。


ファニーもフローラも実家同士の仲が悪いのは知っていたが、若い世代の二人はそんな昔の事は自分達に関係無いと思っている。


「そんなモン知るかー!!このクソボケェ共がぁ!!」

フローラを側近に加える事に対して抗議をしに来た親戚達にファニーがブチ切れて言い放った言葉である。


無論、その直後に当のフローラから「はしたないです!ファニー様!」と叱られたファニー。


70年後・・・ファニー最後の時に「わたくしの周囲には人がたくさん居ましたが親友と呼べる人物はフローラだけでした」人生最後の夜に親友だった女性を思い返す事になる。


出会って1時間しか経ってないのにとても深い繋がりを見せる二人に危機感を募らせるヤニック。


そんなヤニックとフローラの目がまた合う。

「ふふん♪」から「へへーんだ♪ばーか」と、フローラの表情が変わった?!


「ぐぬぬぬぬ・・・」珍しくモロに悔しそうな顔のヤニック。

ファニーはフローラばかり見ていてヤニックの事は頭から吹っ飛んでいた。


こうしたよく分からない雰囲気の中で武闘大会が始まった。


お祭りでは無く「授業」なので黄色い歓声とかは一切無い・・・と言うか特別単位が掛かっているので全員真剣その物だ。


特別単位とは、卒業後に騎士団や兵団に入る際の与えられる階級に影響する。

軍隊に入るなら、各部門の優勝者には「軍曹」待遇で入隊する事が出来る。

18歳で軍曹・・・まぁ、分かり易く言うとエリートコースへまっしぐらってヤツだね。


そんな中で剣術と槍術は激戦区だ。


参加者も多いので成績上位12名と敗者復活戦での4名に特別単位が与えられる。

巡りが悪くて負けても実力があれば特別単位を取得出来る制度だ。


抽選の結果ファニーはAブロックでヤニックはBブロックとなった。

勝ち進む事が出来れば準々決勝で二人は対戦する事になる。


ファニーとヤニックはお互いに勝つのが目的なので別に決勝の舞台で戦わずとも良い。


むしろ疲労が溜まる前の予選一回戦で戦いたかったくらいなのだ。


ファニーの一回戦の相手は騎士課程の平民の男子生徒だ。


この武闘大会は勝敗より内容を重視されるので平等に男女混合で行われる。


勝敗は剣道と似ていて2本先取の判定戦で決まる。

ガッツリと防具は着けているが急所攻撃は無論禁止だ。


防御力も判定に影響するので防衛一辺倒になる者もいるが、柔道の試合と同じに両者に積極性が無いと両者減点の対象になるので塩梅が結構難しいのだ。


ファニーは先ずは防御側に回って相手生徒の力量を測る作戦だ。


対戦相手の男子生徒も特別単位の為にも相手が可愛い女の子でも容赦はしないだろう。


大会参加は強制では無く完全な志願による大会なので出て来る以上は腕に自信があり、打たれる覚悟のある者しか居ないので遠慮などは存在しない。


四人の審判員の教師に囲まれる中で試合は始まる。

ちなみに国王は準々決勝から試合を観に来る予定だったのだが、何か知らんがもう来ている。


勿論可愛い息子ヤニックの晴れ姿を見る為である・・・

と見せかけて近衛騎士候補の選定の為である、渡された生徒の成績表などの書類を見ながら真剣な面持ちで試合を見ている。


「始め!」


試合が始まり両者は距離を取り合う。

剣術と違い槍術はアウトレンジからの攻撃が主体だ、先ずは有効な間合いの取り合いになる。


なり振り構わず単純に敵を倒すだけならファニーお得意の超接近戦に持ち込めば良いのだが、基本的な技術も判定材料になるので今回は「薙刀戦法」は無しだ。


相手の男子生徒は自分の有効距離に入ったと判断をしてファニーに対して攻撃を開始する。


カアーン!!正面から牽制の中段の突きを下から払うファニー。


次に上段の突きをしっかりと入れて来る男子生徒、しっかりと基本的な動きをして来る。


「うっ?!」カアーン!!


想像より遥かに鋭い突きでファニーは払い切れず棍を回転させて受け流すしか無い。

更に間髪入れずに一歩前に出て追撃の中段突きを入れる男子生徒!


ドン・・・「あっ!」ファニーの心臓ど真ん中に軽く有効打が入る!


「一本!!両者開始線まで!」


四人の審判員全員が男子生徒に一本の旗を上げる、完璧に男子生徒に突き崩されてやられてしまったファニー。

戦場だったら心臓を貫かれて即死だったろう。


冷静な顔で黙って開始線へ戻るファニー・・・


《ななななな・・・不味いですわ!不味いですわ!不味いですわーー!!

この方、滅茶苦茶強いですわー!どうしましょう!どうしましょーう?!》

内心は全然冷静では無かった・・・めっちゃ動揺しまくっているファニー。


この男子生徒の名前はデートリヒ・フォン・メルクル子爵。

父の病死により3ヶ月前に若干16歳にて子爵家を継いだ新進気鋭の英傑である。


後のピアツェンツェア王国軍第二陸戦軍団の軍団長になる人物だ。

要するにファニーが正攻法で勝つには非常に厳しい相手と言う訳だ。

全く持って、くじ運が無いファニーである。


《もし予選一回戦で敗退なんて・・・》

チラッと王太子ヤニックを見るファニー・・・

《どうせ・・・殿下なんて、わたくしの醜態を見て笑って見てますわ・・・》


ヤニックを見てその目力に背筋からの冷や汗が吹き出したファニー。

とても真剣な目でデートリヒの動きの一挙一動を見ているのだ。

その目は正に為政者の目だった。




王太子ヤニックは真剣な目でデートリヒを見ていた。

「僕ちゃんの愛しいファニーをイジメるとは!」なんて変な事は考えていない。


《うーん・・・強い!どうにか彼を側近に加えないとな・・・》

めっちゃ真面目に王太子業務をしていたのだ。


《うーん・・・ファニーと戦いたかったけど・・・これは仕方ないかな?》

ヤニックもファニーがデートリヒに勝つのは難しいと判断していた。


ピキーーーーーーンン!!

このヤニックの考えは以心伝心、ファニーにもダイレクトに伝わった・・・


《ぐぬぬぬぬぬぬ~・・・殿下ぁ・・・このわたくしが何もせずに負けるとでも?》


《えー?、だって彼は強すぎるじゃん?ファニーじゃ無理だって》


《やって見ない事には何も分かりませんわよ?!馬鹿にしないで下さる?!》


無意識の内に思念波を使い口喧嘩を始めるファニーとヤニック。


ファニーが思念波を使える訳が無いと思っているヤニックに自分が思念波を使える訳が無いと思っているファニー。

そんな二人の思いから発生した珍事だった。


これは当然、イノセントとの修行の成果だ。


《見ていなさいよ!!一寸の虫にも五分の魂!!見せてやりますわ!!》


そう思念波でヤニックに怒鳴りデートリヒをキッと睨んで棍を大きく数回、回転させて片足を前に出して体重を掛けて下段に構える独特の構え、

ヴィアール流槍術の構えを取るファニー。


するとデートリヒも「おっ?!」と言った表情になり嬉しそうにニヤリと笑い構えを変えた。


デートリヒも数回棍を大きく回転させて腰をギリギリまで落として槍を後ろ手に構える、メルクル流槍術の構えだ。


実はデートリヒは少し寂しかったのだ、噂に名高いヴィアール家の「戦乙女の英雄」と真剣勝負で戦えると喜んでいたのに、当たり障りの無い槍術をファニーが使った事に。


ここからが真剣勝負だ!とばかりにバチバチ睨み合う二人。


主審の教師は、「おいおい・・・全くお前らは・・・基礎を見る大会なんだけどな」と苦笑いをして・・・ええい勝負も有りだよな!と「始め!!」と合図を出した!


ファニーは下段から上段に棍を斬り上げて上段から下段へ斬り落とす!

薙刀の「正中斬り」の型だ。


ヤニックの「オメー負けるよ?」との言葉にめっちゃムカついた事で肩の力が抜けて鋭い攻撃になる。


デートリヒはファニーの斬り落としを棍を両手で掴み、ガギィーーーン!!と棍同士とは思えない衝突音を立てて正面から受け止めた!


「ぬぐぐぐぐ!!グウウウウウウ!!!」

ギリギリとデートリヒを斬り潰そうとするファニー!

だが力負けしている分かるや否や身体を一回転させて横の撫で斬りに切り替える!


カァーーン!!

今度は軽快な激突音を立ててぶつかる両者の棍。


「まだまだぁーーー!!!」

身体を回転させながら連続で薙ぎ払うファニー!


デートリヒも連続薙ぎ払いを冷静に払い退けながら反撃の突きを入れる!

それをギリギリで避けるファニー!


カアーン!!カカーーン!

両者が白熱して、とても学生とは思えない壮絶な打ち合いを繰り広げる!


「「「おおおおおーーー?!」」」

今まで静かだった大会会場に初めての歓声が起こる。


気迫で押し捲るファニーに対して冷静に捌いて的確な突きでドンドンとファニーを後ろに追い込むデートリヒ。


そしてここで・・・

「一本!!そこまで!」主審の無情な声が響く。


「えっ?」まだ有効打を貰って無いファニーは主審の声に唖然とする。


「あっ・・・」

ここで自分の右足が場外のラインを完全に越えてしまっている気が付いたファニー。


全然、互角では無かったのだ・・・完全にデートリヒの間合いに引き込まれて押し込まれていたのだ。


力負け・・・完敗を悟ったファニー。

ファニーの反則でデートリヒに一本入る、デートリヒの二本先取、これで終わりだ。


「二本先取!!勝者デートリヒ!!」オオオオオオオ!!!


こうして意気揚々と挑んだ武闘大会でファニーはヤニックと戦う事は叶わずに予選の一回戦で敗退した。


「ありがとうございましたわ、凄くお強くて驚きましたわ」

デートリヒにニコリと微笑むファニー。


「んっ!」デートリヒは口に笑みを浮かべて頷く。


「あ・・・あら?随分と無口な方なのですね?」


後の第二陸戦軍軍団長のデートリヒ・・・

彼のあだ名は「静かなる猛禽」と言われる程にマジで無口な男なのだ。


正しく小説の世界においての天敵!


その為に設定は初期の段階で既にあった強力なキャラクターだったに、今までの他のシリーズにも出て来れなかった男なのだ。


ちなみに彼が話すセリフは「んっ!」のみ。こんなの小説でどないせいちゅーねん!

これが後の国王ヤニックに対してもそうなのだから恐ろしい男だ。


未来の国王ヤニックいわく・・・

「んっ!」の言い方で何を考えてるか大体分かると言うからヤニックも大概なのだ。


終了の礼が終わるとファニーは悠然と大会会場を後にしたのだった・・・

そしてヤニックの出番が来る。




その後の武闘大会の槍術の部門はデートリヒが優勝したらしい・・・

と人伝に聞いたファニー。


らしいと言うのはファニーが大会の続きを見ていないからだ。


ヤニックは準々決勝までは勝ち上がったがデートリヒには負けた、らしい。


別にヤニックが手を抜いた訳で無く、武術においては拳闘士のヤニックが生粋の槍使いのデートリヒに槍術での技術戦で挑む事自体が無謀でほぼ何も出来ずに完敗したらしい。


「ワハハハハ!!ダッセェな、ヤニック!!アハハハハハ!!」

負けて控室に戻り従者のクルーゼに爆笑されたヤニック。


「うぐ・・・」何も反論出来ない程の完敗をしたヤニック。


「まぁ・・・あんまり専門職を舐めるなって事だ」


殺し合いならヤニックはデートリヒに勝てるだろうが、純粋な技術を競うならヤニックはまだまだ未熟な少年に過ぎないのだ。


「また修行のやり直しだなヤニックよ」


「はい・・・よろしくお願いします」

今回はヤニックもかなり凹ませられた辛い武闘大会になったのだ。





さて武闘大会を見ていないファニーはその時に何をしていたか?だが・・・


そのままギャン泣きながらフローラに借りた騎士服を着たまま、1人馬に乗ってヴィアール辺境伯領へ帰っちゃっていたのだ!


そして1週間後・・・


目の前でエッグエグと泣く娘ファニーを見て手に持っていた夕飯の豚の照り焼き50人前を落とす母スージー。


それを15mも飛んでダイビングキャッチする護衛の騎士!

しかしお前ら「照り焼き」が好きだな?!


自分の夕食をおかず無しにしてなる物か!!騎士は己れの限界を超えたのだ!


じゃあ夫人に持たせないで自分で持てば良いじゃん?

しかしそれをやると「護衛騎士が剣を持たないでどうするのです!」と逆に夫人の叱責を受けるから代わりに持つ事が出来ないのだ。


「ぶえんぶえんふぇーどりひざまにふぁてふぁへんれひたぁ~。

わああああああああああんんんん!!!」遂に大声で泣き出したファニー。


娘が何を言ってるのか全然分からん!とスージーは思ったが、

ファニーが何かに負けた事だけは充分に分かった。


そしてファニーの他にはヴィアール辺境伯領へと帰って来た人間も居ない事にも。


「トリーお姉様まで置いて帰って来るなんて・・・」

ギャン泣きした娘に膝に抱き付かれて困り顔の母スージー。


ファニーが泣いて泣いて仕方ないので、その場に座り膝枕をしてファニーの頭を撫でる・・・ちなみにここは玄関先だ。

なにせ本館の調理場から皆んなの夕食を食堂へと運んでいる最中だったので。


ファニーは、こんな感じでいじけて捻くれるとマジで長いのだ。


「はあ・・・これからどうしましょう?」

母スージーはここまでいじけた娘ファニーを見た事が無い・・・これは多分長くなりそうだとため息を吐いた・・・


時間は遡りファニーがヴィアール辺境伯領へと馬を走らせたのと同じ時間のヤニックはクルーゼとイノセントにボッコボコにされていた。


比喩で無くマジでフルボッコだ!なんでそうなる?!


「悔しいのは分かるけどよ・・・こんな修行は全然身にならんぜ?」

木剣を肩に担いで呆れ顔のイノセント。


「二人掛かりで攻撃して下さい!」とのヤニックの願いを叶えた訳なのだが?

二人は当然手加減をしているがヤニックは血だらけのボロボロになっている。


「いえ・・・このまま寝ても悔しくて、のたうち回るだけなので動けなくなるまで付き合って下さい!

怪我は回復魔法ですぐ治せますから!」

勇者になる為の修行でハイエルフのイリスに毎日ボコられてた時を思い出すヤニック。


「・・・たく、しょうがねぇな」

ヤニックの気持ちが分かるクルーゼは遠慮なくヤニックをボコる事にした。


その後、気絶するまでヤニックをボコリ、回復魔法を掛けてベッドに放り込むクルーゼだったのだ。


武闘大会の次の日、王太子のヤニックはベッドから起き上がれないでもがいていた。

重度の魔力欠乏症である。


「ぐおおおおお・・・マジで身体が動かないよ・・・うおおお?やばい」


昨日の訓練で大怪我をする前にクルーゼとイノセントが「魔力吸収」を付与した攻撃をしてヤニックの魔力を吸い上げたからだ。


「はあ・・・大口叩いておいて情け無い・・・誰が俺に敵う生徒は居ないだよ・・・

ぐおおおおおおお!!!恥ずかしい!死んでしまいたい!」


ゴロゴロとモンゾリ打ちたいヤニックだが全く動けないのだ。

芸術的と言えるほどに後遺症の残らないギリギリのラインまで魔力を吸われたヤニックは身体の辛さと精神の辛さから男泣きしてしまう。


「ううう~・・・うわ?!トイレどうしょう?!」

やばい!泣いてる場合じゃない!既に小の方が限界に近いのだ!

そう思ったヤニックが下半身を見るとしっかりと戦闘用のオムツを履かされていた。


「マジですか~、このまま用を足せと?・・・

あ~あ・・・なんか人魔大戦を思いだすなぁ~」

人魔大戦参戦時もこの戦士用のオムツには随分と助けられたモノなのだ。


このオムツ、「浄化と乾燥と空間」の魔法が付与されていて用を足すと糞尿は別空間に飛ばされて乾燥と浄化で匂いも不快感も無い優れ物なのだ。


しかし当然ながら値段がバカ高いので一般には普及していない。

日本円に換算すると500万円ほどはする。

しかし用を足している時に襲撃されて死亡なんて事は戦場では日常茶飯なので命には変えられず使用している者は多い。


「ふう・・・喉が渇いたな」

ヤニックは初級の水の魔法を使い口の中に真水を作りゴクンと飲み込む。


トイレの心配が無くなったヤニックは寝る事にした。

なのでファニーの部屋がお祭り騒ぎになっている事には気がつかなかったのだ。





ファニーの部屋の前を急ぎ足の侍女が通り過ぎて玄関に向かい、

「ファニー様は?!見つかりましたか?!」

ファニーの専属侍女の年配の女性が若い侍女に尋ねると。


「いいえ!寄宿舎の中には、いらっしゃらない様です!」

と庭に捜索に出ていた若い侍女が答える。


令嬢のファニーが行方不明になって当然ファニーの侍女達はもう大騒ぎだ!

昨日の夕方からかなりの人を出して捜索をしているが見つからない。


現在ファニーは馬に乗りヴィアール辺境伯領の母スージーの膝を目掛けて爆走中だ。

まだ13歳の少女のファニーは早く帰って母スージーの膝の上で泣きたいのだ。

まだまだ母親に甘えたい年頃なのだ。


侍女達の話しを黙って聞いていたトリー女史がハッとして・・・

「もしかして・・・あの子、実家に帰ったんじゃ?

誰か?!貸し馬屋さんに馬を借りに来た令嬢が居なかったか聞きにいって頂戴!」


さすが叔母のトリー女史、姪っ子の行動パターンを正確に予想した。


早速、王都中の貸し馬屋さんの元へヴィアール辺境伯家の者達が飛ぶ。

その内の王都の裏門にある大きな貸し馬屋にて・・・


「ん?ああ、一番若くて良い馬を借りて行ったよ?随分とお金も奮発してくれたよ。

しっかし、流石にヴィアール辺境伯のお嬢様は乗馬も上手いんだな、感心したよ。

アレ?アンタら知らなかったの?何で?」


不思議そうな貸し馬屋さんのお爺さんの答えに膝から崩れた若い侍女だった。


急いで寄宿舎に帰り

「と言う訳です・・・」トリー女史に報告した後に力が抜けてグッタリ座りこむ若い侍女。


「はああああ・・・そうですか?ご苦労様でしたね・・・

後は私が対処致しますので貴女方はすぐに寝て下さいまし」


徹夜明けの侍女達を休ませて緊急用の通信宝玉を起動させようとするトリー女史。


しかし?


「・・・宝玉がありませんわね」

宝玉はファニーにしっかりとパクられた後だった・・・泣いてても冷静だなアイツ。


「・・・仕方ありません」とトリー女史は筆と便箋を取る。

無いモノは無い!考えても無いのだ、すぐに他の手段を考える、トリーが「女史」と言われる所以である。


普通なら怒り狂う所なのだが、あの負け方では姪っ子がショックで妙な行動をしても不思議では無いかな?と叔母のトリー女史は思う。


先ずトリー女史が書くのはファニーの「休学届け」だ。

ファニーの「いじけ」が長引くだろうと予想して先手を打っておくのだ。


ファニーの休学の理由は・・・「お兄様に急病になって頂きましょうか」

即座に「辺境伯の頭の急病の為に」と書きすぐに学園の事務所へ向かう。


トリー女史の的確で素早い対応で妙な噂などは立たず、ファニーが休学した事を友人達が知るのは3日後になる。


ヤニックに関しては起き上がり学園に来る事が出来たのはファニー逃走から5日後だったので更にファニー逃走の事を知るのが遅れた。


「ななななななななんですってぇ??!!!」


武闘大会から丁度一週間後、意を決してファニーに会おうと教室に行った所で共通の友人のリアナ伯爵令嬢からファニー休学の件を初めて聞かされたヤニック。


「ええ、ヴィアール辺境伯閣下が頭の急病との事ですよ?

アレ?殿下はお聞きになってなかった?もう4,5日ほど前ですわ」


その話しを聞き「ええ~?あの辺境伯が病気?殺しても死ななそうなのに?」早速疑念を抱くヤニック。そ


「う~ん、そうですか・・・分かりました」

リアナ嬢にお礼を言い教室から立ち去るヤニック。

そう言ってアッサリ引き下がるヤニックは随分と薄情に見えるが?


ヤニックは自分の部屋に戻るなり急いで荷作りを始める。


「ん~?今度はどこか行くのかヤニック?」

書類作業中のクルーゼがヤニックに尋ねると、


「ヴィアール辺境伯領へ向かいます」とだけ答えるヤニック。

全然アッサリしていなかった、ファニーを追う気満々だ。


「ふ~ん?そうか分かった、学園には休学届け出しとくか?」


「お願いします!クルーゼの兄貴!」

側近の誰も引き留めすにめっちゃアッサリとヴィアール辺境伯領へ向かう事が出来たヤニックだった。


クルーゼ達側近も「なんで?」とは聞かない、そこは勇者同士、いちいち行動を詮索する程ヤボでも無いのだ。


「なら馬の手配をするか?」とのクルーゼから提案を、

「いえ、急ぎですので走って行きます。その方が早いので」と断るヤニック。


「人に見つかるじゃねえぞ?おかしな連中が王都近郊で活動しているぞ。

変装だけはバッチリして行けよ」


「了解です」


ちなみに王都からヴィアール辺境伯領まで約1500km程ある。

馬車なら12日程度、馬なら10日程度の日数が掛かるがヤニックは走れば7日程で到着するのだ。


ファニーは一頭の馬を休ませながら帰っているので、まだ全然ヴィアール辺境伯領へは到着していない。


「でも道中でファニーを捕まえるのはちょっと無理か・・・」

ここでヴィアール辺境伯領に転移魔法陣を仕込んでいなかった事を悔やむのだ。


軍事基地でもあるヴィアール辺境伯城塞都市は敵にも使用される恐れのある転移陣の敷設は禁止されている。


でもコッソリと一人用の小型の転移魔法陣なら特別に許可が降りたはずだったのだ。


今更悔やんでも仕方ないので王都郊外の裏街道で足に魔力を込めるヤニック。


よーいドン!と走りだすヤニック、ドンドン加速して時速80kmまで到達してから身体を浮遊魔法で浮かして空を飛ぶ?!


正確には長距離ジャンプに近い、一回の浮遊で時速80kmで距離を2km程度は進む事が出来るのだ。


確かに馬より早いが、これは馬鹿見たいに膨大な魔力量があるヤニックだから出来る芸当で他の勇者達もここまでの事は出来ない。


師匠のイリスは一回のジャンプで時速120km、距離5kmほど進む事が出来るが彼女は規格外過ぎて何の参考にもならない。


走り?ながらヤニックは考える・・・

「あーあ・・・ファニーに会いたいなぁ」

すっかりとファニーに籠絡されている王太子のヤニックだった。


進む事2日目、ヤニックは運悪く・・・運良く、盗賊?らしき連中に襲われている集団?に遭遇する。


「この忙しい時にふざけんなぁ!クサレ盗賊共がぁあああ!!」

やっぱり武闘大会で惨敗して心の奥底では滅茶苦茶機嫌が悪かったヤニック。


兄貴分達のガラの悪さが乗り移った如く、盗賊?に罵声を浴びせながら襲い掛かった!

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