第23話 「戦乙女の入学」

王立学園の寄宿舎に到着したファニーは荷物の整理・・・は既に終わっていたので、

クロスフォード公爵令嬢に編入の挨拶に向かった。


言わば彼女が学園内の現在のトップなので到着の挨拶せんとかなり面倒くさい事になるからだ。


ヤニック?知らん。


アスティ公爵令嬢の部屋をノックすると中から扉が開き侍女が顔を出したので、 

「本日より学園に編入になりました、スティーブン・フォン・ヴィアール辺境伯が娘のファニー・フォン・ヴィアールです、エスティマブル様にご挨拶に参りました」

と、とても美しいカーテシーをして挨拶をする


一応、外面は結構良いファニーなのである。


「これはこれはご丁寧にヴィアール辺境伯令嬢様、少々お待ち下さいませ」

侍女の方も笑顔で深く頭を下げて取り次ぎの為に部屋へ戻る。

侍女の態度からすると、どうやらファニーは歓迎されている様子だ。


主家より格下の家格の辺境伯令嬢を相手にしても実に丁寧だ。

クロスフォード公爵家が使用人にもしっかりとした教育をしているのが分かる。


三大公爵家の中では1番歴史が浅く、アスティ公爵家から馬鹿にされがちなクロスフォード公爵家だが、ファニーの中で好感度が上がる。


ちなみにヴィアール家の歴史は実に1000年以上もあり、一時期は独立国家として現在のピアツェンツェア王国ともガチで戦った歴史がある。


それに元々はヴィアール共和国から今のピアツェンツェア王国に発展した経緯もあるので田舎貴族と言えど一目も二目も置かれている。


当の本人達は全く権力に興味を示さないが・・・


「王家の方で信用出来る人間が誰もいない、そんな時になったら俺達を使えば良いんだよ」

そんなスタンスを代々貫き通している。


1分ほど待っていたら「ファニー様、どうぞお入り下さい」と言われたので部屋へ入る。

部屋の中はファニーと同じ高位貴族令嬢が入る部屋と全く同じ作りだった。


《へえ?少し意外だったわ》ここにも少し感心したファニー。

普通、高位貴族令嬢は少しでも家格を上げる為に部屋割りには、かなりうるさい。


我儘では無く家の威光の問題なのでここは手を抜けない。

公爵令嬢ともならば2つの部屋をぶち抜いて1部屋に改装なんて事は平然とやる物なのだ。


侍女に案内されると部屋の奥のバルコニーに作られたテラスに王家の血筋の証明である金髪ブロンドのエスティマブル公爵令嬢がちょこんと座っていた。


エスティマブル令嬢の祖母が2代前の王の妹でその姫がクロスフォード家に嫁入りしたのだ。

ファニーとも又又従兄弟の関係に当たる。


《あら!いやですわ!なんて可愛い!》

飄々として何考えてるか分からず冷たい印象を受けるファニーだが彼女の本質は・・・

「お母さん」ここに収束される。


とにかく受ける印象とは違い母性本能が強い。


かつてメイドさんが自分の赤ちゃんを8歳児だったファニーに見せに来たら、

「可愛いですわ!可愛いですわー」とウリウリウリウリとして赤ちゃんを母メイドさんになかなか返さず周囲を驚かせた。


そんなファニーから見てもエスティマブル・フォン・クロスフォードは、本能的に可愛い女の子だと分かったのだ。


「これは是非お友達になりたいですわ!」ファニーはそう思い満面の笑顔で、

「エスティマブル様、はじめまして。

スティーブン・フォン・ヴィアール辺境伯が娘のファニーでございます。

この度、王立学園へ編入になり、ご挨拶に参りました」

と再度カーテシーで挨拶をする。


「それはそれは長旅、大変ご苦労様でした・・・じゃなくて・・・

クロスフォード公爵が娘のエスティマブルですわ。

こちらこそよろしくお願い致しますわ・・・そうじゃじゃなくて・・・

えーと?そのー?・・・あ!田舎者がはるばる王都にまでご苦労様・・・ご苦労な事で」


と、なんとも奇妙な挨拶を返された。

かなり狼狽えた様子のエスティマブル公爵令嬢は奇妙な話しを続ける。


「いいです事?家格では私・・・わたくしの方が上なのです。

ヴィアール辺境伯家が歴史的価値からもいかに素晴らしい家門でも・・・

いえいえ田舎辺境伯家の貴女はわきまえ行動をして下さい・・・する様に」


ファニーを馬鹿にしたつもりでもヴィアール辺境伯家が素晴らしい家門とベタ褒めをするエスティマブル令嬢だった。


「エスティマ様?それでは疲れますでしょう?

わたくしと普通にお話し致しましょう?」


少し困惑したファニーだったが何か事情があるんだろうと察して相談に乗ろうとして思わずファニーの頭の中での「エスティマ」の愛称で呼んでしまうと・・・


「まあ!エスティマ?!」愛称で呼ばれて嬉しそうに満面の笑顔になったエスティマ。


「うぐっ!」思わず鼻を押さえるファニー。

笑顔のエスティマが可愛いくて鼻血が出そうになったのだ。


「ああ!違います!違います!愛称呼びなんて全然嬉しくありませんわ!」

めっちゃ挙動不審になるエスティマ。


「ここに他の令嬢はいません、わたくしで良ければご相談に預かりますわ」


「!!!!本当ですか?!ファニーお姉様!!」

完全に素になったエスティマはファニーをお姉様呼びして・・・

ファニーは「お姉様?!」と声を上げて再び鼻を押さえる。


初対面10分でエスティマブル公爵令嬢に懐かれたファニー辺境伯令嬢だった


それからのエスティマの話しを要約すると・・・


現在11歳のエスティマは本来なら15歳の高等部から入学するはずだった。

これは高位貴族では一般的、それまでは自宅で勉強するのが慣習なのだ。


しかし去年アスティ公爵家の子息が卒業して学園に王家、公爵家、侯爵家の人間が王立学園に不在になってしまった。

「王立」を謳う学園には少々好ましく無い状態だ。


そこで王家からエスティマブル公爵令嬢に王立学園の入学をお願いされる。


早過ぎる入学に少々渋ったクロスフォード公爵だったが理由が理由だったし国王とも個人的な親交もあったので承諾して2ヶ月前に入学したそうだ。


「最初は高圧的に接しなさい、それでも付いて来てくれる人間と親交を持ちなさい、家格では無く個人を見る目を養いなさい」

との父の言葉を守り高圧的な令嬢を演じていたそうだ。


その結果、入学2か月が経つ頃にはエスティマに近寄って来る令嬢は少なくなって寂しかったそうだ。


「なるほど・・・あれ?王太子殿下が、もうそろそろ入学されますわ?」


「えっ?!そうなのですか?ファニーお姉様?」


ヤニックの王立学園の入学は一カ月前に急にブチ込まれたモノでほとんどの貴族家には認知されていない。


何せヤニックはつい3か月前まで高位魔族「スペクター」と激戦を繰り広げており生きるか死ぬかの瀬戸際だったのだ。

学園どころの騒ぎでなかったからだ。


「それでしたら私はお家に帰れるかも知れませんわ!」

手を合わせて喜ぶエスティマだが・・・


「うーん・・・それは少し難しいかも知れませんわ、エスティマ様」


「ええ?!王太子殿下が御入学なされば私は不要になりませんか?」


「おそらく、エスティマ様も王太子殿下の婚約者候補になるからです」


ヤニック王太子とエスティマブル公爵令嬢の歳の差は5歳、全然射程範囲内だ。

従兄弟関係なら血筋的に除外された所なのだが又従兄弟の関係なので問題も無い。


「ええ?!絶対に嫌ですわ!

私には産まれた時からの大切な婚約者がおります。

絶対に彼と離れるなんて嫌です!そんなの辞退致します!」

エスティマには将来を誓い合った侯爵家子息の婚約者がいたのだ。


そんなエスティマに深く同意するファニー。

「まあ!わたくしと同じですわ!わたくしも王太子殿下の婚約者候補を辞退する為に学園に来たのですから」


「そうなのですね?!ファニーお姉様も・・・

あれ?お姉様的には良いお話しではありませんか?」不思議そうに首を傾げるエスティマ。


「殿下は、わたくしの好みじゃありませんの」

不敬なんざ知るかい!とばかりに王太子のヤニックをズバッと斬り捨てるファニー。


「そっ・・・そうなんですね?さすがはヴィアール辺境伯家ですわ!素敵です」


歴史を勉強するのが大好きなエスティマ。

そんな彼女にとってピアツェンツア王国最古の家門のヴィアール辺境伯家はヒーロー的な存在なのだ。


そんなエスティマにとって噂に聞くファニーはまさに本で見たヴィアール辺境伯家令嬢そのものだった。


だから最初にヴィアール辺境家の令嬢が自分を訪ねて来てくれた事が嬉しくて嬉しくて仕方無く、高圧的な演技が上手く出来なかったのだ。


「そ・・・そうなんですか?」その事をズバリと伝えられて照れるファニー。


「はい!是非ともヴィアール辺境家の事が知りたいです!」


「そんな大層な話しウチにあったかしら?・・・よろしければ我が家に伝わる伝記書を持ってきましたのでお貸ししましょうか?」


「うわあああああ♪♪♪嬉しいです!是非お願いします」


夜寝る時のお供に父の書斎にあった本を大量にパクって来たファニー。

ファニー的にも昔のヴィアール家の話しは結構面白いのだ・・・余りにも馬鹿過ぎて。


そして伝記書をエスティマに貸したのだが・・・


「エスティマブル様が寝不足になるまで読んでしまいますので出来れば一冊ずつ小分けでお借りしてもよろしいでしょうか?」と困り顔の侍女に言われて、


「ごめんなさーーーい!」と謝るファニー。一気に10冊も貸してしまったのだ。


門外不出?のヴィアール伝記書を前にして、もうウッキウッキで喜んで徹夜で読んでしまったエスティマ。

こうして王立学園へ入学した早々に可愛い妹分をゲットしたファニーだった。



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王立学園に編入したファニーだったが初登園した途端に伯爵家令嬢に絡まれた・・・


「貴女がヴィアール辺境伯家の令嬢ファニー様ですのね?

遠い所からのお越しで申し訳ございませんが、ヤニック王太子様の婚約者は私と決まっておりますのよ?」

突然エスティマブル公爵令嬢と似た様な事を言われた。


ファニーは率直に思った、「え??この人誰?!」と・・・


《え~と?》ファニーは謎の令嬢の胸元を見る、貴族の生徒は皆家門を記したバッチを胸に付けるのが義務付けられているからだ。


《んーと?ああ!ブリタニア伯爵家の令嬢リアナ様ですわね》


大陸南西部の諸島郡を治めるブリタニア伯爵家、海に囲まれた美しい領で中央大陸南部の海外貿易の拠点でありバカンスなどの観光で人気の地域だ。


元はブリタニア民族の王国だったが戦乱期にピアツェンツア王国と同盟合併した。

本来なら公爵か侯爵になるはずだが自由貿易の観点から身軽な伯爵家と落ち着いたのだ。


なので彼女の肌の色は南の地域特有の小麦色だ。


ピアツェンツア王国はこの様に同盟合併して大きく強くなった国なので多民族国家だ。

肌の色や髪の色に目の色など民族の特徴的な所での差別とかは全く無い。

唯一、金髪碧眼の組み合わせのみが「王家の色」として認識されているのみだ。


だがファニーは、ヴィアール民族特有の自分の白い肌が余り好きではない。

戦士に相応しくこの令嬢の様に健康的な小麦色になりたいのだが、色素の関係なのか日焼けすると赤くなって痛いだけなので諦めている。


《とりあえず挨拶からですわね》


「初めましてリアナ様、ヴィアール辺境伯家のファニーと申します。

至らぬ点が多々あると思いますが宜しく御鞭撻の程をお願い致しますわ」

ファニーは優雅にカーテシーをぶちかます。外面良しのファニーだった。


「あう?わたしはリアナ・フォン・ブリタニアです

こっ・・・こちらこそよろしくお願いしますわファニー様」

嫌味を言われたのに笑顔で挨拶して来るファニーに動揺するリアナ伯爵令嬢。


いや・・・ガチの熊殺しが小娘の嫌味くらい別に気にしないから。


《ふむふむ・・・これは実家からの指示で私に絡んでますわね》

直感でリアナ伯爵令嬢は悪い人間で無いと判断したファニーはニコリと笑い。


「是非ともブリタニア諸島のお話しをお聞きしたいですわ」

ファニーはいがみ合うくらいなら友達になってしまおうと思った。

そもそもヤニックの事でいがみ合う理由無くね?とも思ったからだ。


「な?・・・え~と?・・・ええ!よろしくてよ」頬を赤くしてツンとするリアナ嬢。


これはファニーも知らない事だが、ファニーは同性から好かれる傾向がある。

普通の令嬢から見るとファニーは男装の麗人「騎士」を思わせる雰囲気があるそうな。

カッコいいとも思うんだそうな。


エスティマもアッサリとファニーに陥落したのはファニーが、エスティマ憧れの「白馬の騎士様枠」だったからと言える。

しつこいが実際には「白馬に乗ったベアースレイヤー(熊殺し)」なのだが・・・


「では、お近づきの印にこれからお茶会などを致しましょう」

リアナ伯爵令嬢の手を騎士がエスコートをする様に取るファニー。


「え・・・ええ!行きましょう!ファニー様」

「イケメン」に手を取られて恥ずかしいリアナ嬢・・・顔を赤くしてエスコートされるままにサロンへと連れて行かれる。


そんな2人が教室から居なくなると・・・・


「やっぱりファニー様、素敵ですわー」


「ドキドキしちゃいました、私もエスコートされたい!」


「きゃーーー♪♪♪私も手を握って欲しいです」


キャイキャイと百合話しに華を咲かせる令嬢達だった。


その同時刻、王立学園の前に立ち竦む王太子ヤニック・・・お前は何してん?


「どしたー?入らねえのか?ヤニック?」

専属侍従としてヤニックの元で働く事になった勇者クルーゼ。


ヤニックを担いで帰って来た勇者クルーゼが「ピアツェンツェア王国の王族のヤニック」に仕えてくれると知った国王はめっちゃくちゃ喜んでハッチャケた!


「よし!!クルーゼには侯爵の地位を!!」「やめんかい!そんな爵位は要らんわ!!」

国王からの提案を問答無用で速攻で断ったクルーゼ。


現ピアツェンツェア国王と勇者クルーゼは若い時からの親友だったからこの様な不敬な態度も許されるのだが、意外とクルーゼは普段は行儀が良い。


周囲に他の誰かが居る時は国王に対して絶対にこの様な物言いはしない。

まぁ、頭に血が昇りキレていない限りは、との注釈が付くが。


そして爵位は絶対に与えたいと、ごねにごねた国王に押し切られてクルーゼは、渋々エスピナス子爵に収まったのだった。


余談になるがクルーゼは亜神の国、ラーデンブルク公国でも子爵位を持っている。

ラーデンブルク公国の元首、イリス・ラーデンブルク公爵の弟子でもあるからだ。

ヤニックはクルーゼの弟弟子になる。


それから、クルーゼの他にも数人の「勇者」がヤニック直参の配下になっている。

これは単純にヤニックの人脈だ。

この様に新生王太子一派は本人も含めて勇者まみれの超絶やべえバリバリの武闘派の集まりになったのだ。


「はあ・・・気が重い・・・ここで何されるが分からないから怖くて・・・」


「やっぱし欲をかいた女に取り囲まれるんじゃね?お前、王太子殿下だしな」


「やっぱりそうなりますよね?そうなったら助けて下さいよ?クルーゼ兄貴」


「嫌なこった、自分で何とかしな」と笑うクルーゼ。


そもそもヤニックは「戦場帰り」である。

一般的な勉強なんて5年以上全くしていないのだ。

学園内の同級生の中でも学問では非常に頭の悪い分類に入る。


その代わりに魔法学においては師匠のイリスに鍛え上げられて世界最高峰レベルの魔導士なのだが・・・

そんな感じなので統合魔導研究所の戦闘魔導研究課の属託として所属して学歴を誤魔化そうとしていた。


「さすがに無理だろ?学園に行け」

社交を一切やらない王太子などあり得ないので父王に却下された。


「おら、グダグタ言ってねえでさっさと行くぞ」


「へえーーい」とても王太子と侍従に見えない二人だった。


ヤニックが部屋に到着すると・・・

冒険者のイノセントとジャックが居た。この2人の説明を始めるとマジ長話しなので2人の詳しい事は「幽霊退治屋セリス」を見て下さい。


言うに及ばすこの二人も黙示録戦争、「人魔大戦を戦った勇者」である。

この2人に関しては元々母国がピアツェンツア王国で戦争が終わったので故郷に帰ってきたのだ。


そして王家からの依頼で学園内での王太子ヤニックの護衛任務に就く冒険者になった。


「よおし来たなヤニック!とりあえず学園内から学生の侍従を3人選ぶぞ」

ヤニックの顔を見るなり突然そんな事を言い出したイノセント。

つーかヤニックが来るのが遅くて時間が押している。


「ええ?!マジですかイノセントの兄貴?・・・俺、クルーゼの兄貴以外の侍従は要りませんよ?」


「そう言う訳にいかねぇんだよ王太子殿下」イノセントが笑う。

これは王太子の人脈を広げる為の慣例なのでヤニックの意見は無視される。


「そもそも俺等に本物の侍従の仕事が出来る訳が無いだろ?」

2mを超える大男のジャックも呆れた様に笑う。


いや・・・お前なら普通に侍従も出来んじゃね?結構頭良いし。


「んで?ヤニックは誰を選ぶ?」確定事項なのでドンドン話しを進めるイノセント。


「俺が学園に知り合いなんて居る訳ないじゃないですか?

ずっと戦場に居たんだから・・・

ん?あれ?・・・侍従って女性でも良いんですか?」


「別に構わんぞ?侍従でなくて侍女に変わるだけだ」

この場合には「女官」と言うのが正しい。


「ならヴィアール辺境伯家令嬢のファニーさん・・・かな?

今の所はそれしか知り合いが居ませんね」


「ふ~ん?まぁ、そのファニーって嬢ちゃんは決まりだな・・・」

何かの書類にファニーの名前を書き込むイノセント。


こうしてファニーは、なし崩し的に王太子ヤニック付きの女官にされてしまう。

あれ?ファニーって「婚約者候補」じゃねえの?とは違う完全に内務省での政治的な役割だ。


「そうだな・・・後は様子見て増やすしかないな・・・」

クルーゼにも特に文句は無い様子だ。


「貴族社会特有のバランスってモンもあるんだろ?慎重に選べよ?」


「そうですね?」

貴族社会の事もイマイチ分かって無いヤニックだった、大丈夫かお前?


そしてこの決定をファニーに伝える役目を担ったのはジャックだった。

ジャックに決まった理由は・・・今から書きます。



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「面会?わたくしに?殿下の侍従様が?」


「はい、いかが致しましょうか?お嬢様」


ファニーも一応高位貴族なので専属侍女のトリー女史の他に5人の侍女が付いている。

・・・ファニーが妙な事をしない様に見張る監視員とも言うが。


「・・・叔母さま?どう致しましょう?」


「断ると不敬になりますよファニー」


「はあ・・・分かりました。談話室でお会いしましょう」

嫌な予感しかしなくて断りたいファニーだったが、今回は仕方ない。

学園を通した正式な使者なのだから


ファニーが居る寄宿舎は当然だが男性の立ち入りは一切厳禁だ。

護衛騎士や用務員さんですら女性と言う徹底ぶりだ。


例え恋人、婚約者であろうとも立ち入る事は絶対にダメだ。


それが嫌なら別に王都で建物を買うか借るかして通学するしかない。

国王ですら監視員が同行しなければ入れないまさに女の園なのだ。


ちなみに不埒な目的で侵入したら誰であろうとも速攻で犯罪奴隷落ち、強制労働が待っている。


談話室とは学園寄宿舎と外部を繋ぐ唯一の部屋だ。


「本当に厳重です事・・・」

本来なら貴族の親が自分の可愛い娘を不埒な者から守る為の措置なのだが、ファニーの場合は脱走防止の為に辺境伯が寄宿舎にブチ込んだのは言うまでもない。


「まぁ、この程度での包囲網ではわたくしの足止めは出来ませんけど・・・」

ファニーが本気を出せば余裕で乗り越えられる高さの塀なので何の問題もない。


「脱走したらお仕置きしますからねファニー」

そんなファニーの思惑など百も承知しているトリー女史。


「はあい」

またブスーと不貞腐れるファニーであった。


そして談話室に着いて使者に会った途端・・・

「まあ?!熊さん♪ですわ?!」ファニーの目がキラキラ輝く。


《きゃーーー♪♪♪なんて素敵な筋肉なんでしょう!素敵ですわ!》

立派な筋肉の登場にテンション爆上がりのファニー。


ファニーが可愛いらしく「熊さん♪」とか言うと、ファニーに狩られて首チョンパされ吊るされ、肉を食い尽くされ骨までしゃぶられた「熊さん♪」達も浮かばれないだろう。


その優しさを少しでも彼らに・・・くっ・・・安らかに眠ってくれ。


しかし、ファニーもそうだがヴィアールの民は信念を持って狩った獲物に対して行動する。それは「獲物は余す事なく食べる」のだ。

この信念が有るからファニーはヤニックより狩った熊肉を優先したのだ。


「熊じゃねえよ、失礼だなファニー、ガハハハハハハ!」

身長2m超えの大男のジャックが大笑いする。


ファニーは重度の筋肉フェチで筋骨隆々の大男は大好きなのだ。

筋肉ジャック登場で一気に機嫌が良くなった現金ファニー。

いそいそとジャックの前の席に座る。


「早速ですが貴方はご結婚はなされてますの?」いきなり見合い的な質問をするファニー。

それを聞いてどうするつもりなのか・・・


「ん?妻と子供が2人いるぞ?」


「そうですか・・・」いきなり撃沈するファニー。


彼女に結婚願望が無い訳では無い。どちらかと言うとメッチャあるのだ!


「うう・・・やはり素敵な人は結婚が早いですわ・・・」

なぜかファニーの周囲の好みの筋肉達は早婚者が多い・・・何故かは知らん。


「ファニー・・・まだ筋肉を諦めてないのですね・・・」

叔母であるトリー女史も姪のファニーの筋肉好きは知っている。

なので前に筋骨隆々の男性を探した事があったのだが先述の通り良い男性が見つからない。


筋肉こそ正義のファニーにとって、背後にお花のエフェクトが出る線の細い王子様になんぞお呼びではないのだ。

後にヤニック王太子の筋骨隆々の身体を見た時のファニーの反応が楽しみである。


「なんか良く分からないがすまんかったな、・・・ってか俺が結婚して子供がいるのは知っているだろ?」


ファニーは未だに、初対面のはずのジャックが自分を呼び捨てにしてトリー女史もそれを咎めようとしないのか・・・不思議な事態な事に気がついていない。

普通で考えたら不敬なんてレベルではない。


「いいえ、ジャック様が悪い訳ではありません。

この子の趣味と巡り合わせと記憶力が悪いだけです」


「叔母様酷い!・・・って叔母様はこちらの方をご存知で?」


「ご存知も何も貴方の従兄弟のジャック様ではありませんか!」

マジで何言ってんだお前!状態のトリー女史。


「えっ?!えええええ?!あのジャック兄様?!」


実はジャックはファニーの母スージィーの兄の子供である。

子供の頃は良く遊んでもらっていたが、ジャックが14歳、ファニー4歳の時の事だ。

ジャックが王都の近衛騎士見習いになってからは会える機会がなかった。


「ふわ~、兄様・・・なんてご立派に・・・」


ファニーの記憶に残るジャックはそこまで筋骨隆々では無く、普通の貴族の少年だったので潜在的にその可能性を排除していたのだ。


「気がつかねぇのも無理ないぜ、最後に会ったのは10年くらい前でファニーは4歳だったからな。

身長は近衛騎士団に入ってから自分でも「アホか?」と思うくらい伸びたなぁ」


思わぬ所で従兄弟と再開したファニーだったのだ。



それから本題の使者としての要件に入るジャック。


「ええ~嫌ですぅ~」

ジャックの「ファニーが王太子付きの女官になれや!」通達に露骨に嫌な顔をするファニー。


「まぁそう言うなって。体裁的なモンで大した意味ある人事じゃ無いんだからよ」


「むー・・・!!あっそうですわ!」ファニーは何かを思い付き手をパン!と叩くと、

「なら!リアナ・フォン・ブリタニア伯爵令嬢もそれに同行するなら、そのお話しお受けしますわ!」最近友人になったリアナ伯爵令嬢を巻き込むつもりだ。


ファニーの出した条件に「んー?そりゃどう言う事だ?」不思議そうなジャック。


「実はリアナ様はヤニック王太子殿下に並々ならぬ好意を持っています。

今回の事で、お二人の仲が進む良い機会になるかと思いまして」


「ふ~ん?・・・・ファニーはそれで良いのか?」

ジャック的には敵に塩を送る行為にしか見えないのだ。


「わたくし?ええ?勿論構わないですわ?なぜですジャック兄様?」

マジで何の事か分からなくて首を傾げるファニー。


「あーあ・・・ヤニックの野郎が最初から全然相手にされてなくて笑う。

分かったぜ、ファニーが出した条件を王太子に伝えて来るぜ」

ヨシ!帰ろうかとジャックが立ちあがろうとすると・・・


「ああん!待って下さいなジャック兄様~、久しぶりに会ったのですから。

わたくしはジャック兄様の10年間のお話しが聞きたいですわ!」

まだまだジャックを帰すつもりはないファニー。案外ファニーはお喋りが好きなのだ。


それにジャックのここ10年間の行動は不明な点が多い。

王都の近衛騎士団を辞めてからはジャックの行動には謎が多い。

それを是非知りたいファニー。


実際には全て黙示録戦争に参加する為の隠蔽工作で、影からヴィアール家門の上層部が全面的にジャックを支援していたのだが、その事実を知る者は少ない。


ちなみにジャックの奥さんは同じ拳闘士の勇者で滅茶苦茶美人で滅茶苦茶強い女傑である。


奥さんの方がジャックに一目惚れして猛烈ラブアタックをして陥落させたのだが、奥さんは妊娠が発覚して黙示録戦争には不参加になった。


「騎士団を辞めてからか?・・・・・・・

うーん、冒険者になって世界を回っていたが・・・」

そこまで話しをしてハッとするジャック・・・絶対に地雷を踏んだと分かったからだ。


「その世界を回ったお話し、わたくしはとても興味がありますわー」

案の定、目がキラキラ輝いているファニー!ジャックは追い込まれた!


こうして2時間もの間、世界を回った話しをさせられたジャック。

「ジャック様もお忙しいのにいい加減になさい!」

トリー女史の喝が入るまでファニーの質問は続いた。


「とても楽しい時間でしたわ!今度はわたくしが兄様の所へお伺いします!」


「おっ・・・おう、待ってるぜ」

ファニーに疲弊させられたジャック、黙示録戦争をぼかして話すのは大変だったからだ。


こうしてようやくヤニックの部屋に帰還したジャック。


「遅ーぞ?何やってたんだ?」


「あー・・・疲れた、それがな?」ファニーからの要望をヤニックに伝えると・・・


「リアナ伯爵令嬢?・・・ああ!ブリタニア領の観光地で!」

ヤニックは少しリアナ嬢の記憶が残っていた様子だ。


ヤニックが8歳、リアナ嬢が6歳の時にヤニックがブリタニア伯爵領へ旅行へ行き、そこでブリタニア伯爵家令嬢のリアナと数日間遊んだのだ。


「おっ?ヤニックの数少ない友達か?よーし、なら良いじゃないか。

2人目はリアナ伯爵令嬢で決まりだな」

クルーゼが内務省へ提出する名簿帳にリアナ伯爵令嬢の名前を書き込む。


「ほんと友達少なくてすみません・・・

まさか8歳の時の友達を頼らないとならないとは・・・」


「まぁ、今のヤニックの友人は勇者関連とエルフ関連に絞られちまうからな」

そう言って笑うイノセント。


「ここに居るのは戦闘には強いが貴族社会関連じゃポンコツ勢揃いだモンな、俺も含めて」


「ジャックの兄貴も伯爵令息でしょう?」


「ウチは兄貴がしっかりとしてるから良いんだよ。しかし決まったのは令嬢二人か?

・・・これって色ボケ王太子って言われねぇか?」

確かに女を囲っている様にしか見えない。


「確かに言われそうだよね・・・」

やはり側近には「令息」も必要なのだが・・・


王太子の学生侍従になる=将来のヤニック王太子専属の官僚候補になる。と言う事だ。

その側近が令嬢ばかりだとやはり色々と問題があるのだ。


「あみだ・・・か?」


「ダメですよ?クルーゼ兄貴」・・・いや・・・あみだくじで官僚を決めんな。


結局考えても見つかりそうも無かったので学園での最高学年の貴族令息の成績上位陣を片っ端から攻めて見たら上位2位、6位、7位の生徒が侍従を引き受けてくれた。

一応は王太子の学生侍従になると将来への箔付けにはなるからだ。


最高学年の生徒は家門を継ぐ者や既に働いている者が多く、侍従を引き受けてくれたのは比較的時間に余裕がある大学院へ進学予定の生徒ばかりだ。


普通こんな妙な時期に王太子の学生侍従選びなんてやらないので、本人達も「臨時」だと分かっている。


「私達も出来る限りは殿下に協力しますけど同級生か下級生から早く正式な侍従を選んだ方が良いですよ?」


「すみません頼りにならない王太子で・・・


こうして出来上がったヤニックの学生侍従、女官の名簿を見て・・・


「なんか無理矢理感が強すぎじゃね?ギリギリ体裁整えました見たいな?」


「イノセントの兄貴、そう言う事を言わないで下さいよ・・・」


「ああ・・・悪かった。

それよりヤニック、今後は人前でその「兄貴」呼びは厳禁な。

さすがにガラが悪すぎだっての!どこのマフィアだよ」


「え?じゃあ何て呼べば?」


「普通に呼び捨てで良いっての、俺らはヤニックの配下なんだからな」


こんな感じに今までに無かった環境の変化に少しストレスを感じ始めるヤニック。

人知れずため息をついたのだった。



そして顔合わせの日が来た。



「りりりリアナです!よろしくお願いします」

緊張の余りカーテシーを忘れて思わずペコリと頭を下げてしまうリアナ伯爵令嬢。


「ファニーです、よろしくお願いします」

尽かさず自分もペコリと頭を下げてリアナ嬢の失敗を目立たなくするファニー。

なかなか友達思いである。


「お願いだから固くならないでね?私も妙に緊張してしまうから。

ファニー嬢、話しを受けてくれてありがとう、リアナ嬢は久しぶりだね」


「はっはい!」ヤニックに覚えて貰えてて嬉しいリアナ伯爵令嬢。


今日は侍従と女官と王太子の初顔合わせの日だ。

初々しい二人の女官を見て先に集まっていた他の侍従達の頬が緩む。

何せ集まったのは同格の伯爵家勢揃いの珍しい組み合わせなので肩の力が抜けている。


変な所で気を使わずに済むからだ。


一応ファニーのヴィアール辺境伯家が頭一つ抜けた家格なのだが・・・

まぁそこはヴィアール辺境伯家なんで問題無し!


しかしその中で隅の方でカチンコチンに固まっている可愛いらしい令嬢を発見したファニー。

涙目でファニーをじーと見つめるエスティマブル公爵令嬢だ。


「まあ!エスティマ様!」これには結構驚いたファニー。


「うえええん、ファニー姉様~」

テテテとファニーに走り寄るエスティマ。

ファニーの腰に一回抱きついてからファニーのスカートの後ろに隠れてしまった。


何でも後学の為にと国王御指名でこの集団にぶち込まれてしまったそうな。


そりゃ平均6歳以上も歳上の集団にいきなりぶち込まれたら11歳の少女には怖かろう。

後で国王に抗議の手紙を書こうと心に決めたファニー。


「ヤニック殿下・・・まさかエスティマ様をイジメたりなんて・・・」

もう一つの可能性も探るファニー。


「してませんって!!」

ファニーが放つ、もの凄い覇気に少し引いたヤニックだった。


それから真面目に今後の方針について話し合ったのだが、

さすが最高学年の成績上位の生徒達。


「とにかく殿下が交流を広げて正式な侍従を決めるべきですね」

正確に現状を指摘してくれた。


とにかく最優先はそこだそうだ。


「殿下が生徒会に関わらないのはあり得ないので一般教養成績は10位内を確保しなければいけません」

基本生徒会メンバーは一般教養の成績上位10位内から選ばれるからだ。


「うぐ!頑張ります」相当厳しい現実を突きつけられたヤニック。

魔導研究課なら勉強出来なくても何とかなるんじゃね?との思惑は打ち砕かれたのだった。


「なら!殿下のお勉強を見るのはリアナ様に致しましょう!」

パン!と手を打ち鳴らすファニー。


「ええ?!・・・そんな・・・」恥ずかしそうに下を向くリアナ伯爵令嬢・・・


しかしこの提案が思わぬ喜劇・・・悲劇を産む事になるのだ。

主にヤニック限定の悲劇になるのだが。


そしてファニーの「ヤニックとリアナをくっ付けようぜ作戦」も破綻する事になる。

結局の所で運命はヤニックとファニーが結ばれる為に加速して行くのだった。

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