第24話 「戦乙女の学園生活」

「そうではありません殿下!何度言えば分かるのですか?!」

同じ問題を何度も間違えてリアナ伯爵令嬢に叱責される王太子ヤニック。


「うぐ!すみません!リアナ先生」


「よろしいですか?ここは・・・・」


リアナがヤニックに勉強を教え始めたのだが、分かっていた事とは言えヤニックの学力がとにかくヤバかった。


正直に言って高校1年生が中学校1年生くらいのレベルしか学力を持っていないと思ってくれて良い。

ちなみにヤニックはそろそろ17歳になる。


12歳の後半、丁度学力が伸びる時期に師匠であるハイエルフのイリスに拉致されたのでこの事態も致し方無しなのだが。


このままでは師匠のイリスが弟子に勉強をやらせない悪辣非道女に聞こえるので補足をしておくと。


実の所、イリスはヤニックに対して「一般的な大学に入れる程度の勉強はきちんと教えていた」のだ。


なにせイリスは知識欲がとても強く、かなり秀才なエルフで人間の勉強も完璧にこなせるのだ。


そんな彼女が親切丁寧に教えたのだ、イリスもまさかヤニックがこんな状態に陥っているとは想像もしていない。


いや、それどころか今頃は「あれだけ教えたんだから大学院くらいは入っているよねー」と安心し切っているイリス。

要するに、師匠の教えをちゃんと覚えていないお前が悪いのだよヤニック。


そしてリアナ嬢の子供からの夢は「立派な教師になる事」で、あまりにも出来が悪いヤニックに対しての恋心は薄れて消えて行き「自分が何とかせにゃならん生徒」の認識に変わりつつあった。


リアナ先生もこれからかなり苦労する事だろう。


このままだとヤニックが「生粋のただの馬鹿」になるので、ここも補足しておこう。


ヤニックは確かにイリスから丁寧に勉強を教えて貰ったが、それ以上に「イリスのお世話」が大変だった・・・


彼女は元軍人で厳しい訓練の末に、ほっとくと飯を食わずに道端ででも平気で寝れる人物なので修行の旅の最中、ずっとヤニックはイリスの宿を取り、飯をちゃんと食わせて、風呂にブチ込み、ベッドに寝かせていたのだ。


ほとんど専属メイドさんである。


加えてイリスとヤニックと一緒に修行の旅をしていた兄弟子のイノセント・・・コイツもかなりの曲者だったのだ。


コイツもほっとくと何をするか分からん奴だったのでイリスのお世話をしながら見張っていたのだ。


そんな忙しい日々で当時13歳の少年が教えて貰った勉強の事を「頭からスッポーン」しても仕方なかったのだ。


要するにヤニックが勉強が出来ないのは「ヤニック本人も含めた関係者全員が悪い」のだ。


そんな人達の尻拭きをさせられるファニーは

「この人って今まで何をして来たのかしら?」と疑問に思う。


実際に話しをしてヤニックは頭がキレる人物なのは分かる、分かるが一般常識が欠如している所が多い。

とても王城で暮らしていたとは思えない程にヤニックの知識はかなり偏っていると感じるのだ。


ファニー、大正解である。


そんなファニーの心の声が聞こえているのだが、

「すみません!師匠と兄弟子のお世話をしつつ、北の大陸でスペクターと血みどろの戦争をやってました」とも言えず涙目のヤニックなのだ。


リアナ先生がヤニックの婚約者候補から颯爽と脱落してしまったので、

王太子ヤニック専属の女官と侍従の責任者立場にファニーがなってしまう訳なのだが、

ファニーはヤニックが余り好きで無い・・・と言う設定だ。


なにせファニーが自分を誤解してしまっているの状態なので2人の関係性は歪な状態になる。

嫌よ嫌よも好きな内・・・では無くて可愛さ余って憎さ100倍!と言う状況が作り出されてしまう。


「全く殿下はリアナ様に迷惑ばかり掛けて・・・恥ずかしいと思わないんですか?」


「すみませんファニー嬢」


こんなやり取りが頻繁に学園内で繰り広げられる事になり王太子ヤニックの存在感が学園内でドンドン薄くなる。


ヤニックは別に学園内の評価を全く気にしてないので影が薄いとの噂は放置している。

なので余計に周囲からは「なんか頼りにならない王太子」と誤解を受ける事になる。


他のヤニックの婚約者候補の令嬢達も積極的にヤニックに対するアプローチをして来る事も無く、ヤニックが望んでいた「放置状態」となった。


そのおかげでいつの間にかファニーが王太子の婚約者候補の筆頭になってしまう。


本来ライバルのはずの令嬢達も「戦乙女の英雄」と呼ばれ実際にもカッコいい少女ファニーに憧れて「ファンクラブ」なんぞを作る始末。


ヤニックをガン無視しているのだ。


「お母さん」気質で誰に対しても抱擁力のあるファニーに好意も持ち、良く分からない「ファニー派」と言わる派閥までが台頭して何故かヤニックの対抗派閥と認識される事になった。

この辺りは本当に意味不明である。


「わははははははは!!ヤニック!オメー婚約者にやられまくってんじゃねえか!」

ヤニックを指差して大爆笑の王太子専属侍従のクルーゼ子爵。


「うーん・・・まぁ、別に悔しいとか全然思ってないので」

苦笑いのヤニックだが本気でそう思っている。


なにせ彼には「勇者」としての誇りが第一としてあるので王族としての誇りや貴族に対しての優位性などに興味は無いのだ。


「何ならファニー嬢を王太女として選出して女王にしては?と父に提案しました。

彼女にも王位継承権がありますからね」


何とビックリ!ファニーは現時点で第8位の王位継承権があったのだ。

王太子ヤニックが直接指名して国王が承認するとマジで女王になれる所だったのだ。


「それでも構わんが、お前は自身の責務を放棄して少女に責任を押し付ける事が本気で良いと感じているのか?」

国王にそう嗜められてグウの根も出せず論破されたヤニックだった。


「そりゃあそんな真似をすりゃファニーの嬢ちゃんに全責任を被せる事になるからな。

勇者としても失格だな」イノセントも厳しく全否定する。


こうして「ファニーさんを女王にしよう」案は誰に知られる事無く消滅した。


「しかしどうするよ?やっぱり王太子殿下に誰も従わないのは大問題だぜ?

俺からそれとなくファニーに注意しようか?」

確かにジャックの指摘する問題はかなり不味い深刻な事態なのだ。


「そこはヤニックの得意分野で存在感が出すしかねえな」

そこら辺の改善案は幾つか考えているクルーゼ。


「得意分野?俺・・・私にそんな物ありましたっけ?」


「本気で言ってんのか?お前・・・勇者の得意な事ってなんだよ?」


「戦う事です」


「だからそれをやれば良いんだよ。

もう少しで学園内で国王を招いての御前武闘大会があんだろ?そこでお前が優勝すれよ」


「そんな事をしたら私の力の隠匿の方針が崩れませんか?」

強大な力を持つ指導者は他国からの警戒心を産むのでヤニックを始めとする勇者達を国策の元に正体を隠蔽している状態だ。


「そこは上手く誤魔化せよ?」


「はあ・・・良いんですかね?確かに私に勝てる人間は学園には居ませんが・・・

なんか反則してる様に思いますが?」


ヤニックは全ての生徒の正確に戦闘能力を把握している。

そして「勇者の資質」を持つ者は現状居ないとの判断している。


「戦乙女の英雄・・・ファニーの嬢ちゃんはどうなんだよ?」


「それ・・・分かってて言ってますよね・・・イノセント?

どうやっても彼女が私に勝てる訳無いじゃないですか?」

魔法無しでの純粋な肉弾戦でもファニーがヤニックに一対一で勝てる可能性は皆無だ。


文字通りの桁違いの実力差があるのだ。


「それを本人に伝えて煽り散らして怒らせるんだよ」


「なるほどな・・・そんでヤニックが本気のファニーに圧勝すれば少なくてもファニーよりヤニックの方が「武力」では上だって皆んなが思うよな」

ジャックもイノセント案に同意する。


「それこそ反則極まりないと思うんですが・・・ファニー嬢が余りにも可哀想です」

ファニーを思って難色を示すヤニック。


「そこはお前がファニーを王太子妃として娶って女として幸せにしてやってくれよ。

何でファニーの将来が「武人」で確定してんだよ?」


「ええええ?!私とファニー嬢が結婚?!」

ここでクルーゼの進言に狼狽えるヤニック・・・今までとは少し違う反応だ。


裏表無く自分に素のままで接して来てくれるファニーにヤニックも大分絆されていたのだ。


完全に無自覚だったが、女性としてもファニーを好ましく思っていた。

クルーゼの指摘で初めてその感情に気がつくヤニック。


「そうか・・・私はファニー嬢が好きだったんだ・・・」


「「「それマジで言ってんのかお前?」」」

クルーゼ、イノセント、ジャックの言葉が見事に被ってハミングした。

何ちゅう鈍臭い弟分なんだコイツ?との思いが繋がる兄貴分達だった。


「んー?あっ、そうだ。まぁ・・・俺に任せろよ」何かを思い付きニヤリと笑うジャック。



ーーーーーーーーーーーーーーーーー



「なななな!!!何ですってえ!!」


「王太子殿下酷いです!お姉様を馬鹿にして!」


激オコのファニーとエスティマブル公爵令嬢。


それは何でか?と言うとジャックが・・・

「王太子が「純粋な武力ならファニー程度は物の数じゃねえ」って言ってんぞ?」

と告げ口をしたからだ!勿論、ヤニック本人は一声もそんな事は言ってないが・・・


「へへへえええ・・・そうですかぁ・・・ふうんそうですかぁ・・・」

ジャックの狙い通り激オコのファニー、ヤニックに対して本気で対抗意識が芽生えて来ている。


「それでな?もし御前武闘大会でファニーが殿下に負けたら「可哀想だから王太子妃に貰ってやんよ」とか言ってんだけど・・・・・・ファニーはどうする?」


「良いでしょう!!受けて立ちます!!

わたくしが圧勝して婚約者候補破棄状を殿下の顔面に叩き付けて差し上げますわ!」


ブチ切れファニーが「ヤニックに負けたらその時は正式に彼の婚約者になる!」と宣言する。


こうして御前武闘大会で婚約を賭けたファニー対ヤニック戦に誘導成功して内心上手く行ったと喜んでるジャック。

従兄弟のファニーの考える事はお見通しのジャックなのだ。


「わたくしも応援しておりますわ!ファニーお姉様頑張って!」


ムン!と胸の前で両手で握り拳を作るエスティマに、

「お任せ下さいまし!王太子をボッコボッコにして差し上げますわ!」

と答えたファニー・・・あーあ、もう戻れない。


「それでヤニック殿下が言うには種目は「槍術」だ。それで良いかファニー?」

当然ヤニック本人はそんな事を一言も言ってない。


「!!!!!!

そうですかぁ・・・殿下はどこまでも、わたくしを馬鹿になさいますのね?

うふふふ・・・武闘大会が楽しみですわ殿下」


槍術はファニーが一番得意な武術だ、「そっちの土俵で戦ってやんよ?」とヤニックがイキがってますよー?と、どこまでもファニーを煽り散らすジャックだったのだ。


それから「と言う事だ」とファニーの反応をヤニック本人に伝えると・・・


「俺が勝てばファニー嬢は俺の物?・・・」予想に反して欲望丸出しの反応をしたヤニック。


「あれ?」ジャックはてっきり、「何勝手に決めてんすか?!」と怒ると思っていたのだが案外と女に対して強欲な弟分に思わず苦笑いするのだった。


そして学園の廊下でファニーとヤニックが偶然すれ違う時に

「おはよう御座います殿下、御前武闘大会のお話しは伺いましたわ」

ニコリと満面の笑みを浮かべ青筋が立っている激オコのファニー。


「おはよう、ファニー嬢・・・武闘大会の約束は件は俺も聞いたよ」

うわぁ・・・一人称が「俺」になってるよコイツ・・・


いつも全然違う野獣の様な迫力のある笑みを浮かべるヤニックに一瞬怯んだファニーだが、

「それはよう御座いましたわ、もし殿下に負けたら、わたくしは殿下の婚約者になりますわ!でもそんな事は絶っ対!にあり得ませんけど」

負けじと不敵な笑みを浮かべてハッキリ公衆の面前で「婚約者になりますら!」と宣言するファニー。


「きゃああああああ♪♪♪」


「カッコイイですわファニー様!」


「そんな?!わたくしを置いて殿下に負けないで下さい!ファニー様ー!」


周囲の女生徒からファニーに対して黄色い歓声が湧き立つ。

少し危ねえヤツも居るが無視しよう。


「ふふふふふ、御前武闘大会が楽しみだねファニー嬢」

迫力満点の笑みを浮かべ颯爽と立ち去るヤニックの背中を見つめるファニー。


《なっ・・・なによお?》背中を見つめるファニーの心臓はドキドキしている。


この恋する乙女のドキドキを「戦い前の武者震い」だと思い込むファニー。

ファニーとヤニックが戦う御前武闘大会まで後1か月だ。


ヤニックとの対戦が決まり槍術の鍛錬を一心不乱に行うファニー。


「鍛錬は良いけどよ?何で冒険者ギルドの訓練所を使ってんだ?」


ファニーと手合わせして床に座り込みゼェゼェと息を切らしている槍術士の冒険者達を呆れた表情で見ているジャック。


カアーン!カカーーン!

「寄宿舎では!」カアーン!「碌な相手が!」カアアーーン!「居ないから!」

「ですわーーー!!」バシィ!「うおお?!」カランカラン・・・


ファニーの下段からの振り上げで木製の棍を叩き落とされる冒険者の男。


「おい!情け無いぞお前!相手の動きを良く見ろ!何やってんだしっかりしろ!」

ファニーに棍を弾かれた冒険者に対してジャックの檄が飛ぶ!


「いや・・・嬢ちゃんの槍術が変則過ぎるんっすよ・・・

槍で連撃の薙ぎ払いとかをされちまうと、なんか調子が狂うんですよ・・・」

ファニーに負けてションボリの槍使いの冒険者。


ファニーの槍術は「薙刀術」に近くほとんど「突き」の攻撃をして来ない。


本来の槍術は長い得物の特性を活かしたアウトレンジから突き攻撃が主体だ。

普通の槍術士はファニーの様にいきなり近接戦に持ち込む槍術を見た事が無いのだ。


「言い訳は見苦しいぞ!戦場でそんな言い訳は通用しない!

初見の技でも完全に対応出来る様にちゃんと研究しておけ!」


このジャックの檄は正しい、もしこれが戦場でファニーが本物の槍を使っていたら死亡か大怪我は避けられない。


再度のジャックの檄に余計にションボリするファニーに負けた冒険者達。


当然、少女のファニーに本気になり切れなかった所はあるが、その負け方の内容が悪過ぎた。

全員が頸椎や心臓などの急所で寸止めされて敗北したのだ。


「なっさけなぇなぁお前等は・・・」

この冒険者達の惨状に渋い顔のSランク冒険者のイノセントが現れた。


「まぁ?!」何故か黄色い声を上げるファニー?・・・ん?どした?ファニー?


テテテとイノセントに走り寄るファニー。

「初めてまして!わたくしはファニーと言います!貴方はごぼぼぼ??!!」

「ご結婚はされてますの?」を言う前にジャックに口を塞がれるファニー。


「ファニー・・・幾らなんでもそれは・・・はしたないぞ・・・」

心底呆れた声のジャックは盛大にため息をついた。


「ん?どした?」


「いいや、何でもない」フルフルとクビを振るジャック。

そもそもイノセントが独身だったらどうする気だったのか・・・


「ヤニック・・・王太子殿下の所に居なくて大丈夫なのか?」


「そこのファニーお嬢さんの面倒を見てやってくれだとよ」


「んな?!」イノセントの言葉に物凄く驚いたファニー。

要約すると「アイツはマジ弱いからお前が鍛えてやってくれよ」と言われたからだ。


ヤニック的には勇者の戦い方をファニーが仕方を知らないのは不公平だと思いイノセントにコーチを頼んだのだが、それは強者の上からの目線だ。


「うううううう~」・・・これはファニーがイライラするのも仕方ない。

「絶対に殿下をブチのめしてやりますわーーーー!!」

改めて「打倒!ヤニック」を誓うファニーだった。


「おお?!気合い充分だな。んじゃ早速俺と模擬戦だ、もう時間が無いからな」


「望む所ですわーーーー!!」イノセントに挑み掛かるファニー。




・・・・・・・結果はファニーは全く見せ場無く惨敗した。


ファニーの攻撃は全て簡単にイノセントに片手でいなされてしまった。

パワー、スピード、テクニック、あらゆるモノ全ての点でファニーが敵う相手では無かった。


「うぐぐぐ~、もう一回ですわ!」

でも諦めたらそこで終わり!何度でもファニーはイノセントに挑む!


そして全敗してしまう。


「はあ!はあ!はあ!ううう・・・わたくしは、井の中の蛙だったのですね」

完全に、Orz 状態のファニー、もう足腰ガクガクで立ち上がれない。


そんなファニーを見てイノセントは関心していた。

《想像してたよりかなりやるじゃねぇか・・・

こりゃ少しヤニックの野郎に一泡吹かせてやりたくなって来たぜ》


そんな悪企みを始めるイノセント。


「おいおいイノセントまさか・・・」


「ファニーお嬢さんは「気闘法」っての知ってるか?」


「はあ!はあ!はあ!・・・体内の魔力を使う身体強化方法ですね?

まだまだ未熟ですがわたくしも使ってますわ・・・


「半分正解だが、魔力を使う訳じゃない。「気闘法」ってのは精神エネルギーを使う」


「精神エネルギー・・・とは?何なのですの?」

漠然としてなら聞いた事はあるが正確には答えられない。


「ヤニックをブッ殺す!!ってのを力に変えるだよ」


「!!!!それなら幾らでも出来ますわ!!」


厳密に言うとヤニックの説明は完全に間違えているが無論、ワザとだ。

間違えてはいるが「気闘法」の触りには有効な感情だろう。

精神力・・・ファニーの負けず嫌いな所を利用して「気闘法」をファニーに会得させようと企むイノセント。


何故そんな事をするのか?


それはヤニックが慌てる所を見るのが面白いからだ。

次の日から少し本気でファニーに「勇者」の戦い方を教え始めたイノセント。


すると驚いた事にファニーには「勇者」素養があったのだ。

《もう少し早く分かってりゃなぁ、・・・惜しかったぜ》


残念ながら身体が出来つつあるファニーは勇者修行を始めるには少し遅かった。

今から勇者修行を始めると身体を壊す可能性が高い。


しかし今まで鍛え上げた事は決して無駄にはならない。

半月が経過する頃にはファニーの潜在能力は倍化していた。





「イノセントの兄貴!!!

どう言う事ですか?!ファニーから「勇者」の気配を感じます!

一体ファニーに何をやらせているんですか?!」

激オコのヤニック、勇者の修行は身体を壊す可能性が高い事を身に染みて知っているヤニックはファニーが心配で仕方ないのだ。


何せファニーを将来自分の妻にするとこの時既にヤニックは決めていた。

少しづつファニーに対して過保護になって来ているヤニックだった。


「ん?俺は勇者「触り」程度の事を教えただけだせ?

後の力は本来ファニーお嬢さんが持っていた力が解放されただけだ。

だからよ?油断してたらお前でも足元掬われるぜ?」


「・・・俺が危険だと感じたら即座にやめさせますからね」


そんなヤニックの心配を他所にドンドンとイノセントの教えを吸収するファニー。


キィーーーーーン!!キキィーーーン!

模擬戦で槍がぶつかる音も変わって来た。


相手をしているイノセントも既に片手で捌けなくなって両手持ちになっている。

《こりゃあマジでやり方次第じゃ「覚醒」まで到達出来たかも知れねぇな・・・》

そう感じると時間切れのファニーの才能が益々惜しい気持ちになったイノセント。


「よおし!武闘大会まで後一週間だ。

ペースを落として体力と気力を回復させるぜファニー嬢ちゃん」


「!!!わたくしは、まだまだ行けますわ!」


「ダメだ。このままヤニックと戦ったら疲労で負けるぜ嬢ちゃん」


「!!!分かりましたわ!休みます師匠!」めっちゃ素直なファニー。


軽めの打ち合いをして今日の修練は終わり、体力の回復に努めるファニー。

ボケーとイノセントと他の冒険者達の打ち合いの訓練の様子を見ている。


「師匠・・・」


「なんだ?」


「わたくし、殿下に勝てますかしら?」

イノセントとの修行で視野が大分広がったファニー。

視野が広がって、だんだんとヤニックの違和感に気がついて来ているのだ。


1番の違和感は、やはり異常なくらい感じない魔力と気力だ。

最初は貧弱と斬り捨てたのが良く考えて見ると王家と言うのは、外部から優秀な血をドンドン取り入れて来た一族なのだ。 


普通の王家なら「従兄弟同士の結婚」は普通にOKなのだが、ピアツェンツア王国では認められていない。


理由としては「血が濃いと身体の弱い子が産まれる可能性が高まる」と医学的に証明されているからだ。


競走馬に例えると「撤退したアウトブリード」で強い血筋を作っているのだ。

ファニーとヤニックは又又従兄弟なので全然問題はない。


しかし王家の今回の婚約者の本命はリアナ伯爵令嬢だったと思われる。


それは大陸一身体が頑丈なのが売りのブリタニア民族の血が6代ほど王家筋に入っていなかったからだ。

その証明にこれより未来にヤニックの息子とリアナの娘が王家からのゴリ推しで結婚する事になる。


そんな他所から良い所取りをしている王族のヤニックに魔力を一切感じないなんて有り得ないのだ。


2番目の違和感はヤニックの歩く姿だ。


昨日も遠目でヤニックを観察していたのだが歩くヤニックに隙が無かった。

ヤニックは明らかに何かの武道を習得している。


この二つを組み合わせると「意図的に能力を隠している」と言う結論に至る。


「ん?んんー・・・そうだなぁ・・・」言い淀むイノセント。


「遠慮なさらずにスパッと仰って下さいまし」


「・・・・・・・・・・・・勝てる可能性は0だ」


「!!!・・・・・・・・・・・・そうですか・・・・」

これにはさすがにショックを受けたファニー・・・


「五分五分くらいじゃね?」

とイノセントに言われると思っていたのにまさかの勝利確率0なのだ。


「・・・・・・ヤニックの野郎は俺の弟分だとだけ伝えておくよ」


「・・・・・うふふふふ、なんかマフィアのようですわね。

ここから殿下に勝てる技をわたくしがマスター出来る・・・なんて事は可能ですか?」


「有るには有る・・・が、未成年には教えん、身体を壊すからな。

ファニーの嬢ちゃんが成人したら教えてやるよ」


「その時が来たら絶対に教えて下さいましね?師匠・・・・・・」


イノセントが言った技は「魔力闘法と気力闘法」の並列使用だ。

ファニーは魔力が少し弱い反面気力の扱いが上手い・・・既に「気力闘法」を無自覚に習得している。


それをハッキリと自覚をすれば間違い無くファニーは限界を超えて気力闘法を使うだろう。


そんな事をすれば今のファニーの身体の強度的にどこかは壊れてしまうだろう。


ファニーが安全に武闘大会で戦える様にするのがイノセントの仕事だ。

それはとても絶対に容認出来ない事態だ。


「ああ・・・成人したらな、楽しみにしておけよ?」


そんなイノセントの言葉を聞いて小さくため息が出たファニーだった。



それからも修行は続き・・・


「んんー?」朝起きて大きく伸びをするファニー。

今日は武闘大会の日、いよいよヤニックとの対戦の日だ。


昨日の夜は・・・良く眠れた。

精神も落ち着いているし気力も魔力も問題無し。

師匠イノセントが体調管理をバッチリしてくれたおかげだ。


「いけますわ!!首を洗って待っていなさい殿下!」

ぴょんとベッド飛び降りてガニ股で屈伸して気合いを入れるファニー!!


そして「いきなり何ですか!それは!はしたない!!」速攻で花瓶の水を取り替えていたトリー女史に怒られた・・・


そして武道着に着替える!・・・事は出来ずに制服を着せられて登校させられて不貞腐れるファニー。


「もう!気合いが削がれますわ!」ブッスーと頬を膨らませてまたトリー女史に怒られる。


トリー女史に言われるまでも無く、ファニーは辺境伯「令嬢」であって武闘家では無いので怒られて当然なのだ。


これ以上、トリー女史を怒らせると武闘大会の出場自体を禁止にされかねないので静々と令嬢歩きで学園へと向かうファニー。


武闘大会は昼から始まるので、その間は学園の訓練場でウォーミングアップを!

んな事が出来る訳が無く、今日の午前中は語学の中間試験を受けるファニー。


試験を受けながら小声でブツブツ文句を言いながら・・・ふとヤニックを見る。


ヤニックはちゃんと真面目に試験を受けているのでファニーも試験に集中する。

既にヤニックを中心に自分が動いている事に気が付かないファニーだった。


試験は・・・

あんだけ槍術の訓練ばかりしていたのに、バッチリと手応えがあった優等生ファニー。


またヤニックを見る。

机に突っ伏している、どうやらダメだった様子だ。


《なにやってますの殿下ーー!!」》ヤニックが気になってイライラするファニー。


これまでの一連の流れは、どう考えても好きな人を気にしての行動なのだがファニーは「殿下を見るとイライラしますわ!」との斜め上の解釈をするのだ。


ちなみにヤニックはファニーより3歳年上なのだが学力不足で3学年も落とされてファニーの同級生をやらされているのだ、なかなか王族にも情け容赦ない学園である。


そんな感じなので学園の生徒達のヤニックの評価は「ダメな留年王太子」である。

その事に対してヤニックは全く気にしてない。


そりゃ、世界の最高峰の「覚醒勇者」寸前まで行った男だ。

学園での低評価など気になる訳が無いのだが、問題を解けなかった事は単純に悔しいのだ。


そしてファニーはヤニックの悪評価を聞いてまたイライラするのだ。

《やっぱり、わたくしは殿下の事が嫌いですわ!》


またまた、ドンドン斜め上にエスカレートに解釈するファニー。

そんな事が積み重なり自分がヤニックを好きだと理解した時に凄い反動が来る事をファニーはまだ知らない。


午後の授業を終えてダッシュで訓練場へ向おうとするが、案の定スカート姿で腿を上げて走っている姿をマナーの先生に見つかって、思い切り説教を受けて30分以上無駄にしたファニー。


「何でこんなに過密スケジュールなのですの?!」

そうファニーは憤るがこの武闘大会は「授業」である、午後の課程の一つなのだ。


騎士課の人間ならともかく普通課の生徒で気合いを入れてるのはファニーとヤニックの二人だけである。


そして訓練場に到着してファニーは愕然とする。


訓練場にみっちりと騎士課の生徒が居て訓練をしていたのだ。

とてもでないがファニーが訓練出来る様なスペースなど無い。


「ひ・・・酷い差別ですわ」

いや差別違うから・・・そしてこの生徒達は「授業」で訓練をしています。


さすがに授業の邪魔をすると絶対に本気で怒られそうなので訓練場脇の休憩用の椅子にチョコンと座るファニー。


自分で全く自覚をしていないが彼女は「絶世の美少女」である。


混じり気の無く艶々の長い黒髪を後ろに編み込み、大きな青い瞳に小さな口、

毎日鍛えているので健康的な白い肌、小走りに走って来たので少し頬が朱色に染まっているのも愛らしい。


今のファニーは一切化粧をしていない、どうせ汗で流れるだろうから。

それなのに赤くプリプリしている唇が人目を引く。


すぐにドヨドヨと騎士課の生徒が騒めき出した。



「だっ・・・誰だよ?あの子」


「凄え美少女だよな・・・誰かの応援かよ?羨ましい」


「確かヴィアール辺境伯家のご令嬢だよ」


「うえ?!じゃあモロに王家のゆかりの一族じゃん!」


「凄えな・・・俺、始めてお姫様を見たよ」


ドヨドヨし始めた騎士課生徒達を見て「何ですの?」と首を傾げるファニー。

すると一気にどよめきが大きくなった。


女っ気の少ない騎士課生徒達に今のファニーのあざとい仕草は刺激が強すぎたのだ。

すると1人の騎士課の女生徒がファニーの前に立った。


「ヴィアール辺境伯家令嬢様!

男子生徒が貴女を気にして訓練に集中出来ずに危険です。

見学なら3時から出来ますのでそれまでお待ち下さい!」


彼女は「訓練の邪魔だから出て行って下さい!」とファニーに言い切ったのだ。


するとファニーは、

「騎士課の生徒ばっかり狡いです!わたくしも早く訓練をしたいですわ!」

と涙目になって騎士課女生徒に訴えたのだった。


ウルウルと瞳を潤ませ自分に向かって来るファニーに一歩二歩と後退る女生徒。

怖気ついたのでは無く、涙目のファニーが可愛すぎて思わず抱きしめそうになったからだ。


「わたくしも訓練に参加させて下さい!お姉様!」


「おおおおおおお姉様?!」


めっちゃ動揺しまくる女生徒、なんか開けてはならん扉を盛大に「バッターン」と全力で開けてしまいそうになり更に後退る。


そんな少し危ない百合っ気のある騎士課女生徒の名前は「フローラ」と言う。


ファニーより3歳年上で、ヤニックと同い年だ。


後に王家直属の魔導兵団の副団長になり王妃となったファニーの腹心となる人物である。


この時はまだ、アンデュール伯爵家の令嬢である。


「うううう~、お姉様ぁ~」遂にポロポロ泣き出すファニー。


「あううう・・・分かりました・・・では私と一緒に隅の方で訓練しましょうね?」


アッサリと陥落したフローラ・フォン・アンデュール伯爵令嬢・・・

ファニーの過保護な保護者の1人としての運命を今歩き出したのだった。


パアアアアと笑顔になるファニー。

ファニーも今フローラにガッツリと懐いたのだ。

二人の腐れ縁はここから生涯に渡り続く事になる。


ファニーは一度誰かに懐いたら無意識にチョコチョコとひよこの様にくっついて回る癖がある。


《ななななな何?この可愛い生き物?》

小動物に懐かれて動揺しまくるフローラだった。


そして訓練場の隅の方で棍を使い軽く打ち合いを始めた二人だが・・・

「ストープ!!ファニー様ストップです!!」

打ち合う度にファニーのスカートが捲れて足が見えるのだ!


過保護な保護者としてこれは見過ごせない!

チラチラとファニーの足を見ている男子生徒を鬼も殺す形相で威嚇して、

ファニーを更衣室に連れ込んで自分の騎士服を着せようとして、

改めてファニーのスタイルの良さに驚いたフローラ。


13歳に似合わずにファニーはボン!キュ!ボン!だったのだ!

「これはヤバい・・・」

フローラは「スケベな男共の魔の手から守らねば!」と決意をする。


ここからのフローラはファニーの侍女の如くに立ち振る舞い、

ファニーの素晴らしい身体のラインを目立たせない衣装を着させて、迫り来るケダモノからファニーを守り始める。


ここで言うケダモノとは他でもない王太子ヤニックの事だ。

ここでファニーVSヤニックからフローラVSヤニックの戦いにシフトして行くのだ。


このフローラ参戦でファニーとヤニックの恋の進展が遅れたのは言うまでも無い。


13歳の割にボン!キュ!ボン!のファニーだが、

当然17歳のフローラの方がボン!キュ!ボン!なのでフローラの騎士服はファニーには色々な所がブカブカだった。


そのブカブカ具合も愛らしくてフローラは頭を抱えた。

「こんなの・・・ロリコン共にはドストライクだわ・・・」

仕方ないので小柄な同級生に騎士服を借りた。


これでどうにかファニーの色気を抑える事が出来た。


「普段のファニー様は衣装はどうしているのです?」


「家では「すぐ大きくなる」と言われて一つサイズの大きいお洋服を着させられますわ、わたくしも動き易いので喜んで着ていますわ!」


「なるほど・・・」

ファニーの実家のヴィアール辺境伯家もファニーのエロさをしっかりと理解していて安心したフローラ。


なかなかケダモノ・・・ヤニックの前途は多難の様だ。

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